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営業時間前のモストロ・ラウンジは淡い瑠璃色の光に包まれている。水槽から漏れる光が磨き上げられた床に不規則な波紋を描き出している。
誰もいない静かな部屋のソファに長身の人影が二つ、中央の席に挟み込むようにして座っている。
「さあ、口を開けてくださいななしさん。試作中の新作ドルチェです。あなたに一番に試食していただきたくて」
ジェイドが銀色のスプーンを差し出す。美しく盛り付けられたひんやりとしたムースが水槽の光を反射して妖しくツヤを放っている。
「あ、ありがとうございます、ジェイド先輩。……ん、冷たくてすごく美味しいです」
「それは良かった。あなたが美味しそうに食べてくださる姿を見るだけで、苦労してレシピを考案した甲斐があったというものです。もう一口いかがですか?」
「ええと、じゃあ、もう一口だけ……」
差し出されるままに大人しく口を開ける。
ジェイドの細められた瞳が咀嚼するその口元をじっと見つめている。その視線の熱に気づいているのかいないのか、スプーンが引かれた後も唇は微かに湿った光を帯びていた。
「ねえー、ジェイドばっか小エビちゃんに美味いもん食わせてずるいんだけど。オレもそれやりたい」
隣に座っていたフロイドが身体をソファに深く沈めながら身を乗り出す。不満げに尖らせた唇が近くまで迫る。
「フロイド、これは僕がななしさんのために用意したものです。横取りはいけません」
「横取りしてねーし。オレはオレで小エビちゃんにこれあげよーと思って持ってきたんだもんね。ほら小エビちゃん、これ飲みなよ」
フロイドが差し出してきたのはグラデーションが美しいノンアルコールのカクテル。ストローをこちらへ向け、そのまま口元へと突きつけてくる。
「フロイド先輩、これは……?」
「これ? 今日の気分で作ったやつ。なんか小エビちゃんっぽい色だなーって思ったから。ほら早く飲んで。オレ待つの嫌いなんだけどぉ?」
「あ、すみません。……ん、ほんのり甘くて、すっきりしてます」
「でしょ? 小エビちゃんが飲みやすいように作ったんだ」
フロイドの大きな手がななしの髪に触れる。
指先が耳の裏をかすめ首筋をなぞるようにして離れていく。その触れ方はまるで、自分の所有物を確かめるかのように遠慮がない。
「フロイドの思いつきのカクテルと一緒にされては困りますね。僕のドルチェには隠し味に特別な仕掛けをしてあるのに。……ななしさん、どちらが気に入りましたか?」
ジェイドがふわりと微笑みながら顔を覗き込んできた。
その距離は先ほどよりも確実に近くなっている。
「えっ、どちらって言われても……。どっちも、すごく美味しいです」
「ふふ、ななしさんはお優しいですね。ですが僕はあなたの一番になりたいのです。言葉濁さずに教えていただけませんか?」
「小エビちゃん困らせてんじゃねーよ。小エビちゃんはオレのカクテルの方が気に入ったに決まっていーじゃん。ねー、小エビちゃん?」
フロイドがソファの背もたれに長い腕を回し、背後から抱きかきこむように距離を詰めてくる。左からはジェイドの穏やかでありながら圧のある視線、右からはフロイドの気まぐれで熱い体温が押し寄せる。
「あ…の……、二人とも、距離が近くないですか……?」
「そうですか? 僕はいつも通りですよ。それとも、僕に近づかれるのは嫌ですか?」
ジェイドの手が、膝の上に置かれた手の上にそっと重ねられる。手袋越しのはずなのに、なぜかその熱がじんわりと皮膚に染み込んでくるような錯覚を覚える。
「嫌、じゃないですけど……」
「なら、このままでいましょう。あなたの体温は、いつも心地よくて癖になります」
「あのさぁジェイド、抜け駆け禁止。オレも小エビちゃんに触る」
フロイドが反対側の手をとり自分の大きな手のひらで包み込む。
両側から挟み込まれるようにして自由を奪われていく。
薄暗いラウンジの空気はどこか本物の海の底のように重く、影を落としながら甘く沈み始めていた。
「二人とも本当にどうしたんですか? 今日はなんだか、いつもより……」
「いつもより、何ですか? ななしさん」
ジェイドの顔がさらに近づく。
細められた瞳の奥に怪しげな光が灯っている。
吐息が頬をかすめるたびに心臓の音がうるささを増していく。
「あ、その、すごく、近くて……」
「オレはさ、もっと近くてもいいんだけど。……小エビちゃんさぁ、いつもオレらのこと、ただの先輩としか思ってないでしょ」
フロイドの声がいつもより一段低い。耳元で囁かれるその声は鼓膜を震わせ、背筋に奇妙な痺れを走らせる。
「そんなこと、ないです。大切な…先輩です」
「大切な先輩、ですか。なるほど……それは光栄ですね。ですが僕たちが求めているのは、そんなありふれた肩書きではないのです」
ジェイドが重ねた手に少しだけ力を込める。
逃げ道を塞ぐようなその力強さに息が少しだけ苦しくなる。
それでも拒むことはできない。
「ジェイド先輩……?」
「そんな顔で見つめられると、僕も自制心が怪しくなってしまいます。あなたは本当に無防備で……困った人だ」
ジェイドの指先が今度は手首の細い部分へと移動する。
脈打つ場所に触れられ、ドクンと大きく跳ねる。
それを確かめるようにジェイドの口元が深く弧を描いた。
「あ、ジェイドずりぃ。オレもそこ触りたい。小エビちゃんのここ、すっごいドクドクいっててウケる。ねえオレのせい? それともジェイドのせい?」
フロイドが空いた方の手で顎を優しく上向かせる。
視線が完全に絡み合い、逃げる場所がどこにもなくなる。左右から挟む二人の体温がじわじわと、しかし確実にラウンジの温度を書き換えていく。
「どちらでしょうね。……まあ、僕としてはどちらでも構いません。この瞬間、あなたが僕たちの熱に浮かされているという事実だけで今は十分です」
ジェイドの言葉が水の音に溶けるようにして鼓膜に染み込んでいく。重い扉の向こうの喧騒から切り離された空間で、三人分の体温だけが異常なほどに熱を帯び始めていた。
「……っ、ん……フロイド、先輩、そこ、は……」
「どこ? ここ? 小エビちゃんさぁ、耳の後ろ触るとすっごいビクってすんのね。おもしろーい」
耳元で低く震える笑い声がダイレクトに鼓膜を揺らす。
フロイドの大きな指先が耳の輪郭をなぞり、そのまま髪の隙間に滑り込んで頭の後ろを固定する。逃げようのない強さ。しかしその大きな手のひらから伝わる圧倒的な体温が、冷えきっていたはずの思考をじわじわと溶かしていく。
「フロイド、あまりいじめてはいけませんよ。……ほら、息が荒くなっている。僕の冷たい手の方が今は心地よいのではありませんか?」
ジェイドの手袋を嵌めた指先が、今度は鎖骨のくぼみへと滑り落ちてくる。制服の生地を隔てているはずなのに、その指の形や動く軌道が素肌に直接触れられているかのように鮮明に伝わる。
じわりと皮膚の奥が痺れるような感覚。ジェイドの指が鎖骨をなぞるたびに、内側からせり上がるような熱が全身を駆け巡る。
「……ふ、ふたりとも、やめて、ください……」
「それは本心ですか? ななしさん。あなたの身体はこんなにも僕たちの手を求めているように思えますが」
「そうだよ小エビちゃん。口ではだめって言いながら、オレの服すっごい掴んでんじゃん。かわいー」
言われて初めて自分の指先がフロイドのネクタイを固く握りしめていることに気づく。突き放そうとしたのか、それとも縋ろうとしたのか、もう自分でも分からない。
ただ二人の放つ強烈な存在感と部屋に満ちる濃密な空気のせいで呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
「……んっ」
視界が熱でうるんでいく。
水槽の光が乱反射し、ジェイドの瞳とフロイドの瞳が交互に目の前に迫っては遠のく。頭の芯が痺れて自分の意志がどこか遠くへ押し流されていく。流されるままに二人の境界線へと沈んでいく感覚だけが、ひどく鮮明に生々しく脳裏に焼き付いていく。
「おや、その潤んだ瞳に映っているのは、僕ですか? それとも、フロイドですか?」
ジェイドの顔が唇が触れ合うほどの距離まで近づく。
奥の瞳はいつもと違って完全に捕食者のそれへと変わっている。その冷徹なまでの美しさに胸が締め付けられ、心臓が痛いほどの音を立てる。
「ジェイドばっかずりー。小エビちゃん、オレを見てよ。ほら、ちゃんとオレのこと見ないと噛みついちゃうよ?」
フロイドの低い声が首筋に突き刺さる。
言葉通り鋭い犬歯がうなじの柔らかい皮膚に軽く押し当てられ、その刺激に思わず背中が跳ねる。痛みの手前、強烈な快感に近い痺れが脊髄を走り声を上げる余裕さえ奪われる。
「ぁ……っ!」
「フロイド、マーキングは後になさい。彼女の初めての表情は、僕がいただく約束でしょう?」
「えー、そんな約束したっけ? 忘れた。早い者勝ちでいーじゃん」
二人の会話が頭上で行き交う。
そのどちらの言葉にも自分を拒む権利など最初から与えられていないのだと思い知らされる。ジェイドの長い指が今度は唇の端をそっと割り込み、湿った粘膜をなぞる。異物が侵入する感覚に息を詰まらせると、その隙を狙うようにフロイドの唇が反対側の頬から耳へと這い上がってきた。
「ん、……ぁ……ジェイド、先輩……フロ、イド先輩……」
どちらの名前を呼んでいるのか、それとも同時に救いを求めているのか。すでに自分の声さえも、水底の泡のように頼りなく消えていく。絡み合う視線、重なる肌の熱、衣服の擦れる微かな音。そのすべてが薄暗がりの狂気の中で、濃密なグラデーションとなって押し寄せる。
「いいですよ、もっと僕たちの名前を呼んでください。あなたがその声を漏らすたびに、この部屋の温度が上がっていくようだ」
「小エビちゃん、もう逃げらんないね。っていうか、逃げる気ないでしょ。オレらの中に挟まれてすっごい気持ちよさそうな顔してんじゃん」
フロイドの腕が今度は腰をしっかりと抱き寄せ、完全に二人の身体の間に閉じ込める。
左から押し寄せるジェイドの、どこまでも執拗で理知的な愛撫。
右から絡みつくフロイドの、気まぐれで、しかし圧倒的な熱量を持つ暴力的なまでの甘やかし。二つの異なる熱が身体の内側で一つに混ざり合っていく。
「あ、は……っ、ん、う……」
もう考えることは何もできない。
ただ目の前にある二つの深い海に、このまま際限なく溺れていくことしか許されていなかった。静まり返ったラウンジの奥で、三人分の重い吐息と微かな水音が、いつまでもいつまでも響き続けていた。
誰もいない静かな部屋のソファに長身の人影が二つ、中央の席に挟み込むようにして座っている。
「さあ、口を開けてくださいななしさん。試作中の新作ドルチェです。あなたに一番に試食していただきたくて」
ジェイドが銀色のスプーンを差し出す。美しく盛り付けられたひんやりとしたムースが水槽の光を反射して妖しくツヤを放っている。
「あ、ありがとうございます、ジェイド先輩。……ん、冷たくてすごく美味しいです」
「それは良かった。あなたが美味しそうに食べてくださる姿を見るだけで、苦労してレシピを考案した甲斐があったというものです。もう一口いかがですか?」
「ええと、じゃあ、もう一口だけ……」
差し出されるままに大人しく口を開ける。
ジェイドの細められた瞳が咀嚼するその口元をじっと見つめている。その視線の熱に気づいているのかいないのか、スプーンが引かれた後も唇は微かに湿った光を帯びていた。
「ねえー、ジェイドばっか小エビちゃんに美味いもん食わせてずるいんだけど。オレもそれやりたい」
隣に座っていたフロイドが身体をソファに深く沈めながら身を乗り出す。不満げに尖らせた唇が近くまで迫る。
「フロイド、これは僕がななしさんのために用意したものです。横取りはいけません」
「横取りしてねーし。オレはオレで小エビちゃんにこれあげよーと思って持ってきたんだもんね。ほら小エビちゃん、これ飲みなよ」
フロイドが差し出してきたのはグラデーションが美しいノンアルコールのカクテル。ストローをこちらへ向け、そのまま口元へと突きつけてくる。
「フロイド先輩、これは……?」
「これ? 今日の気分で作ったやつ。なんか小エビちゃんっぽい色だなーって思ったから。ほら早く飲んで。オレ待つの嫌いなんだけどぉ?」
「あ、すみません。……ん、ほんのり甘くて、すっきりしてます」
「でしょ? 小エビちゃんが飲みやすいように作ったんだ」
フロイドの大きな手がななしの髪に触れる。
指先が耳の裏をかすめ首筋をなぞるようにして離れていく。その触れ方はまるで、自分の所有物を確かめるかのように遠慮がない。
「フロイドの思いつきのカクテルと一緒にされては困りますね。僕のドルチェには隠し味に特別な仕掛けをしてあるのに。……ななしさん、どちらが気に入りましたか?」
ジェイドがふわりと微笑みながら顔を覗き込んできた。
その距離は先ほどよりも確実に近くなっている。
「えっ、どちらって言われても……。どっちも、すごく美味しいです」
「ふふ、ななしさんはお優しいですね。ですが僕はあなたの一番になりたいのです。言葉濁さずに教えていただけませんか?」
「小エビちゃん困らせてんじゃねーよ。小エビちゃんはオレのカクテルの方が気に入ったに決まっていーじゃん。ねー、小エビちゃん?」
フロイドがソファの背もたれに長い腕を回し、背後から抱きかきこむように距離を詰めてくる。左からはジェイドの穏やかでありながら圧のある視線、右からはフロイドの気まぐれで熱い体温が押し寄せる。
「あ…の……、二人とも、距離が近くないですか……?」
「そうですか? 僕はいつも通りですよ。それとも、僕に近づかれるのは嫌ですか?」
ジェイドの手が、膝の上に置かれた手の上にそっと重ねられる。手袋越しのはずなのに、なぜかその熱がじんわりと皮膚に染み込んでくるような錯覚を覚える。
「嫌、じゃないですけど……」
「なら、このままでいましょう。あなたの体温は、いつも心地よくて癖になります」
「あのさぁジェイド、抜け駆け禁止。オレも小エビちゃんに触る」
フロイドが反対側の手をとり自分の大きな手のひらで包み込む。
両側から挟み込まれるようにして自由を奪われていく。
薄暗いラウンジの空気はどこか本物の海の底のように重く、影を落としながら甘く沈み始めていた。
「二人とも本当にどうしたんですか? 今日はなんだか、いつもより……」
「いつもより、何ですか? ななしさん」
ジェイドの顔がさらに近づく。
細められた瞳の奥に怪しげな光が灯っている。
吐息が頬をかすめるたびに心臓の音がうるささを増していく。
「あ、その、すごく、近くて……」
「オレはさ、もっと近くてもいいんだけど。……小エビちゃんさぁ、いつもオレらのこと、ただの先輩としか思ってないでしょ」
フロイドの声がいつもより一段低い。耳元で囁かれるその声は鼓膜を震わせ、背筋に奇妙な痺れを走らせる。
「そんなこと、ないです。大切な…先輩です」
「大切な先輩、ですか。なるほど……それは光栄ですね。ですが僕たちが求めているのは、そんなありふれた肩書きではないのです」
ジェイドが重ねた手に少しだけ力を込める。
逃げ道を塞ぐようなその力強さに息が少しだけ苦しくなる。
それでも拒むことはできない。
「ジェイド先輩……?」
「そんな顔で見つめられると、僕も自制心が怪しくなってしまいます。あなたは本当に無防備で……困った人だ」
ジェイドの指先が今度は手首の細い部分へと移動する。
脈打つ場所に触れられ、ドクンと大きく跳ねる。
それを確かめるようにジェイドの口元が深く弧を描いた。
「あ、ジェイドずりぃ。オレもそこ触りたい。小エビちゃんのここ、すっごいドクドクいっててウケる。ねえオレのせい? それともジェイドのせい?」
フロイドが空いた方の手で顎を優しく上向かせる。
視線が完全に絡み合い、逃げる場所がどこにもなくなる。左右から挟む二人の体温がじわじわと、しかし確実にラウンジの温度を書き換えていく。
「どちらでしょうね。……まあ、僕としてはどちらでも構いません。この瞬間、あなたが僕たちの熱に浮かされているという事実だけで今は十分です」
ジェイドの言葉が水の音に溶けるようにして鼓膜に染み込んでいく。重い扉の向こうの喧騒から切り離された空間で、三人分の体温だけが異常なほどに熱を帯び始めていた。
「……っ、ん……フロイド、先輩、そこ、は……」
「どこ? ここ? 小エビちゃんさぁ、耳の後ろ触るとすっごいビクってすんのね。おもしろーい」
耳元で低く震える笑い声がダイレクトに鼓膜を揺らす。
フロイドの大きな指先が耳の輪郭をなぞり、そのまま髪の隙間に滑り込んで頭の後ろを固定する。逃げようのない強さ。しかしその大きな手のひらから伝わる圧倒的な体温が、冷えきっていたはずの思考をじわじわと溶かしていく。
「フロイド、あまりいじめてはいけませんよ。……ほら、息が荒くなっている。僕の冷たい手の方が今は心地よいのではありませんか?」
ジェイドの手袋を嵌めた指先が、今度は鎖骨のくぼみへと滑り落ちてくる。制服の生地を隔てているはずなのに、その指の形や動く軌道が素肌に直接触れられているかのように鮮明に伝わる。
じわりと皮膚の奥が痺れるような感覚。ジェイドの指が鎖骨をなぞるたびに、内側からせり上がるような熱が全身を駆け巡る。
「……ふ、ふたりとも、やめて、ください……」
「それは本心ですか? ななしさん。あなたの身体はこんなにも僕たちの手を求めているように思えますが」
「そうだよ小エビちゃん。口ではだめって言いながら、オレの服すっごい掴んでんじゃん。かわいー」
言われて初めて自分の指先がフロイドのネクタイを固く握りしめていることに気づく。突き放そうとしたのか、それとも縋ろうとしたのか、もう自分でも分からない。
ただ二人の放つ強烈な存在感と部屋に満ちる濃密な空気のせいで呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
「……んっ」
視界が熱でうるんでいく。
水槽の光が乱反射し、ジェイドの瞳とフロイドの瞳が交互に目の前に迫っては遠のく。頭の芯が痺れて自分の意志がどこか遠くへ押し流されていく。流されるままに二人の境界線へと沈んでいく感覚だけが、ひどく鮮明に生々しく脳裏に焼き付いていく。
「おや、その潤んだ瞳に映っているのは、僕ですか? それとも、フロイドですか?」
ジェイドの顔が唇が触れ合うほどの距離まで近づく。
奥の瞳はいつもと違って完全に捕食者のそれへと変わっている。その冷徹なまでの美しさに胸が締め付けられ、心臓が痛いほどの音を立てる。
「ジェイドばっかずりー。小エビちゃん、オレを見てよ。ほら、ちゃんとオレのこと見ないと噛みついちゃうよ?」
フロイドの低い声が首筋に突き刺さる。
言葉通り鋭い犬歯がうなじの柔らかい皮膚に軽く押し当てられ、その刺激に思わず背中が跳ねる。痛みの手前、強烈な快感に近い痺れが脊髄を走り声を上げる余裕さえ奪われる。
「ぁ……っ!」
「フロイド、マーキングは後になさい。彼女の初めての表情は、僕がいただく約束でしょう?」
「えー、そんな約束したっけ? 忘れた。早い者勝ちでいーじゃん」
二人の会話が頭上で行き交う。
そのどちらの言葉にも自分を拒む権利など最初から与えられていないのだと思い知らされる。ジェイドの長い指が今度は唇の端をそっと割り込み、湿った粘膜をなぞる。異物が侵入する感覚に息を詰まらせると、その隙を狙うようにフロイドの唇が反対側の頬から耳へと這い上がってきた。
「ん、……ぁ……ジェイド、先輩……フロ、イド先輩……」
どちらの名前を呼んでいるのか、それとも同時に救いを求めているのか。すでに自分の声さえも、水底の泡のように頼りなく消えていく。絡み合う視線、重なる肌の熱、衣服の擦れる微かな音。そのすべてが薄暗がりの狂気の中で、濃密なグラデーションとなって押し寄せる。
「いいですよ、もっと僕たちの名前を呼んでください。あなたがその声を漏らすたびに、この部屋の温度が上がっていくようだ」
「小エビちゃん、もう逃げらんないね。っていうか、逃げる気ないでしょ。オレらの中に挟まれてすっごい気持ちよさそうな顔してんじゃん」
フロイドの腕が今度は腰をしっかりと抱き寄せ、完全に二人の身体の間に閉じ込める。
左から押し寄せるジェイドの、どこまでも執拗で理知的な愛撫。
右から絡みつくフロイドの、気まぐれで、しかし圧倒的な熱量を持つ暴力的なまでの甘やかし。二つの異なる熱が身体の内側で一つに混ざり合っていく。
「あ、は……っ、ん、う……」
もう考えることは何もできない。
ただ目の前にある二つの深い海に、このまま際限なく溺れていくことしか許されていなかった。静まり返ったラウンジの奥で、三人分の重い吐息と微かな水音が、いつまでもいつまでも響き続けていた。
