サバナクロー
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夕暮れ時の購買部は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。放課後の西日が窓ガラスをオレンジ色に染め上げていた。
「よし、これで今日の分の在庫整理は終わりっと」
ラギーは手元の伝票にペンで大きくチェックをつけた。その視線の先には、段ボールの片付けを黙々とこなすななしの姿がある。
「ななしくん、そっちも終わりそう?」
「はい。あとこの箱を潰せば全部片付きます」
ななしは額の汗を制服の袖で拭うこともせず、手際よく段ボールを解体していく。その手元をカウンターに頬杖をついたままラギーは見つめていた。
「手際良くなったねぇ。最初は段ボール一つ潰すのにも苦戦してたのにさ」
「ラギー先輩が、効率のいいやり方を叩き込んでくれたおかげです」
「シシシッ、オレの指導が良かったってわけね。じゃ、ご褒美にこれあげる」
ラギーが取り出したのは購買の売れ残りであるドーナツの袋だった。少し潰れているが甘い匂いは健在だ。
「ありがとうございます。でも、これはラギー先輩が食べるべきでは?」
「いいのいいの。オレはもう一個、別の隠してるから」
ななしは受け取った袋を見つめた後、小さく息を吐いた。その表情にはどこか影がある。
「……こうしてラギー先輩からおやつをもらうのも、あと何回あるんでしょうね」
「ん? 何それ。縁起でもないこと言うもんじゃないッスよ」
「だって、元の世界に帰る方法を探さなきゃいけないですし。先輩だって私より先に卒業するじゃないですか」
ラギーの目がわずかに細められた。
夕日の光が彼の瞳に鋭い輪郭を与える。
「またその話ッスか? ななしくん最近そればっかり」
「でも実際いつまでもここにいるわけには……いかないですから」
「ふーん……」
ラギーはカウンターから身を乗り出しななしの顔を覗き込んだ。その距離がいつもよりほんの少しだけ近い。
「でも今はまだここにいるッスよね。オレの目の前にさ」
「それは、そうですけど……」
「なら先の心配ばっかして今を楽しまないの、もったいなくない?」
ラギーの声はいつも通り軽快だった。しかしその奥にある熱が、西日に乗ってじわじわと室内の空気を満たしていく。
・
作業を終えた二人は、夕焼けに染まる廊下を並んで歩いていた。足音が静かな校舎に響く。ななしの歩幅は、いつもより少しだけ狭い。
「ななしくん」
「なんですか」
「オレ、さっきの話ちょっと納得いってないんだけど」
ラギーが立ち止まり、つられてななしも足を止める。廊下の窓から差し込む赤い光が二人の影を長く濃く床に伸ばしていた。
「納得いかないって、何がですか」
「いつか帰るとか、卒業するとか、そういう予防線張ってオレから一歩引いてる感じ」
「……わたしはただ……」
「オレが言いたいのはさ」
ラギーがななしとの距離をぐっと詰めた。
心臓の鼓動が静かな廊下で妙に大きく響くような錯覚を覚える。ラギーの体温と、ほんの少し混ざり合う汗の匂いがかすめた。
「いつか帰る話じゃなくて、今のオレと向き合ってほしいんスけど」
ラギーの手がななしの肩をすり抜け、背後の壁に突かれた。逃げ道を塞ぐようなその仕草にななしの身体が強張る。しかしななしの視線はまっすぐにラギーの瞳を捉えたまま微動だにしない。
「……向き合っています。向き合った上で、言っているんです」
「は? どこがッスか。帰る場所があるから、オレとはこれ以上深く関わらないようにしてるようにしか見えないんスけど?」
ラギーの吐息がななしの頬を掠める。
ななしの胸の奥でじわじわと熱い感情が膨れ上がっていく。それは怒りなのか、それとも別の言葉にできない衝動なのか。
「違います。今を考えてるから、断ったのに……」
「断った? 何を? オレまだ何も求めてないでしょ」
「求めてるじゃないですか! 先輩はいつも、そうやってずるい言い方でわたしを揺さぶって…」
ななしの声が夕闇の迫る廊下に響いた。
ラギーの瞳の奥で小さな炎が揺らめいたような気がした。その感覚は、互いの肌を直接触れ合わせていなくとも、空気の振動となって肌を突き刺す。
「揺さぶられてる自覚はあるんスね。じゃあ、なんでそんなに頑ななの?」
「それは……」
「今のオレを見てよ、ななしくん。先の言い訳は全部なしにしてさ」
ラギーの顔がさらに近づく。その唇が動くたびに、ななしの視界はその圧倒的な存在感で埋め尽くされていった。
ななしは壁とラギーの身体に挟まれた狭い空間の中で、じっと唇を噛み締めていた。逃げ出したいわけではない。ただ自分の心臓の音がうるさすぎて思考がまとまらない。
それでもななしは逸らそうになる視線を無理やり引き戻し、目の前にある瞳を凝視した。
「ちゃんと説明して。ちゃんと説明してくれないとオレ、わかんないッス」
「嘘をつかないでください。ラギー先輩が、そんなに物分かりが悪いわけないでしょう」
ななしの声は小さく震えていた。だが、その瞳の奥にある意志は少しも揺らいでいない。その瞳に見つめられ、ラギーの胸の奥がチリチリと焦げるような感覚に襲われた。
ななしは深く息を吸い込み、一気に言葉を紡いだ。
「……今だけを楽しめばいいなんて、そんな器用なことわたしにはできません。もし今ここでラギー先輩を本当に好きになっちゃったら……元の世界に帰る方法が見つかったとき、わたし……」
言葉がそこで途切れた。喉の奥が熱くなり、それ以上は声にならなかった。
言わなくてもすべては伝わっていた。
もし今この場所でラギーという存在を心に深く刻み込んでしまったら、その先にある未来でどれほどの絶望を味わうことになるのか。それを恐れているからこそ、ななしは一歩を引いていた。今を大切に思っているからこそ、その終わりを恐れ、予防線を張っていた。
ラギーは言葉を失ったように目を見開いた。
沈黙が二人の間を支配する。静寂の中でラギーの心臓が激しく脈打つ音が、衣服を通してななしの胸元にまで伝ってくるようだった。
「……はあ?」
ラギーの口から掠れた声が漏れた。それは呆れというよりも、あまりの衝撃に言葉を失った者のそれだった。
「ななしくん……バカじゃないの、本当に」
次の瞬間、ラギーの手がななしの細い手首を掴んだ。
骨の感触がわかるほどの強さだった。ただ、彼の皮膚から伝わる圧倒的な熱が、ななしの冷え切った指先をじんわりと溶かしていく。
「それって、帰るのが辛くなるくらい既にオレに溺れる自信があるってことッスよね?」
「……っ」
「自惚れていいわけ? オレのせいで帰るのが嫌になるかもしれないって、そう言ってるのと同じじゃん」
「違っ……」
「違わないッス」
ラギーの鋭い声が狭い空間に弾けた。その表情には、いつもの余裕など欠片も残っていなかった。
いつもなら損得勘定で動くはずの彼が、ひどく感情的に、余裕をなくして取り乱している。
乱れた呼吸、微かに震える指先。
飢えたハイエナが、どうしても手に入れたい獲物を前にした時のように、彼の瞳は怪しく、そして美しく光っていた。
「だったら、なおさら離さない。そんなこと言われて、はいそうですかって引き下がれるわけないでしょ。オレを誰だと思ってるんスか」
ラギーは掴んだ手首を引き寄せ、自らの胸元へと押し当てた。狂ったようなテンポで打つ彼の鼓動がななしの掌に直接伝わる。
「ほら触ってよ。オレの心臓、今にも破裂しそうなくらい動いてる。全部ななしくんのせいッスよ」
その熱、その匂い、その音。
ななしの全身の細胞がラギーの存在で満たされていく。頭の芯が溶けていくような感覚だった。理性が「これ以上は駄目だ」と警告している。しかしラギーに触れられている場所から熱が回り、身体の自由を奪っていく。
「オレ、欲張りだからさ。いつか消えるかもしれないとか、そんな遠い未来の不確定なことのために、今目の前にいるななしくんを諦めるなんて絶対に嫌ッス……それにしてもさぁ、」
ラギーは低く掠れた声で呟いた。その声には呆れと、それを上回るほどの強烈な独占欲が混ざり合っている。
「ななしくんさ、オレのこと好きだって言ってるようなもんだって、気付いてるッスか?」
「なっ……! そんなこと、一言も言って」
「だって、どうでもいい相手なら、帰る時のことなんて気にせず今だけ都合よく遊べばいいじゃん。オレはね、ななしくんが明日いなくなるとしても、今この瞬間にオレのことで頭いっぱいにさせたいッス。ずるいって言われても、オレはハイエナだしね。シシシッ」
ラギーの指先がななしの頬に触れた。指先は少し冷えているのに、触れられた肌からは火が出るほど熱い。
ななしは逃げようとしなかった。ただラギーの指先の感触を記憶の奥底に焼き付けるように見つめ返す。
ラギーの視線がななしの唇へと落ちる。
言葉はもう意味をなさなかった。二人の間に流れる空気は濃密で、息が詰まるほどに甘く、そして苦しい。
「……ラギー先輩」
「何? 拒絶するなら、今のうちッスよ」
ラギーの瞳は本気だった。いつもの軽薄な笑みは完全に消え去り、そこには一人の男としての泥臭いまでの渇望だけがある。
ラギーの額がななしの額にそっと重ねられた。
互いの睫毛が触れ合うほどの距離。
ななしはその熱さに耐えかねて小さく瞼を閉じた。
ななしの胸の鼓動はもう限界だった。ラギーの存在が隅々にまで染み渡っていく。
未来の不安も、元の世界への未練も、この濃密な空間の前ではすべて霞んで消えていくようだった。
「だからさ、諦めてよ。オレと一緒にいるときくらい全部忘れて、オレのことだけ考えて、オレに溺れてよ」
「……そんなの、勝手すぎます」
「シシシッ、勝手上等。オレが全部、引き受けるから」
ラギーの手がななしの頬を優しく包み込んだ。
ななしはもう言葉を返すことができなかった。ただラギーの胸元に預けた手で、彼のシャツの生地をぎゅっと握り締める。それがななしなりの、精一杯の「今」の肯定だった。
夕日は完全に沈み、廊下に夜の帳が下りる。
至至近距離で見つめ合う二人の輪郭は、急速に夜の闇へと溶けて、ひとつの大きな影になって重なっていた。
しかし互いの呼吸が触れ合う距離だからこそ、視覚以外の感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。
未来のことは誰もわからない。しかし今この瞬間の二人の間には、何よりも濃密で確かな熱だけが存在していた。
「よし、これで今日の分の在庫整理は終わりっと」
ラギーは手元の伝票にペンで大きくチェックをつけた。その視線の先には、段ボールの片付けを黙々とこなすななしの姿がある。
「ななしくん、そっちも終わりそう?」
「はい。あとこの箱を潰せば全部片付きます」
ななしは額の汗を制服の袖で拭うこともせず、手際よく段ボールを解体していく。その手元をカウンターに頬杖をついたままラギーは見つめていた。
「手際良くなったねぇ。最初は段ボール一つ潰すのにも苦戦してたのにさ」
「ラギー先輩が、効率のいいやり方を叩き込んでくれたおかげです」
「シシシッ、オレの指導が良かったってわけね。じゃ、ご褒美にこれあげる」
ラギーが取り出したのは購買の売れ残りであるドーナツの袋だった。少し潰れているが甘い匂いは健在だ。
「ありがとうございます。でも、これはラギー先輩が食べるべきでは?」
「いいのいいの。オレはもう一個、別の隠してるから」
ななしは受け取った袋を見つめた後、小さく息を吐いた。その表情にはどこか影がある。
「……こうしてラギー先輩からおやつをもらうのも、あと何回あるんでしょうね」
「ん? 何それ。縁起でもないこと言うもんじゃないッスよ」
「だって、元の世界に帰る方法を探さなきゃいけないですし。先輩だって私より先に卒業するじゃないですか」
ラギーの目がわずかに細められた。
夕日の光が彼の瞳に鋭い輪郭を与える。
「またその話ッスか? ななしくん最近そればっかり」
「でも実際いつまでもここにいるわけには……いかないですから」
「ふーん……」
ラギーはカウンターから身を乗り出しななしの顔を覗き込んだ。その距離がいつもよりほんの少しだけ近い。
「でも今はまだここにいるッスよね。オレの目の前にさ」
「それは、そうですけど……」
「なら先の心配ばっかして今を楽しまないの、もったいなくない?」
ラギーの声はいつも通り軽快だった。しかしその奥にある熱が、西日に乗ってじわじわと室内の空気を満たしていく。
・
作業を終えた二人は、夕焼けに染まる廊下を並んで歩いていた。足音が静かな校舎に響く。ななしの歩幅は、いつもより少しだけ狭い。
「ななしくん」
「なんですか」
「オレ、さっきの話ちょっと納得いってないんだけど」
ラギーが立ち止まり、つられてななしも足を止める。廊下の窓から差し込む赤い光が二人の影を長く濃く床に伸ばしていた。
「納得いかないって、何がですか」
「いつか帰るとか、卒業するとか、そういう予防線張ってオレから一歩引いてる感じ」
「……わたしはただ……」
「オレが言いたいのはさ」
ラギーがななしとの距離をぐっと詰めた。
心臓の鼓動が静かな廊下で妙に大きく響くような錯覚を覚える。ラギーの体温と、ほんの少し混ざり合う汗の匂いがかすめた。
「いつか帰る話じゃなくて、今のオレと向き合ってほしいんスけど」
ラギーの手がななしの肩をすり抜け、背後の壁に突かれた。逃げ道を塞ぐようなその仕草にななしの身体が強張る。しかしななしの視線はまっすぐにラギーの瞳を捉えたまま微動だにしない。
「……向き合っています。向き合った上で、言っているんです」
「は? どこがッスか。帰る場所があるから、オレとはこれ以上深く関わらないようにしてるようにしか見えないんスけど?」
ラギーの吐息がななしの頬を掠める。
ななしの胸の奥でじわじわと熱い感情が膨れ上がっていく。それは怒りなのか、それとも別の言葉にできない衝動なのか。
「違います。今を考えてるから、断ったのに……」
「断った? 何を? オレまだ何も求めてないでしょ」
「求めてるじゃないですか! 先輩はいつも、そうやってずるい言い方でわたしを揺さぶって…」
ななしの声が夕闇の迫る廊下に響いた。
ラギーの瞳の奥で小さな炎が揺らめいたような気がした。その感覚は、互いの肌を直接触れ合わせていなくとも、空気の振動となって肌を突き刺す。
「揺さぶられてる自覚はあるんスね。じゃあ、なんでそんなに頑ななの?」
「それは……」
「今のオレを見てよ、ななしくん。先の言い訳は全部なしにしてさ」
ラギーの顔がさらに近づく。その唇が動くたびに、ななしの視界はその圧倒的な存在感で埋め尽くされていった。
ななしは壁とラギーの身体に挟まれた狭い空間の中で、じっと唇を噛み締めていた。逃げ出したいわけではない。ただ自分の心臓の音がうるさすぎて思考がまとまらない。
それでもななしは逸らそうになる視線を無理やり引き戻し、目の前にある瞳を凝視した。
「ちゃんと説明して。ちゃんと説明してくれないとオレ、わかんないッス」
「嘘をつかないでください。ラギー先輩が、そんなに物分かりが悪いわけないでしょう」
ななしの声は小さく震えていた。だが、その瞳の奥にある意志は少しも揺らいでいない。その瞳に見つめられ、ラギーの胸の奥がチリチリと焦げるような感覚に襲われた。
ななしは深く息を吸い込み、一気に言葉を紡いだ。
「……今だけを楽しめばいいなんて、そんな器用なことわたしにはできません。もし今ここでラギー先輩を本当に好きになっちゃったら……元の世界に帰る方法が見つかったとき、わたし……」
言葉がそこで途切れた。喉の奥が熱くなり、それ以上は声にならなかった。
言わなくてもすべては伝わっていた。
もし今この場所でラギーという存在を心に深く刻み込んでしまったら、その先にある未来でどれほどの絶望を味わうことになるのか。それを恐れているからこそ、ななしは一歩を引いていた。今を大切に思っているからこそ、その終わりを恐れ、予防線を張っていた。
ラギーは言葉を失ったように目を見開いた。
沈黙が二人の間を支配する。静寂の中でラギーの心臓が激しく脈打つ音が、衣服を通してななしの胸元にまで伝ってくるようだった。
「……はあ?」
ラギーの口から掠れた声が漏れた。それは呆れというよりも、あまりの衝撃に言葉を失った者のそれだった。
「ななしくん……バカじゃないの、本当に」
次の瞬間、ラギーの手がななしの細い手首を掴んだ。
骨の感触がわかるほどの強さだった。ただ、彼の皮膚から伝わる圧倒的な熱が、ななしの冷え切った指先をじんわりと溶かしていく。
「それって、帰るのが辛くなるくらい既にオレに溺れる自信があるってことッスよね?」
「……っ」
「自惚れていいわけ? オレのせいで帰るのが嫌になるかもしれないって、そう言ってるのと同じじゃん」
「違っ……」
「違わないッス」
ラギーの鋭い声が狭い空間に弾けた。その表情には、いつもの余裕など欠片も残っていなかった。
いつもなら損得勘定で動くはずの彼が、ひどく感情的に、余裕をなくして取り乱している。
乱れた呼吸、微かに震える指先。
飢えたハイエナが、どうしても手に入れたい獲物を前にした時のように、彼の瞳は怪しく、そして美しく光っていた。
「だったら、なおさら離さない。そんなこと言われて、はいそうですかって引き下がれるわけないでしょ。オレを誰だと思ってるんスか」
ラギーは掴んだ手首を引き寄せ、自らの胸元へと押し当てた。狂ったようなテンポで打つ彼の鼓動がななしの掌に直接伝わる。
「ほら触ってよ。オレの心臓、今にも破裂しそうなくらい動いてる。全部ななしくんのせいッスよ」
その熱、その匂い、その音。
ななしの全身の細胞がラギーの存在で満たされていく。頭の芯が溶けていくような感覚だった。理性が「これ以上は駄目だ」と警告している。しかしラギーに触れられている場所から熱が回り、身体の自由を奪っていく。
「オレ、欲張りだからさ。いつか消えるかもしれないとか、そんな遠い未来の不確定なことのために、今目の前にいるななしくんを諦めるなんて絶対に嫌ッス……それにしてもさぁ、」
ラギーは低く掠れた声で呟いた。その声には呆れと、それを上回るほどの強烈な独占欲が混ざり合っている。
「ななしくんさ、オレのこと好きだって言ってるようなもんだって、気付いてるッスか?」
「なっ……! そんなこと、一言も言って」
「だって、どうでもいい相手なら、帰る時のことなんて気にせず今だけ都合よく遊べばいいじゃん。オレはね、ななしくんが明日いなくなるとしても、今この瞬間にオレのことで頭いっぱいにさせたいッス。ずるいって言われても、オレはハイエナだしね。シシシッ」
ラギーの指先がななしの頬に触れた。指先は少し冷えているのに、触れられた肌からは火が出るほど熱い。
ななしは逃げようとしなかった。ただラギーの指先の感触を記憶の奥底に焼き付けるように見つめ返す。
ラギーの視線がななしの唇へと落ちる。
言葉はもう意味をなさなかった。二人の間に流れる空気は濃密で、息が詰まるほどに甘く、そして苦しい。
「……ラギー先輩」
「何? 拒絶するなら、今のうちッスよ」
ラギーの瞳は本気だった。いつもの軽薄な笑みは完全に消え去り、そこには一人の男としての泥臭いまでの渇望だけがある。
ラギーの額がななしの額にそっと重ねられた。
互いの睫毛が触れ合うほどの距離。
ななしはその熱さに耐えかねて小さく瞼を閉じた。
ななしの胸の鼓動はもう限界だった。ラギーの存在が隅々にまで染み渡っていく。
未来の不安も、元の世界への未練も、この濃密な空間の前ではすべて霞んで消えていくようだった。
「だからさ、諦めてよ。オレと一緒にいるときくらい全部忘れて、オレのことだけ考えて、オレに溺れてよ」
「……そんなの、勝手すぎます」
「シシシッ、勝手上等。オレが全部、引き受けるから」
ラギーの手がななしの頬を優しく包み込んだ。
ななしはもう言葉を返すことができなかった。ただラギーの胸元に預けた手で、彼のシャツの生地をぎゅっと握り締める。それがななしなりの、精一杯の「今」の肯定だった。
夕日は完全に沈み、廊下に夜の帳が下りる。
至至近距離で見つめ合う二人の輪郭は、急速に夜の闇へと溶けて、ひとつの大きな影になって重なっていた。
しかし互いの呼吸が触れ合う距離だからこそ、視覚以外の感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。
未来のことは誰もわからない。しかし今この瞬間の二人の間には、何よりも濃密で確かな熱だけが存在していた。
