ハーツラビュル
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オンボロ寮の自室。深夜の鏡に映る自分の顔を眺める。
左の耳には、すでに五つの銀色の粒。右には四つ。鈍い光を放つように食い込んでいる。それらはすべてこの学園に来てから、一つ、また一つと増えていった。
「痛いの、嫌いなんだけどな」
手元のピアッサーが、月光を反射して鋭く光る。
誰かに弱音を吐く代わりに、自分の一部に小さな風穴を開ける。
それが唯一、自分の形を保つための儀式だった。
迷いなく耳の縁に針を当て、指先に力を込める。
カチン、という無機質な音が静かな部屋に響いた。
「……っ」
突き抜けるような衝撃と、それに続く熱。
じわじわと脈打つ痛みが頭の中に澱んでいたモヤを一瞬で焼き切ってくれる。真っ白になった思考の中で、新しく刻まれた痛みの感覚だけを数える。重くなった耳たぶを指先でなぞると、まだ熱い液体がわずかに指先に付着した。
・
翌日。色とりどりの装飾と生徒たちの喧騒。
その中心で、いつものように軽やかな空気を纏った彼がいた。
「やっほー、ななしちゃん!今日もマジカメ映えしそうな顔してるね〜。あ、でもちょっとお疲れ気味?」
ケイト・ダイヤモンドは、スマートフォンの画面から顔を上げ、ひらひらと手を振る。その瞳は、瞬時に相手のコンディションをスキャンするように鋭く動く。
「ケイト先輩。……こんにちは。別に疲れてなんてないですよ」
「うそ。けーくんレーダーは誤魔化せないよ?ななしちゃん、嘘つく時ちょっとだけ眉間に力入るし」
ケイトはソファから立ち上がり隣に滑り込むと、ななしが髪で隠している耳元をじっと見つめた。
「……あれ。なんか、増えてない?」
「え……」
「ちょっと見せて。髪どけて?」
拒否する間もなく、ケイトの細い指がななしの耳元にかかった髪を掬い上げる。露わになったのは幾重にも連なる銀の装飾。
「うわぁ……。ねぇ、これ昨日開けたでしょ。ちょっと赤くなってる」
「……ちょっと、開けたくなっちゃって」
「ちょっと、ね。これでいくつめ? 1、2……え、10個?すごっ。ナイトレイブンカレッジのファッションリーダーもびっくりだよ」
ケイトの声は明るいが、その瞳には笑みがない。
彼は新しく開いた穴のすぐ隣にある古いピアスを指先でなぞる。
「痛くないの?こんなにたくさん」
「慣れました。……先輩だって、開いてるじゃないですか」
「オレのはオシャレ。ななしちゃんのは……なんていうか、もっと重たい音がするんだよね」
ケイトはななしの耳たぶを親指と人差し指で挟むようにして、ゆっくりと圧をかけた。
「……っ、」
「痛い?それとも、ほっとする?ななしちゃんってさ、自分のこと後回しにするタイプでしょ。でも身体は正直だよね。こうやって自分の場所に穴を開けないと、息ができなくなっちゃうんだ」
図星を突かれたような感覚に、喉の奥がキュッと締まる。
ケイトの指先は、まるで傷口の熱を吸い取っていくように冷たく、それでいて心臓に直接触れられているような錯覚を覚える。
「……先輩には、関係ないって言ったら怒りますか」
「怒らないよ〜。オレ優しいし? でも、悲しくはなるかな。お気に入りの後輩ちゃんが自分を傷つけてバランス取ってるのを見るのは」
ケイトはななしの顔を覗き込む。
至近距離で見つめ合う瞳。
ケイトの瞳は、いつもフィルターを通しているかのように美しく整えられているが、今はその奥にある生の感情が、じりじりと滲み出している。
「ねぇ、ななしちゃん。ピアス開けるの好き?」
「好き、なわけじゃ……」
「じゃあ、オレがもっと別の方法で頭の中真っ白にしてあげよっか。痛みよりもずっと濃いやつで」
ケイトの唇がななしの耳朶に触れる。
ピアスの感触と彼の唇の柔らかさが混ざり合う。
「……っ、ん……」
「ななしちゃん耳弱いんだ。へぇ、意外。いつもはあんなにしっかりしてるのに」
耳元で囁かれる声は脳髄を痺れさせるようにひどく甘い。
周りの騒音はいつの間にか遠い世界の出来事のように感じられた。
二人の間にある空気だけが、異常なほどの熱を孕んでいく。
「これ、もっと熱くしてあげようか。君が何も考えられなくなるまで」
ケイトの指が新しく開いたピアスのキャッチをゆっくりと意地悪く弄ぶ。鈍い痛みと背筋を駆け抜けるような甘い痺れ。ななしは彼のシャツの裾を無意識のうちに強く握りしめていた。
「……い、いいですよ。先輩が、そうしたいなら」
「それ、オレは本気にしちゃうからね?……逃げないでよななしちゃん」
ケイトの瞳が獲物を捕らえた肉食獣のように、深く暗く沈んだ。彼の手が耳たぶからゆっくりと頬へ、そして首筋へと滑り降りていく。
「場所変えよっか。ななしちゃん」
耳元で囁かれた低音に逆らえるはずもなかった。
ケイトに手首を引かれ辿り着いたのは無人の空き教室だった。夕暮れ時の赤い光が、埃の舞う室内を斜めに切り裂いている。扉が閉まり鍵がかけられる音が、やけに重く響いた。
「……ケイト先輩。ここ、掃除当番くらいしか来ませんよ」
「そうだね。ここなら、ななしちゃんの可愛い声、誰にも聞かれなくて安心だね」
ななしが言い返す前に背中を冷たい壁に押し付けられた。逃げ場を塞ぐように両手が壁に突かれ、ケイトの影がななしを覆い尽くす。
オレンジ色の夕光が彼の瞳を、いつもよりずっと濃く熱く染め上げている。
「ねぇ、見せて。さっきの続き」
ケイトの指が再び耳たぶの銀色に触れる。
今度は遠慮がない。
指先で新しく開いた穴の周りを、円を描くようにゆっくりと、そして執拗になぞった。
「っ……、」
「あは、やっぱり。ここ、まだ熱いね。脈打ってるのが指に伝わってくるよ。……ななしちゃん、今すっごく心臓うるさいけど、どっちの痛みでドキドキしてるの?」
「……わかり、ません」
「そっか〜。……じゃあ、このたくさん空いた穴、全部オレで埋めてもいい?」
ケイトは空いている方の手で、ななしの顎を強引に上向かせた。
視線が強制的に絡み合う。彼の瞳の奥にある底知れない執着のようなものが、じりじりと肌を焼く。
彼はそのままピアスが密集する耳元に顔を埋めた。
「ん…………っ、や、だ……」
「やだ、じゃないでしょ。身体はこんなに熱くなっちゃって」
薄い耳たぶが彼の唇に食まれる。
ピアスの金属が歯に当たる硬質で不快なはずの感触。それが彼の舌の柔らかさと混ざり合うことで、暴力的なまでの快楽に変わっていく。
新しく開けた穴に彼の呼気が直接吹きかかり、ズキズキとした疼きが神経を通って下腹部へと突き抜けた。
「ぁ、…………ケイト、先輩……っ」
「………ん? なあに?」
ケイトの舌先が銀色のスタッドの裏側に触れる。
逃げようと首を振っても彼は逃がさない。
むしろ楽しむように歯を立てて耳の縁を甘噛みした。痛みと熱で脳内がチカチカと点滅するような感覚に、ななしの膝がガクリと震える。
「あ…………っ」
「おっと、力入らなくなっちゃった?……オレに、もっともたれかかっていいよ。全部預けて」
腰を抱き寄せられ密着する身体。
彼の心音もまた、いつもの軽薄なペースを保てていないことが伝わってくる。ケイトの指が耳たぶから喉筋、そして鎖骨へと滑り落ちた。
制服の第一ボタンを、彼が長い指で器用に外していく。
「……だめ、です……これ以上……」
「だめじゃないでしょ、ななしちゃん。本当はもっと、壊してほしいんでしょ?……自分を傷つけるくらいなら、オレが壊してあげる。……優しく、ね?」
彼の唇が耳から首筋へと移動する。
吸い上げられるような感覚に思わず背中を反らせた。
痛みが快楽に溶け、感情が身体感覚に塗りつぶされていく。
溜め込んできた言葉も不安も、すべてがこの熱い沈黙の中に消えていく。
「……んっ、」
「……マジで、煽るの上手だね……ななしちゃん」
ケイトの声は、もはや余裕を失っていた。
潤んだ瞳で彼を見上げれば、そこにはフィルターを剥ぎ取った一人の男としてのケイト・ダイヤモンドがいた。
「ねぇ、もう一回聞くよ。……この痛み、誰につけてほしい?」
答えは最初から決まっていた。
ななしは震える手で彼の首筋に腕を回した。
「……それ、反則なんだけど」
ケイトの声は、もういつもの軽やかなトーンを完全に失っていた。低く湿り気を帯びた吐息が、ななしの鎖骨を熱く撫でる。
空き教室の空気は二人の体温で飽和し、夕闇とともにその密度をさらに増していた。
ケイトはななしの手首を掴むと、それを自分の首筋へと導く。
指先に触れる彼のドクドクと速い拍動。マジカメの画面越しでは決して伝わらない、生々しい生命力がそこにはあった。
「ななしちゃん、見て。オレもこんなに余裕ないの。……これ、全部君のせいだよ?」
「……わたしの、せい……っ」
「そうだよ。自分勝手に穴を開けて、一人で痛がって……。オレのこと、もっと頼ってよ。痛いのがいいなら、オレがもっと忘れられないやつを刻んであげるから」
ケイトの唇がななしの唇を塞いだ。
それは甘いという言葉では片付けられない、貪るような激しさを伴っていた。
口内に広がる彼の温度。
鼻腔をくすぐる少し乱れた彼の呼吸。
頭の芯がジンジンと痺れ、思考が真っ白な光の中に溶けていくのを感じる。
溜め込んできた感情も、言葉にできなかった不安も、今この瞬間の熱に焼かれて蒸発していく。ただ目の前の彼に触れられているという感覚だけが、唯一の現実だった。
「ん……、ふ……。ケイト、先輩……」
「……ねぇ、ここ。まだジンジンしてるんでしょ」
ケイトはキスを解くと、再びななしの耳元に指を這わせた。
新しく開けたピアスの周囲を、自分の唾液で濡らすようにゆっくりと弄ぶ。
「っ、あ……。いた、い……です……」
「だよね。……でも、ピアッサーの針よりは痛くないでしょ?」
ケイトはななしの右耳にあるピアスの数々を、ひとつひとつ確認するように唇で辿っていく。
古い傷跡も、新しい傷口も、彼はそのすべてを愛おしむように、あるいは呪縛をかけるように丁寧に、深く痕を残すように吸い上げた。
「……あ、っ……んん、……っ!」
「いい声。……もっと聞かせて。誰も知らない、オレだけが知ってるななしちゃんの声」
耳たぶから首筋、そして大きく開いた襟元へと、ケイトの愛撫は容赦なく降りていく。ななしは、自分の内側から溢れ出す熱に耐えきれず、彼の背中に爪を立てた。
痛みが欲しいと思っていたはずなのに、彼に触れられる快楽は、それよりもずっと深く鋭く心を抉っていく。
「ななしちゃん。……これからも、何かに耐えられなくなったらオレを呼んで。勝手に穴増やすのは禁止」
ケイトの瞳が、至近距離でななしを射抜く。
そこにあるのは、ただ一人の少女を自分だけのものにしたいと切望する、ひとりの男の剥き出しの執着だった。
「……はい」
「……っ、ほんと、そういうところ……。ずるいのはどっちだよ」
ケイトは苦笑気味に呟くと、ななしの身体を壊さないように、けれど決して逃がさないような力強さで抱きしめた。
ななしの耳に飾られた銀色の粒たちが、二人の体温を反射して、暗がりの中で静かに、けれど確かに光っていた。
耳たぶに残るジンジンとした疼きは、いつの間にか彼に愛された証のような甘い熱に変わっていた。
「……帰りたくない、なぁ。このまま、夜までずっとこうしてたい」
ケイトの囁きにななしは小さく頷き、彼の胸に顔を埋めた。
空き教室のカーテンが、夜の風に静かに揺れていた。
左の耳には、すでに五つの銀色の粒。右には四つ。鈍い光を放つように食い込んでいる。それらはすべてこの学園に来てから、一つ、また一つと増えていった。
「痛いの、嫌いなんだけどな」
手元のピアッサーが、月光を反射して鋭く光る。
誰かに弱音を吐く代わりに、自分の一部に小さな風穴を開ける。
それが唯一、自分の形を保つための儀式だった。
迷いなく耳の縁に針を当て、指先に力を込める。
カチン、という無機質な音が静かな部屋に響いた。
「……っ」
突き抜けるような衝撃と、それに続く熱。
じわじわと脈打つ痛みが頭の中に澱んでいたモヤを一瞬で焼き切ってくれる。真っ白になった思考の中で、新しく刻まれた痛みの感覚だけを数える。重くなった耳たぶを指先でなぞると、まだ熱い液体がわずかに指先に付着した。
・
翌日。色とりどりの装飾と生徒たちの喧騒。
その中心で、いつものように軽やかな空気を纏った彼がいた。
「やっほー、ななしちゃん!今日もマジカメ映えしそうな顔してるね〜。あ、でもちょっとお疲れ気味?」
ケイト・ダイヤモンドは、スマートフォンの画面から顔を上げ、ひらひらと手を振る。その瞳は、瞬時に相手のコンディションをスキャンするように鋭く動く。
「ケイト先輩。……こんにちは。別に疲れてなんてないですよ」
「うそ。けーくんレーダーは誤魔化せないよ?ななしちゃん、嘘つく時ちょっとだけ眉間に力入るし」
ケイトはソファから立ち上がり隣に滑り込むと、ななしが髪で隠している耳元をじっと見つめた。
「……あれ。なんか、増えてない?」
「え……」
「ちょっと見せて。髪どけて?」
拒否する間もなく、ケイトの細い指がななしの耳元にかかった髪を掬い上げる。露わになったのは幾重にも連なる銀の装飾。
「うわぁ……。ねぇ、これ昨日開けたでしょ。ちょっと赤くなってる」
「……ちょっと、開けたくなっちゃって」
「ちょっと、ね。これでいくつめ? 1、2……え、10個?すごっ。ナイトレイブンカレッジのファッションリーダーもびっくりだよ」
ケイトの声は明るいが、その瞳には笑みがない。
彼は新しく開いた穴のすぐ隣にある古いピアスを指先でなぞる。
「痛くないの?こんなにたくさん」
「慣れました。……先輩だって、開いてるじゃないですか」
「オレのはオシャレ。ななしちゃんのは……なんていうか、もっと重たい音がするんだよね」
ケイトはななしの耳たぶを親指と人差し指で挟むようにして、ゆっくりと圧をかけた。
「……っ、」
「痛い?それとも、ほっとする?ななしちゃんってさ、自分のこと後回しにするタイプでしょ。でも身体は正直だよね。こうやって自分の場所に穴を開けないと、息ができなくなっちゃうんだ」
図星を突かれたような感覚に、喉の奥がキュッと締まる。
ケイトの指先は、まるで傷口の熱を吸い取っていくように冷たく、それでいて心臓に直接触れられているような錯覚を覚える。
「……先輩には、関係ないって言ったら怒りますか」
「怒らないよ〜。オレ優しいし? でも、悲しくはなるかな。お気に入りの後輩ちゃんが自分を傷つけてバランス取ってるのを見るのは」
ケイトはななしの顔を覗き込む。
至近距離で見つめ合う瞳。
ケイトの瞳は、いつもフィルターを通しているかのように美しく整えられているが、今はその奥にある生の感情が、じりじりと滲み出している。
「ねぇ、ななしちゃん。ピアス開けるの好き?」
「好き、なわけじゃ……」
「じゃあ、オレがもっと別の方法で頭の中真っ白にしてあげよっか。痛みよりもずっと濃いやつで」
ケイトの唇がななしの耳朶に触れる。
ピアスの感触と彼の唇の柔らかさが混ざり合う。
「……っ、ん……」
「ななしちゃん耳弱いんだ。へぇ、意外。いつもはあんなにしっかりしてるのに」
耳元で囁かれる声は脳髄を痺れさせるようにひどく甘い。
周りの騒音はいつの間にか遠い世界の出来事のように感じられた。
二人の間にある空気だけが、異常なほどの熱を孕んでいく。
「これ、もっと熱くしてあげようか。君が何も考えられなくなるまで」
ケイトの指が新しく開いたピアスのキャッチをゆっくりと意地悪く弄ぶ。鈍い痛みと背筋を駆け抜けるような甘い痺れ。ななしは彼のシャツの裾を無意識のうちに強く握りしめていた。
「……い、いいですよ。先輩が、そうしたいなら」
「それ、オレは本気にしちゃうからね?……逃げないでよななしちゃん」
ケイトの瞳が獲物を捕らえた肉食獣のように、深く暗く沈んだ。彼の手が耳たぶからゆっくりと頬へ、そして首筋へと滑り降りていく。
「場所変えよっか。ななしちゃん」
耳元で囁かれた低音に逆らえるはずもなかった。
ケイトに手首を引かれ辿り着いたのは無人の空き教室だった。夕暮れ時の赤い光が、埃の舞う室内を斜めに切り裂いている。扉が閉まり鍵がかけられる音が、やけに重く響いた。
「……ケイト先輩。ここ、掃除当番くらいしか来ませんよ」
「そうだね。ここなら、ななしちゃんの可愛い声、誰にも聞かれなくて安心だね」
ななしが言い返す前に背中を冷たい壁に押し付けられた。逃げ場を塞ぐように両手が壁に突かれ、ケイトの影がななしを覆い尽くす。
オレンジ色の夕光が彼の瞳を、いつもよりずっと濃く熱く染め上げている。
「ねぇ、見せて。さっきの続き」
ケイトの指が再び耳たぶの銀色に触れる。
今度は遠慮がない。
指先で新しく開いた穴の周りを、円を描くようにゆっくりと、そして執拗になぞった。
「っ……、」
「あは、やっぱり。ここ、まだ熱いね。脈打ってるのが指に伝わってくるよ。……ななしちゃん、今すっごく心臓うるさいけど、どっちの痛みでドキドキしてるの?」
「……わかり、ません」
「そっか〜。……じゃあ、このたくさん空いた穴、全部オレで埋めてもいい?」
ケイトは空いている方の手で、ななしの顎を強引に上向かせた。
視線が強制的に絡み合う。彼の瞳の奥にある底知れない執着のようなものが、じりじりと肌を焼く。
彼はそのままピアスが密集する耳元に顔を埋めた。
「ん…………っ、や、だ……」
「やだ、じゃないでしょ。身体はこんなに熱くなっちゃって」
薄い耳たぶが彼の唇に食まれる。
ピアスの金属が歯に当たる硬質で不快なはずの感触。それが彼の舌の柔らかさと混ざり合うことで、暴力的なまでの快楽に変わっていく。
新しく開けた穴に彼の呼気が直接吹きかかり、ズキズキとした疼きが神経を通って下腹部へと突き抜けた。
「ぁ、…………ケイト、先輩……っ」
「………ん? なあに?」
ケイトの舌先が銀色のスタッドの裏側に触れる。
逃げようと首を振っても彼は逃がさない。
むしろ楽しむように歯を立てて耳の縁を甘噛みした。痛みと熱で脳内がチカチカと点滅するような感覚に、ななしの膝がガクリと震える。
「あ…………っ」
「おっと、力入らなくなっちゃった?……オレに、もっともたれかかっていいよ。全部預けて」
腰を抱き寄せられ密着する身体。
彼の心音もまた、いつもの軽薄なペースを保てていないことが伝わってくる。ケイトの指が耳たぶから喉筋、そして鎖骨へと滑り落ちた。
制服の第一ボタンを、彼が長い指で器用に外していく。
「……だめ、です……これ以上……」
「だめじゃないでしょ、ななしちゃん。本当はもっと、壊してほしいんでしょ?……自分を傷つけるくらいなら、オレが壊してあげる。……優しく、ね?」
彼の唇が耳から首筋へと移動する。
吸い上げられるような感覚に思わず背中を反らせた。
痛みが快楽に溶け、感情が身体感覚に塗りつぶされていく。
溜め込んできた言葉も不安も、すべてがこの熱い沈黙の中に消えていく。
「……んっ、」
「……マジで、煽るの上手だね……ななしちゃん」
ケイトの声は、もはや余裕を失っていた。
潤んだ瞳で彼を見上げれば、そこにはフィルターを剥ぎ取った一人の男としてのケイト・ダイヤモンドがいた。
「ねぇ、もう一回聞くよ。……この痛み、誰につけてほしい?」
答えは最初から決まっていた。
ななしは震える手で彼の首筋に腕を回した。
「……それ、反則なんだけど」
ケイトの声は、もういつもの軽やかなトーンを完全に失っていた。低く湿り気を帯びた吐息が、ななしの鎖骨を熱く撫でる。
空き教室の空気は二人の体温で飽和し、夕闇とともにその密度をさらに増していた。
ケイトはななしの手首を掴むと、それを自分の首筋へと導く。
指先に触れる彼のドクドクと速い拍動。マジカメの画面越しでは決して伝わらない、生々しい生命力がそこにはあった。
「ななしちゃん、見て。オレもこんなに余裕ないの。……これ、全部君のせいだよ?」
「……わたしの、せい……っ」
「そうだよ。自分勝手に穴を開けて、一人で痛がって……。オレのこと、もっと頼ってよ。痛いのがいいなら、オレがもっと忘れられないやつを刻んであげるから」
ケイトの唇がななしの唇を塞いだ。
それは甘いという言葉では片付けられない、貪るような激しさを伴っていた。
口内に広がる彼の温度。
鼻腔をくすぐる少し乱れた彼の呼吸。
頭の芯がジンジンと痺れ、思考が真っ白な光の中に溶けていくのを感じる。
溜め込んできた感情も、言葉にできなかった不安も、今この瞬間の熱に焼かれて蒸発していく。ただ目の前の彼に触れられているという感覚だけが、唯一の現実だった。
「ん……、ふ……。ケイト、先輩……」
「……ねぇ、ここ。まだジンジンしてるんでしょ」
ケイトはキスを解くと、再びななしの耳元に指を這わせた。
新しく開けたピアスの周囲を、自分の唾液で濡らすようにゆっくりと弄ぶ。
「っ、あ……。いた、い……です……」
「だよね。……でも、ピアッサーの針よりは痛くないでしょ?」
ケイトはななしの右耳にあるピアスの数々を、ひとつひとつ確認するように唇で辿っていく。
古い傷跡も、新しい傷口も、彼はそのすべてを愛おしむように、あるいは呪縛をかけるように丁寧に、深く痕を残すように吸い上げた。
「……あ、っ……んん、……っ!」
「いい声。……もっと聞かせて。誰も知らない、オレだけが知ってるななしちゃんの声」
耳たぶから首筋、そして大きく開いた襟元へと、ケイトの愛撫は容赦なく降りていく。ななしは、自分の内側から溢れ出す熱に耐えきれず、彼の背中に爪を立てた。
痛みが欲しいと思っていたはずなのに、彼に触れられる快楽は、それよりもずっと深く鋭く心を抉っていく。
「ななしちゃん。……これからも、何かに耐えられなくなったらオレを呼んで。勝手に穴増やすのは禁止」
ケイトの瞳が、至近距離でななしを射抜く。
そこにあるのは、ただ一人の少女を自分だけのものにしたいと切望する、ひとりの男の剥き出しの執着だった。
「……はい」
「……っ、ほんと、そういうところ……。ずるいのはどっちだよ」
ケイトは苦笑気味に呟くと、ななしの身体を壊さないように、けれど決して逃がさないような力強さで抱きしめた。
ななしの耳に飾られた銀色の粒たちが、二人の体温を反射して、暗がりの中で静かに、けれど確かに光っていた。
耳たぶに残るジンジンとした疼きは、いつの間にか彼に愛された証のような甘い熱に変わっていた。
「……帰りたくない、なぁ。このまま、夜までずっとこうしてたい」
ケイトの囁きにななしは小さく頷き、彼の胸に顔を埋めた。
空き教室のカーテンが、夜の風に静かに揺れていた。
