サバナクロー
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「それ、まだ食べる感じッスか?」
膝の上に乗せたクッションに顎をあずけたまま、ラギーがこちらを見上げてくる。
丸めた背中の向こうで、尻尾の先だけがゆらりと揺れていた。
「これ、後で食べようと思って残しておいたやつです」
「それ、一口分と交換でいいことしません?」
「いいことって何ですか?」
「シシシ、秘密ッス。嫌ならいいけど?」
イタズラっぽく笑うラギーを見て、思わず頬が緩んだ。
テーブルの上の焼き菓子をひとつ手に取り、小さく割って口元へ運んであげた。
指先ごとくわえ込むような勢いに驚いて手を引きそうになると、手首をすんなり掴まれる。
「あ、逃げた」
「指まで食べられそうだったから、びっくりしたんです」
「食い意地張ってるからって、噛みちぎったりしないッスよ」
喉を鳴らして笑いながら、掴んだ手首をゆっくり引き寄せられる。
姿勢が崩れ、床に座っていた彼の胸元へとそのまま倒れ込んでしまった。
「うわ、っと……!」
「はい捕まえた。これで逃げられないッスね」
「最初からこうするつもりでした?」
「バレてた?」
すぐ近くから聞こえる声に、鼓動が少し早くなる。
体を起こそうとしたけれど、腰の後ろに滑り込んできた腕の力は想像以上に強くて動けない。
「さっき言ってたこと、今からしてあげる」
囁くような声が耳をかすめた直後、重ねられたのは柔らかくて軽い唇だった。
ちゅ、と小さな音がひとつ鳴る。
触れるか触れないかくらいの、あまりにもあっけない口づけだった。
「……え?」
「なに拍子抜けした顔してんの。これだけで終わるわけないじゃないッスか」
ラギーが、逃げ場のない距離まで顔を近づけてきた。
二度目の唇は、さっきよりも少し強めだった。
慌てず、値踏みするみたいにゆっくりと動く唇に、思わず吐息が漏れる。
「……っ、ラギー、先輩……」
「なに、まだ何もしてないッスよ」
「嘘、今ので十分――」
「シシシッ、じゃあもう少し頑張っちゃおうかな」
落ちてくる唇は、どこまでも甘くて丁寧だった。
何度も角度を変えながら啄むように触れ合わされていく。
時折、獣人特有の鋭い牙がツンと触れて、背筋が跳ねた。
「……痛かったッスか?」
「ううん……大丈夫、です」
「オレの歯、うっかり傷つけちゃいそうで心配なんスよね」
そう言いながらも、彼は嬉しそうに微笑んでいる。
自分から少しだけ顎を上げて、唇を重ねに行った。
すると、ラギーの身体が小さく強張るのが伝わってくる。
「……珍しいこともあるもんスね」
「嫌でした……?」
「嫌じゃないッス。めちゃくちゃ嬉しいッス」
腰を抱く手がぐっと力を帯びて、身体がさらに隙間なく密着した。
「んっ……、……」
今度の口づけは今までと明らかに違っていた。
触れるだけだったはずの唇が、少しずつ隙間を割って入ってくる。
熱い舌が滑り込んできた瞬間、余裕ぶっていたはずのこちらの膝から、力が抜けていった。
口内をゆっくりとなぞる動きに合わせて、指先まで力が入らなくなっていく。
息がうまくできなくて、胸元に置いた手にぎゅっと力を込めた。
服の布地を掴み締めると、彼が鼻で笑う気配がした。
「そんなに硬くなってたら、疲れるだけッスよ」
「だって……」
「だって?」
「……ラギー先輩が、いっぱいするから」
「シシシッ、それ煽ってんの分かってて言ってます?」
一度離された唇から、慌てて空気を吸い込む。
けれど呼吸を整える隙なんて与えてもらえず、すぐにまた深い口づけで塞がれた。
すれ違う舌と舌が絡み合うたび、小さな水音が部屋に響く。
「……ヤバいな、これ」
「ヤバい……?」
「■■■くんがこんなに可愛いの、ちょっと反則だなって」
唇が離れても、距離は数センチしか離れていない。
吐き出す吐息が互いの肌を撫でて、それだけで視線が定まらなくなる。
ラギーの指先が、わたしの頬を優しく撫で上げていく。
「ホント、すぐ顔赤くするんだから。見てて飽きないッス」
「だって……恥ずかしいです」
「今更? さっきまであんな縋りついてきてたくせに」
「そ、それは……」
「口ではそう言ってもさぁ、■■■くんの体は正直なんじゃない?」
ニヤニヤと笑いながら、彼の顔がまた少しずつ近づいてくる。
逃げようとしても、後ろの壁と彼の身体に挟まれてどこにも行けない。
「……っ、……」
三度目か、四度目か、もう回数なんて分からなくなっていた。
深い口づけが何度も繰り返されて、思考がまとまらないまま身体だけが彼を追いかけている。
唇を吸われるたびに、背中に鋭い痺れが駆け抜けた。
「……こんなに蕩けた顔、他の誰にも見せないでほしいんスけど」
「そんな顔、してませ……」
「してるッスよ。鏡で見せてあげたいくらい」
「……嫌です、恥ずかしい……」
「嫌って言いながら、オレの首に手回してんの誰ッスか?」
「……あ」
ハッと気づいて手を離そうとしたけれど、彼の手に押さえられ離すことができない。
首の後ろで手を組まされたまま、角度を変えながら何度も口づけが降ってきた。
「ん……っ、……!」
歯茎をなぞるような刺激に、思わず体が跳ねた。
コツンと、また彼の八重歯が下唇に当たる。
ほんの少しの痛みが、快感の輪郭をくっきりとさせた。
「痛いのと気持ちいいの、境目分かんなくなってきたッスか?」
「……っ、なんで分かるんですか」
「顔に出てるから。すげぇ可愛い顔してるッスよ」
少しだけ意地悪に微笑んだあと、今度は優しく髪を撫でてくれる。
その落差に、頭の芯がじんと痺れていく。
何度も重ねられる口づけは、熱を増すばかりで一向に終わる気配がない。
「ねえ、■■■くん」
「……なん、ですか……っ」
「今日、このあと予定とかある?」
「ないですけど……」
「よかった。じゃあ、まだまだ付き合ってもらうッスよ」
ラギーはそう囁くと、これまでで一番長い口づけを落としてきた。
体温と吐息と、かすかな牙の感触。
何も考えられないまま、身体だけが素直にそれを追いかけていた。