ハーツラビュル
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放課後の廊下。
西日に照らされた長い影が、石床に伸びている。ななしは、抱えた課題のプリントが視界を遮るのを直そうとして、危うく束を崩しそうになった。
「あ……」
「おっと。危ないぞ、ななし」
横から伸びてきた手が滑り落ちかけた紙の束をガシッと受け止める。
顔を上げると、そこには少しだけ眉を寄せ心配そうにこちらを覗き込むデュースの姿があった。
「デュース! ごめん、助かったよ」
「いや、いいんだ……これ、一人で運ぶには多すぎるだろ。僕が半分持つ」
「でも、デュースも雑誌とか持ってるし……」
「いいんだ。ほら、貸せ」
デュースは有無を言わさぬ手つきで、ななしの手から重い方の束を奪い取る。少しだけ指先が触れ、ななしはあわてて視線をプリントの山に落とした。
「……ありがとう。助かる」
「……あ、ああ……行くか」
二人は並んで歩き出す。
いつもは賑やかな学園も、この時間は遠くで運動部の声が聞こえるだけで廊下はひどく静かだ。隣を歩くデュースの足音だけがやけに大きく響く。
「あのさ、ななし」
「なに?」
「最近、少し根を詰めすぎじゃないか。さっきの授業でも、一瞬意識が飛んでただろ」
「えっ、見てたの?」
「……まあ、視界に入るからな」
デュースは視線を正面に向けたまま少しぶっきらぼうに答える。
「無理して倒れでもしたら、困る。……僕が、困るんだ」
「デュース……」
「僕が言うのも変だけど、頑張りすぎは良くない。お前には、いつもちゃんと笑っていてほしいし……」
そこで言葉が途切れデュースは急に黙り込む。
夕陽のせいか、それとも別の理由か、彼の耳元が赤くなっているのがわかった。
「……変なことを言った。忘れてくれ」
「変じゃないよ、うれしい。……デュースは優しいね」
「優しくなんてない。僕はただ、お前が……」
デュースは言葉を選び直すように一度口を噤む。
そして覚悟を決めたようにななしを見た。
「僕は、お前の力になりたいんだ。同級生としてだけじゃなくて……もっと、特別な……」
その言葉の響きにななしの心臓が大きく跳ねる。
元々恋愛には疎い自覚があったが、今のデュースの眼差しはあまりにも真っ直ぐで逸らすことができなかった。
「と、特別な……何?」
「それは……まだ、今は言えない。言えるほど、僕はまだ立派じゃないからな」
デュースは自嘲気味に笑い少しだけななしに歩み寄る。
二人の肩が歩くたびに触れ合う。
「でも、いつかちゃんと言う。だから、それまで他の奴にふらふら付いていくなよ……特に、エースとか」
「エース? そんなことしないよ」
「……な、ならいいんだ」
少しだけ不満げに口を尖らせるデュースを見てななしは思わず小さく吹き出した。彼が自分を独占したいと思っている。その事実が驚くほど自然に胸の中に温かい温度を運んできた。
「わ、笑うな! 僕は真剣だ」
「ごめん。でもデュースがそう言ってくれるなら、私も……他の誰かじゃなくて、デュースがいいな」
今度はデュースが足を止める番だった。
彼は目を見開き金縛りにあったようにななしを凝視する。
「……今、なんて言った?」
「え、あ、ええと……デュースと一緒にいるのが、一番落ち着くかなって……」
ななしが赤くなって視線を泳がせると、デュースは持っていたプリントを落としそうになりながら自分の顔を覆った。
「……お前、それは反則だろ……あー、もう! 格好つかないな」
デュースは溜息をつき隠していた顔を上げた。
その瞳は先ほどよりもずっと熱を帯びている。
「ななし。もう少しだけ、遠回りして帰らないか……まだ、お前と離れたくない」
「うん。私も、もう少し一緒にいたい」
夕暮れの廊下。
二人の影は長く伸び、鏡の間へと続く角を曲がるまでずっと寄り添うように重なっていた。どちらからともなく伸ばした手が触れるか触れないかの距離で揺れている。
「……その、手……繋いでも、いいか?」
「……えっ? でも二人とも両手いっぱいにプリント持ってるよ?」
ななしがもっともな指摘を口にすると、デュースはハッとしたように自分の手元を見つめ、それから石像のように固まった。
「あ……し、しまった。……そうだった」
格好よく誘ったつもりが、物理的な限界を完全に失念していた。デュースは顔を真っ赤にし視線を右往左往させる。
「す、すまん! 忘れてくれ! 僕は、その……、つい……」
「ふふ、いいよ。そんなに焦らなくても」
ななしが小さく笑うと、デュースはますます居心地が悪そうにプリントの束をぎゅっと抱え直した。
「……ねえ、このプリント届けたら繋ごう?」
「……! ああ、そうだな。それが一番確実だ……約束だぞ」
「うん、約束」
「よし、それなら急ぐぞ!」と、彼は足取りも軽く歩き出す。ななしを置いていかないように、何度も後ろを振り返っては速度を緩めるのを忘れない。
「……なあ、ななし」
「なに?」
「……あ、いや…その。ただ、さっさと用事を済ませような」
デュースはそう言って前を向いたが、その首筋は隠しきれないほど真っ赤に染まっている。「手を繋ぐ」という約束をしただけで、廊下の空気は先ほどよりもずっと甘くもどかしいものに変わっていた。
「あ、デュース、そんなに急いだらプリントが……」
「大丈夫だ。今の僕は、最高に効率よく歩ける気がする」
職員室までのあと数十メートル。今はまだ塞がっている二人の手。けれど空いた手のひらに残る予感が二人の足取りを少しだけ速くさせていた。
西日に照らされた長い影が、石床に伸びている。ななしは、抱えた課題のプリントが視界を遮るのを直そうとして、危うく束を崩しそうになった。
「あ……」
「おっと。危ないぞ、ななし」
横から伸びてきた手が滑り落ちかけた紙の束をガシッと受け止める。
顔を上げると、そこには少しだけ眉を寄せ心配そうにこちらを覗き込むデュースの姿があった。
「デュース! ごめん、助かったよ」
「いや、いいんだ……これ、一人で運ぶには多すぎるだろ。僕が半分持つ」
「でも、デュースも雑誌とか持ってるし……」
「いいんだ。ほら、貸せ」
デュースは有無を言わさぬ手つきで、ななしの手から重い方の束を奪い取る。少しだけ指先が触れ、ななしはあわてて視線をプリントの山に落とした。
「……ありがとう。助かる」
「……あ、ああ……行くか」
二人は並んで歩き出す。
いつもは賑やかな学園も、この時間は遠くで運動部の声が聞こえるだけで廊下はひどく静かだ。隣を歩くデュースの足音だけがやけに大きく響く。
「あのさ、ななし」
「なに?」
「最近、少し根を詰めすぎじゃないか。さっきの授業でも、一瞬意識が飛んでただろ」
「えっ、見てたの?」
「……まあ、視界に入るからな」
デュースは視線を正面に向けたまま少しぶっきらぼうに答える。
「無理して倒れでもしたら、困る。……僕が、困るんだ」
「デュース……」
「僕が言うのも変だけど、頑張りすぎは良くない。お前には、いつもちゃんと笑っていてほしいし……」
そこで言葉が途切れデュースは急に黙り込む。
夕陽のせいか、それとも別の理由か、彼の耳元が赤くなっているのがわかった。
「……変なことを言った。忘れてくれ」
「変じゃないよ、うれしい。……デュースは優しいね」
「優しくなんてない。僕はただ、お前が……」
デュースは言葉を選び直すように一度口を噤む。
そして覚悟を決めたようにななしを見た。
「僕は、お前の力になりたいんだ。同級生としてだけじゃなくて……もっと、特別な……」
その言葉の響きにななしの心臓が大きく跳ねる。
元々恋愛には疎い自覚があったが、今のデュースの眼差しはあまりにも真っ直ぐで逸らすことができなかった。
「と、特別な……何?」
「それは……まだ、今は言えない。言えるほど、僕はまだ立派じゃないからな」
デュースは自嘲気味に笑い少しだけななしに歩み寄る。
二人の肩が歩くたびに触れ合う。
「でも、いつかちゃんと言う。だから、それまで他の奴にふらふら付いていくなよ……特に、エースとか」
「エース? そんなことしないよ」
「……な、ならいいんだ」
少しだけ不満げに口を尖らせるデュースを見てななしは思わず小さく吹き出した。彼が自分を独占したいと思っている。その事実が驚くほど自然に胸の中に温かい温度を運んできた。
「わ、笑うな! 僕は真剣だ」
「ごめん。でもデュースがそう言ってくれるなら、私も……他の誰かじゃなくて、デュースがいいな」
今度はデュースが足を止める番だった。
彼は目を見開き金縛りにあったようにななしを凝視する。
「……今、なんて言った?」
「え、あ、ええと……デュースと一緒にいるのが、一番落ち着くかなって……」
ななしが赤くなって視線を泳がせると、デュースは持っていたプリントを落としそうになりながら自分の顔を覆った。
「……お前、それは反則だろ……あー、もう! 格好つかないな」
デュースは溜息をつき隠していた顔を上げた。
その瞳は先ほどよりもずっと熱を帯びている。
「ななし。もう少しだけ、遠回りして帰らないか……まだ、お前と離れたくない」
「うん。私も、もう少し一緒にいたい」
夕暮れの廊下。
二人の影は長く伸び、鏡の間へと続く角を曲がるまでずっと寄り添うように重なっていた。どちらからともなく伸ばした手が触れるか触れないかの距離で揺れている。
「……その、手……繋いでも、いいか?」
「……えっ? でも二人とも両手いっぱいにプリント持ってるよ?」
ななしがもっともな指摘を口にすると、デュースはハッとしたように自分の手元を見つめ、それから石像のように固まった。
「あ……し、しまった。……そうだった」
格好よく誘ったつもりが、物理的な限界を完全に失念していた。デュースは顔を真っ赤にし視線を右往左往させる。
「す、すまん! 忘れてくれ! 僕は、その……、つい……」
「ふふ、いいよ。そんなに焦らなくても」
ななしが小さく笑うと、デュースはますます居心地が悪そうにプリントの束をぎゅっと抱え直した。
「……ねえ、このプリント届けたら繋ごう?」
「……! ああ、そうだな。それが一番確実だ……約束だぞ」
「うん、約束」
「よし、それなら急ぐぞ!」と、彼は足取りも軽く歩き出す。ななしを置いていかないように、何度も後ろを振り返っては速度を緩めるのを忘れない。
「……なあ、ななし」
「なに?」
「……あ、いや…その。ただ、さっさと用事を済ませような」
デュースはそう言って前を向いたが、その首筋は隠しきれないほど真っ赤に染まっている。「手を繋ぐ」という約束をしただけで、廊下の空気は先ほどよりもずっと甘くもどかしいものに変わっていた。
「あ、デュース、そんなに急いだらプリントが……」
「大丈夫だ。今の僕は、最高に効率よく歩ける気がする」
職員室までのあと数十メートル。今はまだ塞がっている二人の手。けれど空いた手のひらに残る予感が二人の足取りを少しだけ速くさせていた。
