サバナクロー
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薄暗い保健室のなかは静まり返り、どこか気怠げな夕暮れの光が白いカーテンをオレンジ色に染め上げていた。
ベッドの端に腰を掛けたななしは、自身の足首に巻かれた白い包帯をじっと見つめている。怪我の痛みはとうに引いていたが、胸の奥にある微かな鼓動の速さだけがいまだに収まりきらない。
不意にドアが重々しい音を立てて開いた。
入ってきたのは見慣れた褐色の肌と編み込まれた長い髪。サバナクロー寮長レオナ・キングスカラー。
「……何やってんだ、お前は」
レオナは低く地鳴りのような声で呟く。その鋭い瞳はまっすぐにななしの足元へと向けられていた。
「あ、レオナさん。どうしてここが……」
「匂いで分かんだよ。お前の、妙に焦った匂いがな」
レオナは足音も立てずに近付くと、ななしが座るベッドのすぐ横に立った。大きな影がななしの視界を覆う。
「大した怪我じゃないんです。ちょっと不注意で捻っただけで」
「ったく、目を離すとこれだ」
ふい、と不機嫌そうに顔を背けながらも、レオナの視線はななしの手元や首元へと他に怪我がないかを確かめるように細かく動いている。
「本当に大丈夫ですから。わざわざ見に来てくれたんですか?」
「……暇潰しだ。サボる口実にちょうど良かっただけだろ」
そう言いながら、レオナはななしの隣へ遠慮なく腰を下ろした。重みでベッドがわずかに沈み、二人の距離が一気に縮まる。
夕闇が室内のオレンジ色を侵食し影が長く伸びていく。
沈黙のなかレオナがふっと鼻で笑った。
「おい、さっきから随分と大人しいじゃねぇか。いつもみたいに早く教室に戻れとか言わないのかよ」
「言ってもどうせ戻らないでしょう? レオナさん、いつもわたしの言うことなんて聞いてくれないですし」
「ハッ、よく分かってんじゃねぇか。だが、大人しいのはそのせいだけか?」
レオナの手がゆっくりと伸びる。大きな掌が包帯の巻かれた足首の少し上、剥き出しの肌にそっと触れ、びくりとななしの身体が跳ねる。
「……っ、レオナさん?」
「なんだよ。痛むのか」
「痛くは、ないです。でも……」
触れられた場所からじわじわと熱が広がっていく。
レオナの指先は驚くほど熱い。
「痛くないなら、退かす必要ねぇな」
レオナの指がふくらはぎを這うように、ゆっくりと上へと滑った。
「あの、触られると、変な感じです。くすぐったいというか……」
「変な感じ、ねぇ」
レオナは顔を近付け艶やかな笑みを浮かべた。
その瞳の奥にある獲物を捕らえた捕食者の光に、ななしは喉の奥が乾いていくのを感じる。
「それは、レオナさんが急に近付くからで……」
「言い訳すんな。お前、俺に触られて嫌そうな顔はしてねぇだろ」
低い声が鼓膜を直接揺らす。
レオナの大きな手が、今度はななしの手首をそっと掴んだ。握り潰さんばかりの力強さはなく、ただ逃がさないという意思だけがその力加減から伝わってくる。
「嫌、じゃ……ないですけど。でも、こういうのは、その」
「どういうのだよ。言ってみろ、ななし」
促すような声は優しく、同時に残酷なほど逃げ道を塞いでいく。
ななしはレオナの瞳を見つめ返すことしかできなくなっていた。
視線が絡み合い、互いの吐息が混ざり合う距離。
カーテンの隙間から差し込む光は完全に消え去り、保健室は深い闇とわずかな月光に満たされていた。
「なぁななし。お前、俺がただの退屈凌ぎで隣に置いてやってるとでも思ってたか?」
「え……?」
「俺がどんだけ我慢して、お前を囲ってやってたか……少しは頭使って考えろ」
レオナの言葉の重みが、ななしの内面に深く突き刺さる。網膜に焼き付くようなレオナの瞳から濁流のような質量を持った感情が押し寄せてくる。
「レオナさん、わたし……」
「言葉が出ねぇか。おい、こっち見ろ」
顎を強い力で固定され強制的に視線が固定される。
胸の奥で甘くて苦い感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、思考の自由を奪っていく。今ななしのすべての感覚を支配しているのは、目の前で静かに呼吸を繰り返すこの男の存在そのものだった。
「お前が怪我したって聞いた時、俺がどんな気分だったか、教えてやろうか」
レオナの顔がさらに近付く。
その唇がななしの耳元に触れるか触れないかの距離で止まった。
熱い息が肌を打つたび、背筋に甘い電流のような痺れが走る。
「胸の奥が、反吐が出るほどイラついた。誰に傷付けられた、何に傷付けられたってなぁ……。俺以外の何かがお前に触れたと思うだけで、その場所を噛み千切りたくなる」
それは独占欲という言葉だけでは片付けられない、獣の本能が剥き出しになった告白。ななしはその感情の渦に自ら沈んでいくような心地よさを感じていた。拒絶する理由など、もうどこにも見当たらない。
「……レオナさん、それは、わたしも……」
「分かってんだよ。お前が俺をどう見てるかくらい。だから、もうその顔で油断すんのはやめろ」
レオナの手がななしの頬を包み込む。
その親指がななしの唇をそっと割るようにして、ゆっくりとなぞった。強引なのに、どこまでも愛おしそうに壊れ物を扱うかのような繊細さで。
「もう逃がさねぇぞ、ななし。お前がその足でどっか行っちまわないように、俺の印をしっかり刻み込んでやるからな」
ななしは静かに目を閉じ、これからの濃密な時間を確信しながらその熱のなかにすべてを委ねた。
ベッドの端に腰を掛けたななしは、自身の足首に巻かれた白い包帯をじっと見つめている。怪我の痛みはとうに引いていたが、胸の奥にある微かな鼓動の速さだけがいまだに収まりきらない。
不意にドアが重々しい音を立てて開いた。
入ってきたのは見慣れた褐色の肌と編み込まれた長い髪。サバナクロー寮長レオナ・キングスカラー。
「……何やってんだ、お前は」
レオナは低く地鳴りのような声で呟く。その鋭い瞳はまっすぐにななしの足元へと向けられていた。
「あ、レオナさん。どうしてここが……」
「匂いで分かんだよ。お前の、妙に焦った匂いがな」
レオナは足音も立てずに近付くと、ななしが座るベッドのすぐ横に立った。大きな影がななしの視界を覆う。
「大した怪我じゃないんです。ちょっと不注意で捻っただけで」
「ったく、目を離すとこれだ」
ふい、と不機嫌そうに顔を背けながらも、レオナの視線はななしの手元や首元へと他に怪我がないかを確かめるように細かく動いている。
「本当に大丈夫ですから。わざわざ見に来てくれたんですか?」
「……暇潰しだ。サボる口実にちょうど良かっただけだろ」
そう言いながら、レオナはななしの隣へ遠慮なく腰を下ろした。重みでベッドがわずかに沈み、二人の距離が一気に縮まる。
夕闇が室内のオレンジ色を侵食し影が長く伸びていく。
沈黙のなかレオナがふっと鼻で笑った。
「おい、さっきから随分と大人しいじゃねぇか。いつもみたいに早く教室に戻れとか言わないのかよ」
「言ってもどうせ戻らないでしょう? レオナさん、いつもわたしの言うことなんて聞いてくれないですし」
「ハッ、よく分かってんじゃねぇか。だが、大人しいのはそのせいだけか?」
レオナの手がゆっくりと伸びる。大きな掌が包帯の巻かれた足首の少し上、剥き出しの肌にそっと触れ、びくりとななしの身体が跳ねる。
「……っ、レオナさん?」
「なんだよ。痛むのか」
「痛くは、ないです。でも……」
触れられた場所からじわじわと熱が広がっていく。
レオナの指先は驚くほど熱い。
「痛くないなら、退かす必要ねぇな」
レオナの指がふくらはぎを這うように、ゆっくりと上へと滑った。
「あの、触られると、変な感じです。くすぐったいというか……」
「変な感じ、ねぇ」
レオナは顔を近付け艶やかな笑みを浮かべた。
その瞳の奥にある獲物を捕らえた捕食者の光に、ななしは喉の奥が乾いていくのを感じる。
「それは、レオナさんが急に近付くからで……」
「言い訳すんな。お前、俺に触られて嫌そうな顔はしてねぇだろ」
低い声が鼓膜を直接揺らす。
レオナの大きな手が、今度はななしの手首をそっと掴んだ。握り潰さんばかりの力強さはなく、ただ逃がさないという意思だけがその力加減から伝わってくる。
「嫌、じゃ……ないですけど。でも、こういうのは、その」
「どういうのだよ。言ってみろ、ななし」
促すような声は優しく、同時に残酷なほど逃げ道を塞いでいく。
ななしはレオナの瞳を見つめ返すことしかできなくなっていた。
視線が絡み合い、互いの吐息が混ざり合う距離。
カーテンの隙間から差し込む光は完全に消え去り、保健室は深い闇とわずかな月光に満たされていた。
「なぁななし。お前、俺がただの退屈凌ぎで隣に置いてやってるとでも思ってたか?」
「え……?」
「俺がどんだけ我慢して、お前を囲ってやってたか……少しは頭使って考えろ」
レオナの言葉の重みが、ななしの内面に深く突き刺さる。網膜に焼き付くようなレオナの瞳から濁流のような質量を持った感情が押し寄せてくる。
「レオナさん、わたし……」
「言葉が出ねぇか。おい、こっち見ろ」
顎を強い力で固定され強制的に視線が固定される。
胸の奥で甘くて苦い感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、思考の自由を奪っていく。今ななしのすべての感覚を支配しているのは、目の前で静かに呼吸を繰り返すこの男の存在そのものだった。
「お前が怪我したって聞いた時、俺がどんな気分だったか、教えてやろうか」
レオナの顔がさらに近付く。
その唇がななしの耳元に触れるか触れないかの距離で止まった。
熱い息が肌を打つたび、背筋に甘い電流のような痺れが走る。
「胸の奥が、反吐が出るほどイラついた。誰に傷付けられた、何に傷付けられたってなぁ……。俺以外の何かがお前に触れたと思うだけで、その場所を噛み千切りたくなる」
それは独占欲という言葉だけでは片付けられない、獣の本能が剥き出しになった告白。ななしはその感情の渦に自ら沈んでいくような心地よさを感じていた。拒絶する理由など、もうどこにも見当たらない。
「……レオナさん、それは、わたしも……」
「分かってんだよ。お前が俺をどう見てるかくらい。だから、もうその顔で油断すんのはやめろ」
レオナの手がななしの頬を包み込む。
その親指がななしの唇をそっと割るようにして、ゆっくりとなぞった。強引なのに、どこまでも愛おしそうに壊れ物を扱うかのような繊細さで。
「もう逃がさねぇぞ、ななし。お前がその足でどっか行っちまわないように、俺の印をしっかり刻み込んでやるからな」
ななしは静かに目を閉じ、これからの濃密な時間を確信しながらその熱のなかにすべてを委ねた。
