サバナクロー
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放課後の廊下。夕焼けが窓から差し込み、長い影が床に伸びる。
学園の喧騒は遠ざかり、どこか物憂げな空気が漂う時間帯。
レオナは壁に背を預け、気だるげにその人物を待っていた。
「あ、レオナさん。お疲れ様です」
ななしが、資料を抱えて角を曲がってくる。
レオナは半開きの瞳を彼女に向け、鼻先でふんわりと漂った彼女の匂いを吸い込んだ。石鹸の香りとほんの少しのインクの匂い。
「遅ぇぞ。いつまでそんな紙切れ運んでんだ」
「学園長に頼まれちゃって。レオナさんこそ、サボりですか?」
「……。チッ、お前を待ってたんだよ」
彼女の腕から重そうな束を奪い取ると、片手でひょいと持ち上げた。
当然のように隣を歩き出すレオナにななしは少し驚いたような顔を見せた後、すぐにいつもの少し寂しげな微笑を浮かべる。
「ありがとうございます。でも、もうすぐ寮に戻らないといけないので、ここで大丈夫ですよ」
「……おい」
レオナが足を止める。
不機嫌さを隠そうともしない低い声。
「今日の夜、俺の部屋に来い」
その言葉に、ななしの肩がびくりと跳ねた。
彼女の視線がレオナの足元に落ちる。
期待しているような、それでいて何かを諦めたような複雑な沈黙。
「……今日は、いけません。すみません」
「あ?」
レオナの眉間に皺が寄る。
自分からの誘いを、この草食動物が断ることは珍しい。
ましてや、最近の二人はそういう関係になっていたはずだ。
「なんだ、また厄介ごとに首突っ込んでのか?」
「いえ、そうじゃなくて……その、今日生理なんで」
ななしの声は小さかった。
レオナは一瞬、言葉の意味を咀嚼するように黙り込む。
「……生理?」
「はい。だから、レオナさんの期待には応えられないというか……お腹も少し痛いですし、今日はゆっくり寝ようかなって」
ななしは、なるべく明るく振る舞うようにそう言った。
しかし、その瞳には明らかな防衛の色がある。「役に立たないなら用はないですよね」とでも言いたげな、冷めた諦観。
レオナはその視線に、猛烈な違和感を覚えた。
「……期待って、なんだよ。お前、俺がそれ目的で呼んでると思ってんのか?」
「え……? 違うんですか?」
ななしが本気で不思議そうに首を傾げる。
その純粋な疑問がレオナの胸に冷や水を浴びせかけた。
「だってお互い、好きとか付き合おうとか……一度も言ってないじゃないですか……私、レオナさんの暇つぶしだと思ってましたから」
「…………は?」
レオナの喉から掠れた声が漏れる。
サバナクローの寮生なら誰もが震え上がるような低音。
しかしななしは怯えるよりも先に、どこか吹っ切れたような顔でレオナを見つめ返した。
「レオナさんが呼んでくれるのは嬉しいです。でも今日は無理なんです。ごめんなさい……あ、その資料、ありがとうございます。もうすぐラウンジなので返してください」
ななしはレオナの手から資料をひったくるように受け取ると、ぺこりと頭を下げて足早に去っていった。
レオナはその背中を追いかけることもできず、ただ立ち尽くす。
「……本気かよ」
沈む夕日がレオナの表情を真っ赤に染め上げる。
彼の中でバラバラだったパズルのピースが、最悪な形で組み合わさっていく感覚があった。
夜の暗闇に紛れ、自室で肉を食らうような獰猛な愛着。
肌を重ねる時の熱。
自分にとっては言わずもがなの独占欲。しかし彼女にとってそれは、ただの便利な相手としての徴でしかなかったのか。
レオナは自嘲気味に鼻を鳴らす。
「……ふざけんな。誰が暇つぶしで、あんな面倒なことするかよ」
夜風がサバナクローの乾いた土の匂いを運んでくる。
レオナの心に灯ったのは苛立ちとそれ以上に激しい所有欲の再定義だった。彼女が自分をどう思っていようと構わない。だが、その誤解を放置したまま、彼女を眠らせるつもりは毛頭なかった。
月が昇り学園が静まり返る頃。
オンボロ寮の使い古されたベッドで、ななしは丸まっていた。
下腹部の鈍い痛みが体温を奪っていくような感覚。
レオナの誘いを断った後の、あの冷え冷えとした空気。
嫌われただろうか。それとも、代わりの誰かを探しているだろうか。
そんなことを考えていた時、窓がガタガタと音を立てた。
「……っ、何!?」
飛び起きた彼女の視線の先。
窓枠に腰掛け月光を背負って部屋に侵入してきたのは、昼間別れたはずの男だった。
「よお。よく眠れてなさそうだな、お嬢さん」
「レオナさん……!? なんでここに、それにどうやって……」
「窓の鍵がバカになってんだよ。直せっつっただろ」
レオナは音もなく床に着地すると、驚くななしを無視してベッドへと近づく。その足取りはいつもの気怠げなものではなく、獲物を追い詰める肉食獣のそれだった。
「生理って言ったじゃないですか……。今日は、本当にできないですよ」
ななしが布団を握りしめ身を引く。
レオナはその様子を瞳を細めて見下ろした。
そして無造作に靴を脱ぎ捨て、彼女の隣に潜り込んできた。
「わっ……!? 何してるんですか!」
「うるせぇ。寝るんだよ」
レオナの大きな腕がななしの腰を引き寄せる。
背後から伝わってくる圧倒的な熱。
獣特有の重厚な体温が冷え切った彼女の身体を包み込む。
「レオナ、さん……?」
「お前、俺のことなんだと思ってんだ」
耳元で低く、熱を帯びた声が響く。
首筋に触れるレオナの吐息が、ななしの思考を白く塗りつぶしていく。じわりとした熱が二人の間に広がり始めた。
「カラダ目的じゃねぇのかって顔してたな、昼間」
レオナの手がななしのパジャマ越しに痛む腹部へとそっと置かれる。大きな掌の温度が、じんわりと皮膚に染み込んでいく。
「……だって、レオナさんは王子様で、私なんてただの居候みたいなもので。そんなの、遊びだと思うのが普通ですよ」
「普通、ねぇ……。俺の普通は、お前の普通とは違うらしい」
レオナは彼女のうなじに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
抱きしめる力が強くなる。
ななしは彼の心臓の鼓動が自分の背中に伝わってくるのを感じた。ドクンドクンと力強く速い。
「俺が、好きでもねぇ女を自分の縄張りに呼ぶと思うか?」
その言葉にななしの呼吸が止まる。
レオナの指先が彼女の髪をゆっくりと慈しむように梳いていく。
指の隙間にこぼれる髪、肌の触れ合う場所から溶け出していく境界線。
「お前は俺のもんだ。それ以外に何がある」
断定的な暴力的なまでの肯定。
ななしの目から不意に涙がこぼれ落ちた。
痛みのせいではなくずっと不安だった心が、その熱に耐えきれなくなったかのように。
「……レオナさん……」
「泣くな。余計腹に響くだろ」
そう言いながらもレオナは彼女を離さない。
むしろより深く、逃げ場を塞ぐように強く抱き寄せた。
毛布の中で混ざり合う二人の体温が、次第に濃密な熱を帯びていく。
生理の不快感すら、彼の圧倒的な存在感にかき消されていくようだった。
レオナの大きな掌から伝わる熱が、強張っていた下腹部の痛みをゆっくりと解きほぐしていく。それは彼がこれまで一度も口にしなかった、言葉以上の執着の証明だった。
「……身勝手です」
ななしは涙を拭うことも忘れて小さく零した。
レオナの腕の中で寝返りを打ち、その広い胸板に顔を埋める。自分を暇つぶしだと思い込もうとしていた、これまでの臆病な防衛本能が、彼の熱に溶かされていく。
「勝手なのはどっちだ。勝手に序列を決めて、勝手に諦めて……俺を欲情しか能のねぇ獣みたいに扱いやがって」
「……思ってません、そんなこと。ただ、怖かったんです。レオナさんが本当は私を見ていないんじゃないかって思うのが……」
「どうでもいい相手のために、わざわざそんな面倒なことするほど、俺はマメじゃねぇよ」
皮肉げに鼻を鳴らしながらもレオナは彼女の頬を親指でなぞり、涙の跡を拭った。その手つきは驚くほど優しく、けれど逃げることを許さない力強さに満ちている。
「いいか、よく聞け。……一度しか言わねぇぞ」
レオナが、彼女の耳たぶを甘噛みするように寄せる。
ななしの背中に昼間のそれとは違う痺れるような熱い震えが走った。
「……俺にこんな無駄足運ばせて、ここまでしてんのは、お前が好きだからに決まってんだろ」
「レオナ、さん……」
「お前の全部、俺が飼い慣らしてやる。その体調も、その不安も、全部だ。だから余計なこと考えてねぇで、さっさと寝ろ」
有無を言わさぬその言葉は呪縛のようでいて、この上なく甘い救いだった。
ななしは彼のシャツをぎゅっと握りしめ、目を閉じる。レオナの体温に守られているという絶対的な安心感に意識がまどろみ始めた。
「……おやすみなさい、レオナさん」
消え入るような声。
レオナは彼女が深い眠りに落ちたことをその呼吸の深さで察すると、ふっと小さく笑みをこぼした。
「ああ。……おやすみ」
レオナは、自分の胸元で安らかな寝息を立て始めた彼女の髪に、幾度も深く顔を寄せた。まるで壊れ物を慈しむように、彼女の耳たぶや頬に柔らかなキスを落としていく。
「……逃がしてやるわけねぇだろ。一生、俺の隣で鳴いてろ」
闇の中で光る瞳はこの上なく甘く、そして傲慢に細められた。
明日、彼女が目覚めた時に一番に見る景色が自分という檻であるように。
レオナは逃げ場を塞ぐように彼女をより深く抱き寄せ、夜の静寂さえも入り込めないほど濃密な熱の中に愛しい獲物を閉じ込めた。
学園の喧騒は遠ざかり、どこか物憂げな空気が漂う時間帯。
レオナは壁に背を預け、気だるげにその人物を待っていた。
「あ、レオナさん。お疲れ様です」
ななしが、資料を抱えて角を曲がってくる。
レオナは半開きの瞳を彼女に向け、鼻先でふんわりと漂った彼女の匂いを吸い込んだ。石鹸の香りとほんの少しのインクの匂い。
「遅ぇぞ。いつまでそんな紙切れ運んでんだ」
「学園長に頼まれちゃって。レオナさんこそ、サボりですか?」
「……。チッ、お前を待ってたんだよ」
彼女の腕から重そうな束を奪い取ると、片手でひょいと持ち上げた。
当然のように隣を歩き出すレオナにななしは少し驚いたような顔を見せた後、すぐにいつもの少し寂しげな微笑を浮かべる。
「ありがとうございます。でも、もうすぐ寮に戻らないといけないので、ここで大丈夫ですよ」
「……おい」
レオナが足を止める。
不機嫌さを隠そうともしない低い声。
「今日の夜、俺の部屋に来い」
その言葉に、ななしの肩がびくりと跳ねた。
彼女の視線がレオナの足元に落ちる。
期待しているような、それでいて何かを諦めたような複雑な沈黙。
「……今日は、いけません。すみません」
「あ?」
レオナの眉間に皺が寄る。
自分からの誘いを、この草食動物が断ることは珍しい。
ましてや、最近の二人はそういう関係になっていたはずだ。
「なんだ、また厄介ごとに首突っ込んでのか?」
「いえ、そうじゃなくて……その、今日生理なんで」
ななしの声は小さかった。
レオナは一瞬、言葉の意味を咀嚼するように黙り込む。
「……生理?」
「はい。だから、レオナさんの期待には応えられないというか……お腹も少し痛いですし、今日はゆっくり寝ようかなって」
ななしは、なるべく明るく振る舞うようにそう言った。
しかし、その瞳には明らかな防衛の色がある。「役に立たないなら用はないですよね」とでも言いたげな、冷めた諦観。
レオナはその視線に、猛烈な違和感を覚えた。
「……期待って、なんだよ。お前、俺がそれ目的で呼んでると思ってんのか?」
「え……? 違うんですか?」
ななしが本気で不思議そうに首を傾げる。
その純粋な疑問がレオナの胸に冷や水を浴びせかけた。
「だってお互い、好きとか付き合おうとか……一度も言ってないじゃないですか……私、レオナさんの暇つぶしだと思ってましたから」
「…………は?」
レオナの喉から掠れた声が漏れる。
サバナクローの寮生なら誰もが震え上がるような低音。
しかしななしは怯えるよりも先に、どこか吹っ切れたような顔でレオナを見つめ返した。
「レオナさんが呼んでくれるのは嬉しいです。でも今日は無理なんです。ごめんなさい……あ、その資料、ありがとうございます。もうすぐラウンジなので返してください」
ななしはレオナの手から資料をひったくるように受け取ると、ぺこりと頭を下げて足早に去っていった。
レオナはその背中を追いかけることもできず、ただ立ち尽くす。
「……本気かよ」
沈む夕日がレオナの表情を真っ赤に染め上げる。
彼の中でバラバラだったパズルのピースが、最悪な形で組み合わさっていく感覚があった。
夜の暗闇に紛れ、自室で肉を食らうような獰猛な愛着。
肌を重ねる時の熱。
自分にとっては言わずもがなの独占欲。しかし彼女にとってそれは、ただの便利な相手としての徴でしかなかったのか。
レオナは自嘲気味に鼻を鳴らす。
「……ふざけんな。誰が暇つぶしで、あんな面倒なことするかよ」
夜風がサバナクローの乾いた土の匂いを運んでくる。
レオナの心に灯ったのは苛立ちとそれ以上に激しい所有欲の再定義だった。彼女が自分をどう思っていようと構わない。だが、その誤解を放置したまま、彼女を眠らせるつもりは毛頭なかった。
月が昇り学園が静まり返る頃。
オンボロ寮の使い古されたベッドで、ななしは丸まっていた。
下腹部の鈍い痛みが体温を奪っていくような感覚。
レオナの誘いを断った後の、あの冷え冷えとした空気。
嫌われただろうか。それとも、代わりの誰かを探しているだろうか。
そんなことを考えていた時、窓がガタガタと音を立てた。
「……っ、何!?」
飛び起きた彼女の視線の先。
窓枠に腰掛け月光を背負って部屋に侵入してきたのは、昼間別れたはずの男だった。
「よお。よく眠れてなさそうだな、お嬢さん」
「レオナさん……!? なんでここに、それにどうやって……」
「窓の鍵がバカになってんだよ。直せっつっただろ」
レオナは音もなく床に着地すると、驚くななしを無視してベッドへと近づく。その足取りはいつもの気怠げなものではなく、獲物を追い詰める肉食獣のそれだった。
「生理って言ったじゃないですか……。今日は、本当にできないですよ」
ななしが布団を握りしめ身を引く。
レオナはその様子を瞳を細めて見下ろした。
そして無造作に靴を脱ぎ捨て、彼女の隣に潜り込んできた。
「わっ……!? 何してるんですか!」
「うるせぇ。寝るんだよ」
レオナの大きな腕がななしの腰を引き寄せる。
背後から伝わってくる圧倒的な熱。
獣特有の重厚な体温が冷え切った彼女の身体を包み込む。
「レオナ、さん……?」
「お前、俺のことなんだと思ってんだ」
耳元で低く、熱を帯びた声が響く。
首筋に触れるレオナの吐息が、ななしの思考を白く塗りつぶしていく。じわりとした熱が二人の間に広がり始めた。
「カラダ目的じゃねぇのかって顔してたな、昼間」
レオナの手がななしのパジャマ越しに痛む腹部へとそっと置かれる。大きな掌の温度が、じんわりと皮膚に染み込んでいく。
「……だって、レオナさんは王子様で、私なんてただの居候みたいなもので。そんなの、遊びだと思うのが普通ですよ」
「普通、ねぇ……。俺の普通は、お前の普通とは違うらしい」
レオナは彼女のうなじに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
抱きしめる力が強くなる。
ななしは彼の心臓の鼓動が自分の背中に伝わってくるのを感じた。ドクンドクンと力強く速い。
「俺が、好きでもねぇ女を自分の縄張りに呼ぶと思うか?」
その言葉にななしの呼吸が止まる。
レオナの指先が彼女の髪をゆっくりと慈しむように梳いていく。
指の隙間にこぼれる髪、肌の触れ合う場所から溶け出していく境界線。
「お前は俺のもんだ。それ以外に何がある」
断定的な暴力的なまでの肯定。
ななしの目から不意に涙がこぼれ落ちた。
痛みのせいではなくずっと不安だった心が、その熱に耐えきれなくなったかのように。
「……レオナさん……」
「泣くな。余計腹に響くだろ」
そう言いながらもレオナは彼女を離さない。
むしろより深く、逃げ場を塞ぐように強く抱き寄せた。
毛布の中で混ざり合う二人の体温が、次第に濃密な熱を帯びていく。
生理の不快感すら、彼の圧倒的な存在感にかき消されていくようだった。
レオナの大きな掌から伝わる熱が、強張っていた下腹部の痛みをゆっくりと解きほぐしていく。それは彼がこれまで一度も口にしなかった、言葉以上の執着の証明だった。
「……身勝手です」
ななしは涙を拭うことも忘れて小さく零した。
レオナの腕の中で寝返りを打ち、その広い胸板に顔を埋める。自分を暇つぶしだと思い込もうとしていた、これまでの臆病な防衛本能が、彼の熱に溶かされていく。
「勝手なのはどっちだ。勝手に序列を決めて、勝手に諦めて……俺を欲情しか能のねぇ獣みたいに扱いやがって」
「……思ってません、そんなこと。ただ、怖かったんです。レオナさんが本当は私を見ていないんじゃないかって思うのが……」
「どうでもいい相手のために、わざわざそんな面倒なことするほど、俺はマメじゃねぇよ」
皮肉げに鼻を鳴らしながらもレオナは彼女の頬を親指でなぞり、涙の跡を拭った。その手つきは驚くほど優しく、けれど逃げることを許さない力強さに満ちている。
「いいか、よく聞け。……一度しか言わねぇぞ」
レオナが、彼女の耳たぶを甘噛みするように寄せる。
ななしの背中に昼間のそれとは違う痺れるような熱い震えが走った。
「……俺にこんな無駄足運ばせて、ここまでしてんのは、お前が好きだからに決まってんだろ」
「レオナ、さん……」
「お前の全部、俺が飼い慣らしてやる。その体調も、その不安も、全部だ。だから余計なこと考えてねぇで、さっさと寝ろ」
有無を言わさぬその言葉は呪縛のようでいて、この上なく甘い救いだった。
ななしは彼のシャツをぎゅっと握りしめ、目を閉じる。レオナの体温に守られているという絶対的な安心感に意識がまどろみ始めた。
「……おやすみなさい、レオナさん」
消え入るような声。
レオナは彼女が深い眠りに落ちたことをその呼吸の深さで察すると、ふっと小さく笑みをこぼした。
「ああ。……おやすみ」
レオナは、自分の胸元で安らかな寝息を立て始めた彼女の髪に、幾度も深く顔を寄せた。まるで壊れ物を慈しむように、彼女の耳たぶや頬に柔らかなキスを落としていく。
「……逃がしてやるわけねぇだろ。一生、俺の隣で鳴いてろ」
闇の中で光る瞳はこの上なく甘く、そして傲慢に細められた。
明日、彼女が目覚めた時に一番に見る景色が自分という檻であるように。
レオナは逃げ場を塞ぐように彼女をより深く抱き寄せ、夜の静寂さえも入り込めないほど濃密な熱の中に愛しい獲物を閉じ込めた。
