名前のない距離
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触れていた手の温度が残ったまま、二人で近くの公園まで歩いた。
昼過ぎの賑やかさから少し離れた園内は、木々の隙間からやわらかな木漏れ日が差し込んでいる。
通り沿いのベンチを見つけると、エースが「ちょっと座るか」と言って先に腰を下ろした。
「歩き疲れた?」
「ななしの方が疲れたんじゃないの」
「平気だよ。今日は歩きやすい靴履いてきたし」
「そ? ならいいけど」
エースは背もたれに深く体を預け、大きく息を吐き出した。
二人分並んでも少し余裕のある木製のベンチ。
それでも隣に座る彼の肩や膝の存在感が嫌でも意識に入ってくる。
先ほど人混みの中で手首を掴まれた感覚が、まだ残っているようだった。
エースはポケットに手を突っ込んだまま、空をぼんやりと見上げている。
「……ねえ、エース」
「ん?」
「今日は本当にありがとね。行きたいお店付き合ってもらっちゃって」
「だから別にいいって。オレも暇だったし」
「いつも暇って言うよね」
「まあ、事実だし」
「マグカップも買ってもらって、今日もいつの間にかお会計済ませてるし」
「そんくらい気にすんなって」
「でもさ……」
「そのうち奢ってもらうからいーのいーの」
エースはふっと鼻で笑うと、こちらへ顔を向けた。
近くで見る彼の瞳は相変わらず意地悪そうで、けれどどこか優しさを帯びているように見えた。
◇
風が吹き抜けて木の葉がカサカサと音を立てる。
言葉がなくても、不思議と居心地の悪さはなかった。
「……なぁ」
エースが不意に声を落とした。
「なに?」
「この後予定ある?」
「ううん。今日はこれだけだから、特に何もないよ」
「そっか……」
エースは一度視線を外すと、首の後ろを手で触りながら、何かを迷うように視線を泳がせた。
「じゃあさ、映画でも観てく?」
「え、映画?」
「なに、嫌なの?」
「嫌じゃないけど、急だなって思って」
「別に急でもねーだろ。まだ帰るには早いしさ」
「……うん。行きたい」
「よし、決まり」
エースは立ち上がると、ぽんぽんと自分の服の埃を払った。
先に歩き出す彼の背中を見つめながら、帰りたくない気持ちを隠すように小さく微笑んだ。
◇
チケット売り場で上映スケジュールを眺め、ちょうど十五分後に始まる話題のアクション映画を観ることに決めた。
ポップコーンとドリンクを買い、二人で薄暗いシアターの中へと入っていく。
座席は中列の端の方だった。
照明が落とされ、大きなスクリーンに予告映像が映し出される。
暗がりの中で、隣に座るエースの横顔がスクリーンからの光でうっすらと浮かび上がっていた。
肘掛けをどちらが使うでもなく、二人の中間に置かれたキャラメルポップコーンのサイズ感がやけに大きく感じる。
「お前、ポップコーン残すなよ?」
エースが耳元に顔を寄せて、低い声で囁いてきた。
「エースこそ、残さないでね」
「オレを誰だと思ってんの。これくらい余裕だし」
強がる彼の吐息がかすかに耳へ触れて、鼓動が早くなるのを誤魔化すようにスクリーンへと視線を戻した。
◇
本編が始まり、迫力のある音響と映像が劇場内に響き渡る。
途中で何度も同じポップコーンの箱の中に手を伸ばし、指先がかすかに触れそうになるたび、心臓が跳ね上がった。
エースは映画に集中しているフリをしているけれど、手が接触しかけるたびに、一瞬だけ身体を硬くさせているのが伝わってきた。
スクリーンを追っているはずなのに、隣の気配ばかりが妙に近く感じられた。
暗闇と爆音に守られた二時間。
スクリーンの光に照らされながら、二人とも何も言わずに隣の席へ座り続けていた。
昼過ぎの賑やかさから少し離れた園内は、木々の隙間からやわらかな木漏れ日が差し込んでいる。
通り沿いのベンチを見つけると、エースが「ちょっと座るか」と言って先に腰を下ろした。
「歩き疲れた?」
「ななしの方が疲れたんじゃないの」
「平気だよ。今日は歩きやすい靴履いてきたし」
「そ? ならいいけど」
エースは背もたれに深く体を預け、大きく息を吐き出した。
二人分並んでも少し余裕のある木製のベンチ。
それでも隣に座る彼の肩や膝の存在感が嫌でも意識に入ってくる。
先ほど人混みの中で手首を掴まれた感覚が、まだ残っているようだった。
エースはポケットに手を突っ込んだまま、空をぼんやりと見上げている。
「……ねえ、エース」
「ん?」
「今日は本当にありがとね。行きたいお店付き合ってもらっちゃって」
「だから別にいいって。オレも暇だったし」
「いつも暇って言うよね」
「まあ、事実だし」
「マグカップも買ってもらって、今日もいつの間にかお会計済ませてるし」
「そんくらい気にすんなって」
「でもさ……」
「そのうち奢ってもらうからいーのいーの」
エースはふっと鼻で笑うと、こちらへ顔を向けた。
近くで見る彼の瞳は相変わらず意地悪そうで、けれどどこか優しさを帯びているように見えた。
◇
風が吹き抜けて木の葉がカサカサと音を立てる。
言葉がなくても、不思議と居心地の悪さはなかった。
「……なぁ」
エースが不意に声を落とした。
「なに?」
「この後予定ある?」
「ううん。今日はこれだけだから、特に何もないよ」
「そっか……」
エースは一度視線を外すと、首の後ろを手で触りながら、何かを迷うように視線を泳がせた。
「じゃあさ、映画でも観てく?」
「え、映画?」
「なに、嫌なの?」
「嫌じゃないけど、急だなって思って」
「別に急でもねーだろ。まだ帰るには早いしさ」
「……うん。行きたい」
「よし、決まり」
エースは立ち上がると、ぽんぽんと自分の服の埃を払った。
先に歩き出す彼の背中を見つめながら、帰りたくない気持ちを隠すように小さく微笑んだ。
◇
チケット売り場で上映スケジュールを眺め、ちょうど十五分後に始まる話題のアクション映画を観ることに決めた。
ポップコーンとドリンクを買い、二人で薄暗いシアターの中へと入っていく。
座席は中列の端の方だった。
照明が落とされ、大きなスクリーンに予告映像が映し出される。
暗がりの中で、隣に座るエースの横顔がスクリーンからの光でうっすらと浮かび上がっていた。
肘掛けをどちらが使うでもなく、二人の中間に置かれたキャラメルポップコーンのサイズ感がやけに大きく感じる。
「お前、ポップコーン残すなよ?」
エースが耳元に顔を寄せて、低い声で囁いてきた。
「エースこそ、残さないでね」
「オレを誰だと思ってんの。これくらい余裕だし」
強がる彼の吐息がかすかに耳へ触れて、鼓動が早くなるのを誤魔化すようにスクリーンへと視線を戻した。
◇
本編が始まり、迫力のある音響と映像が劇場内に響き渡る。
途中で何度も同じポップコーンの箱の中に手を伸ばし、指先がかすかに触れそうになるたび、心臓が跳ね上がった。
エースは映画に集中しているフリをしているけれど、手が接触しかけるたびに、一瞬だけ身体を硬くさせているのが伝わってきた。
スクリーンを追っているはずなのに、隣の気配ばかりが妙に近く感じられた。
暗闇と爆音に守られた二時間。
スクリーンの光に照らされながら、二人とも何も言わずに隣の席へ座り続けていた。
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