サバナクロー
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談話室にはオレンジ色の西日が斜めに差し込んでいた。窓から入り込む風が古びたカーテンを静かに揺らす。テーブルの上には広げられた教科書とノート。ななしはペンを握ったまま、少し赤くなった顔を伏せるようにして座っていた。
その対面に座るジャックは大きな身体を窮屈そうに折り曲げ、熱心にノートにペンを走らせている。時折、彼のふさふさとした灰色の尻尾が椅子の足に当たって小刻みに揺れていた。
「……なぁ、ななし。ここの問題だけどよ」
ジャックが不意に顔を上げノートをこちらに突き出す。その距離が思ったよりも近く ななし は思わず肩を揺らした。
「ひゃいっ……え、あ、うん。ど、どこのこと?」
「ここだ、この計算。何度やっても最後の数値がずれるんだが」
ジャックは不思議そうに首を傾げる。彼の耳がピクリと動き、先端の毛が微かに震えた。ななしは自分の胸の鼓動が速くなるのを感じながらノートを覗き込む。
「これはね……最初の、この数式が少し違っているのかも。ほら、ここをプラスじゃなくてマイナスにすると……」
「あー……なるほど。俺、また初歩的なところでトチってたか。ありがとな」
ジャックはガシガシと自分の頭を掻いた。その拍子に彼の体温を含んだ空気がふわっとななしの鼻腔をくすぐる。
「ううん、ジャックはいつも一生懸命だから、すぐに覚えられるよ」
「……おまえにそう言われると、悪ぃ気はしねぇな」
ジャックはふっと口元を緩めななしを見つめた。その視線の強さにななしは慌てて手元の教科書に目を落とす。耳たぶが熱い。
「……どうした? 部屋、暑いか?」
「えっ!? う、ううん! 大丈夫、全然暑くないから!」
「そうか? ならいいけどよ。無理すんなよ」
ジャックはそう言うと再びノートに向き直った。しかしその耳は心なしかななしの方へと傾いている。彼は時折、鼻を小さく鳴らすようにして息を吸い込んでいた。まるで空気中に溶け込むななしの気配を一つ残らず確かめようとするかのように。
日が完全に沈み、談話室にはランプの灯りが灯る。部屋の隅々は薄暗くなり、二人の距離が昼間よりも近く感じられた。
「よし、これで今日の分は終わりだ」
ジャックが大きく腕を伸ばし背骨を鳴らす。ななしもまた緊張から解放されたように小さく息を吐いた。
「お疲れ様、ジャック。付き合ってくれてありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。ななしの教え方が分かりやすいから助かる」
ジャックは椅子から立ち上がると、ななしの後ろへと回り込んだ。彼が近づくにつれ、その圧倒的な存在感と熱が、ななしの背中にじわじわと伝わってくる。
「……ジャック?」
「なぁ、 ななし 」
背後からかけられた声はいつもより少しだけ低く掠れていた。ななしが振り返ろうとした瞬間、すぐ近くで衣類が擦れる音がする。ジャックがななしの椅子の背もたれに両手を突き、上から覗き込むような体勢をとっていた。
「え、あ……あの……?」
「おまえ、今日、いつもと違う匂いがする」
「えっ……?」
ジャックの顔がななしの首筋のあたりまで近づいてくる。彼が深く息を吸い込む音がはっきりと聞こえた。ななしは完全に身動きが取れなくなり、椅子の背に背中を押し付ける。
「気のせいじゃねぇ。なんていうか、その……甘い匂いだ」
「そ、そんなこと、ないと思う、けど……」
「ある。俺の鼻が間違えるわけねぇだろ。……すごく、落ち着く匂いだ」
ジャックの言葉にはいつもと違う熱が混ざっていた。彼の瞳が暗がりの中で獣のように怪しく、けれど深く潤んで光っている。ななしは心臓が破裂しそうなほど激しく脈打つのを感じた。その鼓動の音が彼に聞こえてしまうのではないかと焦る。
ジャックの大きな手が、そっとななしの肩に触れた。厚くて硬い、けれど酷く温かい掌。その熱が衣服を通して皮膚へと染み込んでいく。
「ジャック、あの……」
「……何でか分からねぇけど、体が言うこと聞かねぇ」
ジャックは小さく唸るような声を漏らした。彼の大きな身体がじわじわとななしを包み込むように距離を詰めていく。逃げ場のない空間の中で二人の呼吸が混ざり合い、室内の温度が跳ね上がっていくようだった。
談話室の空気は完全に二人の熱で満たされていた。ジャックの視線は一瞬たりともななしから逸れることはない。その強い眼差しは、まるで獲物をロックオンした捕食者のようでありながら、同時にどうしようもないほどの執着と深い愛情を湛えていた。
「ななし」
名前を呼ばれるだけでななしの内側が震える。声の響きそのものが、ダイレクトに脳を痺れさせるような感覚。
「おまえ、俺がこうして近づいても逃げねぇのな」
「それは……だって……」
言葉がうまく紡げない。ジャックの顔がさらに近づき、彼の額がななしの額に軽く触れた。ゴツゴツとした男らしい骨格の感触と、そこから伝わる体温。ななしは目を瞑ることしかできなかった。視界が閉ざされた分、他の感覚が異常なほどに研ぎ澄まされていく。
ジャックの息遣いが、ななしの唇や頬を何度も掠める。彼の大きな手が肩からゆっくりと滑り落ち、ななしの手を包み込んだ。包み込まれた手から彼の力強い指の節々がリアルに伝わってくる。
「俺、おまえの傍にいると、自分がどうにかなりそうになる。……こんなこと、他の奴には絶対に思わねぇ」
ジャックの声はもはや懇願に近かった。彼の大きな尻尾が激しく、どこか切なげに床を叩く音が響く。それは本能が命じるままに愛する番を繋ぎ止めようとする雄の行動そのものだった。
「ジャック……わたし、も……」
「おまえも、俺と同じか?」
ジャックがななしの手をぎゅっと握りしめる。強すぎるほどの力だったが痛みは感じなかった。ただ彼の強い意志が、その掌から濁流のように流れ込んでくる。
内側が彼の色で塗りつぶされていくような濃密な感覚。ななしはジャックの放つ雄としての色気と熱量にただただ圧倒され、同時に深く満たされていくのを感じていた。彼の存在が自分の世界のすべてを占めていく。
「ななし──」
暗闇の中でジャックの瞳が一段と強く輝いた。ななしはもう言葉を返すこともできず、ただ彼の胸にそっと頭を預けることしかできなかった。彼の激しく確かな心臓の音が、静かな談話室にいつまでも響き渡っていた。
その対面に座るジャックは大きな身体を窮屈そうに折り曲げ、熱心にノートにペンを走らせている。時折、彼のふさふさとした灰色の尻尾が椅子の足に当たって小刻みに揺れていた。
「……なぁ、ななし。ここの問題だけどよ」
ジャックが不意に顔を上げノートをこちらに突き出す。その距離が思ったよりも近く ななし は思わず肩を揺らした。
「ひゃいっ……え、あ、うん。ど、どこのこと?」
「ここだ、この計算。何度やっても最後の数値がずれるんだが」
ジャックは不思議そうに首を傾げる。彼の耳がピクリと動き、先端の毛が微かに震えた。ななしは自分の胸の鼓動が速くなるのを感じながらノートを覗き込む。
「これはね……最初の、この数式が少し違っているのかも。ほら、ここをプラスじゃなくてマイナスにすると……」
「あー……なるほど。俺、また初歩的なところでトチってたか。ありがとな」
ジャックはガシガシと自分の頭を掻いた。その拍子に彼の体温を含んだ空気がふわっとななしの鼻腔をくすぐる。
「ううん、ジャックはいつも一生懸命だから、すぐに覚えられるよ」
「……おまえにそう言われると、悪ぃ気はしねぇな」
ジャックはふっと口元を緩めななしを見つめた。その視線の強さにななしは慌てて手元の教科書に目を落とす。耳たぶが熱い。
「……どうした? 部屋、暑いか?」
「えっ!? う、ううん! 大丈夫、全然暑くないから!」
「そうか? ならいいけどよ。無理すんなよ」
ジャックはそう言うと再びノートに向き直った。しかしその耳は心なしかななしの方へと傾いている。彼は時折、鼻を小さく鳴らすようにして息を吸い込んでいた。まるで空気中に溶け込むななしの気配を一つ残らず確かめようとするかのように。
日が完全に沈み、談話室にはランプの灯りが灯る。部屋の隅々は薄暗くなり、二人の距離が昼間よりも近く感じられた。
「よし、これで今日の分は終わりだ」
ジャックが大きく腕を伸ばし背骨を鳴らす。ななしもまた緊張から解放されたように小さく息を吐いた。
「お疲れ様、ジャック。付き合ってくれてありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。ななしの教え方が分かりやすいから助かる」
ジャックは椅子から立ち上がると、ななしの後ろへと回り込んだ。彼が近づくにつれ、その圧倒的な存在感と熱が、ななしの背中にじわじわと伝わってくる。
「……ジャック?」
「なぁ、 ななし 」
背後からかけられた声はいつもより少しだけ低く掠れていた。ななしが振り返ろうとした瞬間、すぐ近くで衣類が擦れる音がする。ジャックがななしの椅子の背もたれに両手を突き、上から覗き込むような体勢をとっていた。
「え、あ……あの……?」
「おまえ、今日、いつもと違う匂いがする」
「えっ……?」
ジャックの顔がななしの首筋のあたりまで近づいてくる。彼が深く息を吸い込む音がはっきりと聞こえた。ななしは完全に身動きが取れなくなり、椅子の背に背中を押し付ける。
「気のせいじゃねぇ。なんていうか、その……甘い匂いだ」
「そ、そんなこと、ないと思う、けど……」
「ある。俺の鼻が間違えるわけねぇだろ。……すごく、落ち着く匂いだ」
ジャックの言葉にはいつもと違う熱が混ざっていた。彼の瞳が暗がりの中で獣のように怪しく、けれど深く潤んで光っている。ななしは心臓が破裂しそうなほど激しく脈打つのを感じた。その鼓動の音が彼に聞こえてしまうのではないかと焦る。
ジャックの大きな手が、そっとななしの肩に触れた。厚くて硬い、けれど酷く温かい掌。その熱が衣服を通して皮膚へと染み込んでいく。
「ジャック、あの……」
「……何でか分からねぇけど、体が言うこと聞かねぇ」
ジャックは小さく唸るような声を漏らした。彼の大きな身体がじわじわとななしを包み込むように距離を詰めていく。逃げ場のない空間の中で二人の呼吸が混ざり合い、室内の温度が跳ね上がっていくようだった。
談話室の空気は完全に二人の熱で満たされていた。ジャックの視線は一瞬たりともななしから逸れることはない。その強い眼差しは、まるで獲物をロックオンした捕食者のようでありながら、同時にどうしようもないほどの執着と深い愛情を湛えていた。
「ななし」
名前を呼ばれるだけでななしの内側が震える。声の響きそのものが、ダイレクトに脳を痺れさせるような感覚。
「おまえ、俺がこうして近づいても逃げねぇのな」
「それは……だって……」
言葉がうまく紡げない。ジャックの顔がさらに近づき、彼の額がななしの額に軽く触れた。ゴツゴツとした男らしい骨格の感触と、そこから伝わる体温。ななしは目を瞑ることしかできなかった。視界が閉ざされた分、他の感覚が異常なほどに研ぎ澄まされていく。
ジャックの息遣いが、ななしの唇や頬を何度も掠める。彼の大きな手が肩からゆっくりと滑り落ち、ななしの手を包み込んだ。包み込まれた手から彼の力強い指の節々がリアルに伝わってくる。
「俺、おまえの傍にいると、自分がどうにかなりそうになる。……こんなこと、他の奴には絶対に思わねぇ」
ジャックの声はもはや懇願に近かった。彼の大きな尻尾が激しく、どこか切なげに床を叩く音が響く。それは本能が命じるままに愛する番を繋ぎ止めようとする雄の行動そのものだった。
「ジャック……わたし、も……」
「おまえも、俺と同じか?」
ジャックがななしの手をぎゅっと握りしめる。強すぎるほどの力だったが痛みは感じなかった。ただ彼の強い意志が、その掌から濁流のように流れ込んでくる。
内側が彼の色で塗りつぶされていくような濃密な感覚。ななしはジャックの放つ雄としての色気と熱量にただただ圧倒され、同時に深く満たされていくのを感じていた。彼の存在が自分の世界のすべてを占めていく。
「ななし──」
暗闇の中でジャックの瞳が一段と強く輝いた。ななしはもう言葉を返すこともできず、ただ彼の胸にそっと頭を預けることしかできなかった。彼の激しく確かな心臓の音が、静かな談話室にいつまでも響き渡っていた。
