ディアソムニア
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静寂が支配するどこまでも深い闇。
カーテンが完全に閉め切られているのか、それとも別の力が働いているのか、時間の境界がひどく曖昧な空間。そこには、部屋の主が放つ微かな魔力の残滓だけが夜の帳をどこまでも引き延ばしているかのように漂っている。
時計の針はとうに朝の訪れを告げているはずだった。しかし大きなベッドの中だけは、まるで時間の流れがせき止められているかのように、ひたすら深く甘い影が居座り続けていた。
「……ななし」
低く心地よく鼓膜を揺らす声が、眠りの淵に沈む体に降ってくる。だが、布団の膨らみは小さく身じろぎをするだけで、一向に覚醒する気配を見せない。
「まだ起きないのか。ずいぶんと深く眠っているな」
ベッドの端に腰掛けたマレウスは身を屈めて覗き込む。普段の厳格な佇まいは影を潜め、前髪の隙間から覗く瞳には、どこか呆れたような、それでいて愛おしさを隠しきれない色が浮かんでいた。
「……ん……ツノ、太郎……?」
「ようやく目が覚めたか?」
「あと……五分……」
布団を頭まで被ろうとする手を、マレウスの大きな手が優しく捕らえる。
「ふむ、これ以上眠り続けるというのなら僕にも考えがある」
「……なに……?」
布団の隙間から覗く瞳を見つめ、マレウスはわざとらしく声を潜める。
その声音に含まれる冷ややかな響きとは裏腹に、捕らえられた手首を擦る親指の動きは驚くほどに柔らかい。
「……いたずら、するの……?」
「ふむ、いたずらか。僕をただの悪戯好きな男だと思っているのなら、それは少し甘いな」
マレウスはふっと息を漏らすように笑うと、さらに距離を詰めてきた。
「ツノ太郎、ちかい……」
「お前が僕を引き寄せるからだろう。ほら、その手が離してくれない」
マレウスの大きな手を、ななしの指先がぎゅっと握り返している。
「あ……ごめん、なさい」
「謝る必要はない。むしろ、もっと求めてくれて構わない」
マレウスは繋いだ手を引き上げると、その甲に唇を寄せた。
触れられた場所から、じんわりと熱が溶け出していく。
「……っ、ツノ太郎、それ……」
「何だ? 嫌か?」
「嫌、じゃなくて……その、びっくりするから」
「お前はいつもそうだ。僕の行動一つに、そうやって大袈裟に震える」
クスクスと喉を鳴らして笑うマレウスの顔がさらに近づく。細い吐息が頬を掠め、ななしの心臓の鼓動がにわかに速さを増していく。
「起きないお前への、これはほんの仕返しだ。だが……これだけで済むと思うなよ」
「ツノ太郎……?」
「まだ眠気が残っているのだろう? ならばその眠りごと、僕が喰らってしまおうか」
彼の言葉は冗談のようでありながら、その瞳の奥にある熱は決して冗談のそれではない。周囲の明かりが届かない薄暗がりの中で、マレウスの瞳だけが妖しく深く輝いている。
「……本当に、起きないと、どうなるの?」
あえて試すように呟くななしに、マレウスは一瞬だけ驚いたように目を見張ったが、すぐにその口元を愉しげに歪めた。
「僕を挑発するとは、いい度胸だ。人間の命は短いというのに、そんなに僕に乱されたいのか?」
「乱されるなんて、言ってない……」
「言わずとも、その顔に書いてある。お前の熱が僕の手に伝わっているぞ」
繋がれたままの手のひらが熱を帯びていく。
それがマレウスの体温なのか、それともななし自身のものなのか、すでに判別はつかない。
「ツノ太郎のせいだよ……」
「僕のせい、か。お前がいつまでも無防備に僕の傍らで眠っているからだ」
マレウスの手がゆっくりと ななしの頬を撫で上げる。
冷たい指先が輪郭をなぞるたびに、そこだけが逆に熱を帯びていくような空気が流れる。
「お前をこのまま、二度と目覚めぬ眠りの中に閉じ込めることも僕には容易い……だが、それではつまらないな」
「つまらない……?」
「ああ。お前が僕を見て、僕の名を呼び、僕にこうして反応する。その姿を見ていたい。だから……」
マレウスの指先がななしの唇の端に触れた。
親指が下唇をそっとなぞり、その柔らかさを確かめるように圧を加える。
「……起きて僕の相手をしろ。さもなければ本当に引き返せなくなっても知らないぞ」
その声は優しく、そして酷く濃厚に耳の奥へと染み込んでいった。
カーテンが完全に閉め切られているのか、それとも別の力が働いているのか、時間の境界がひどく曖昧な空間。そこには、部屋の主が放つ微かな魔力の残滓だけが夜の帳をどこまでも引き延ばしているかのように漂っている。
時計の針はとうに朝の訪れを告げているはずだった。しかし大きなベッドの中だけは、まるで時間の流れがせき止められているかのように、ひたすら深く甘い影が居座り続けていた。
「……ななし」
低く心地よく鼓膜を揺らす声が、眠りの淵に沈む体に降ってくる。だが、布団の膨らみは小さく身じろぎをするだけで、一向に覚醒する気配を見せない。
「まだ起きないのか。ずいぶんと深く眠っているな」
ベッドの端に腰掛けたマレウスは身を屈めて覗き込む。普段の厳格な佇まいは影を潜め、前髪の隙間から覗く瞳には、どこか呆れたような、それでいて愛おしさを隠しきれない色が浮かんでいた。
「……ん……ツノ、太郎……?」
「ようやく目が覚めたか?」
「あと……五分……」
布団を頭まで被ろうとする手を、マレウスの大きな手が優しく捕らえる。
「ふむ、これ以上眠り続けるというのなら僕にも考えがある」
「……なに……?」
布団の隙間から覗く瞳を見つめ、マレウスはわざとらしく声を潜める。
その声音に含まれる冷ややかな響きとは裏腹に、捕らえられた手首を擦る親指の動きは驚くほどに柔らかい。
「……いたずら、するの……?」
「ふむ、いたずらか。僕をただの悪戯好きな男だと思っているのなら、それは少し甘いな」
マレウスはふっと息を漏らすように笑うと、さらに距離を詰めてきた。
「ツノ太郎、ちかい……」
「お前が僕を引き寄せるからだろう。ほら、その手が離してくれない」
マレウスの大きな手を、ななしの指先がぎゅっと握り返している。
「あ……ごめん、なさい」
「謝る必要はない。むしろ、もっと求めてくれて構わない」
マレウスは繋いだ手を引き上げると、その甲に唇を寄せた。
触れられた場所から、じんわりと熱が溶け出していく。
「……っ、ツノ太郎、それ……」
「何だ? 嫌か?」
「嫌、じゃなくて……その、びっくりするから」
「お前はいつもそうだ。僕の行動一つに、そうやって大袈裟に震える」
クスクスと喉を鳴らして笑うマレウスの顔がさらに近づく。細い吐息が頬を掠め、ななしの心臓の鼓動がにわかに速さを増していく。
「起きないお前への、これはほんの仕返しだ。だが……これだけで済むと思うなよ」
「ツノ太郎……?」
「まだ眠気が残っているのだろう? ならばその眠りごと、僕が喰らってしまおうか」
彼の言葉は冗談のようでありながら、その瞳の奥にある熱は決して冗談のそれではない。周囲の明かりが届かない薄暗がりの中で、マレウスの瞳だけが妖しく深く輝いている。
「……本当に、起きないと、どうなるの?」
あえて試すように呟くななしに、マレウスは一瞬だけ驚いたように目を見張ったが、すぐにその口元を愉しげに歪めた。
「僕を挑発するとは、いい度胸だ。人間の命は短いというのに、そんなに僕に乱されたいのか?」
「乱されるなんて、言ってない……」
「言わずとも、その顔に書いてある。お前の熱が僕の手に伝わっているぞ」
繋がれたままの手のひらが熱を帯びていく。
それがマレウスの体温なのか、それともななし自身のものなのか、すでに判別はつかない。
「ツノ太郎のせいだよ……」
「僕のせい、か。お前がいつまでも無防備に僕の傍らで眠っているからだ」
マレウスの手がゆっくりと ななしの頬を撫で上げる。
冷たい指先が輪郭をなぞるたびに、そこだけが逆に熱を帯びていくような空気が流れる。
「お前をこのまま、二度と目覚めぬ眠りの中に閉じ込めることも僕には容易い……だが、それではつまらないな」
「つまらない……?」
「ああ。お前が僕を見て、僕の名を呼び、僕にこうして反応する。その姿を見ていたい。だから……」
マレウスの指先がななしの唇の端に触れた。
親指が下唇をそっとなぞり、その柔らかさを確かめるように圧を加える。
「……起きて僕の相手をしろ。さもなければ本当に引き返せなくなっても知らないぞ」
その声は優しく、そして酷く濃厚に耳の奥へと染み込んでいった。
