名前のない距離
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アーケード街の中ほどにある雑貨と日用品を扱う店に入ると、落ち着いたBGMが流れ、ほのかなアロマの香りが漂っていた。
「で、結局何買うわけ?」
エースはカートも持たずに両手をポケットに突っ込み、あちこちの棚に興味なさそうに視線を走らせている。
「洗剤とかキッチンのスポンジ。あ、あとマグカップも見たいかも」
「地味だなー。わざわざ雨の日に買いに来る?」
「今日買っておかないと切らしちゃうの」
「はいはい。付き合いますよ」
口では軽口を叩きながらも、エースは素直に後ろをついてくる。
◇
日用品コーナーで目当ての洗剤を手にとりカゴに入れる。
エースは隣で商品の裏面を眺めたり、意味もなく柔軟剤のテスターの香りを嗅いだりしていた。
「なあ、これどんな香り?」
急にテスターの紙を鼻先に近づけられて、思わず少しのけぞる。
「うわ、びっくりした……甘い感じの香り?」
「ふーん。お前こういうの好きそう」
「そうかな。エースはどんなのが好きなの?」
「オレ? オレはもっとスッキリしたやつ」
「あー、っぽいかも」
「適当に返事してんだろ」
「そんなことないよ。似合いそう」
そう言うと、エースは手にしていたテスターを棚に戻し、少しだけ誇らしげに口角を上げた。
「まあね。オレにセンスがあるのは認める」
「調子に乗るのが早い」
◇
食器コーナーに移動すると色とりどりのマグカップが並んでいた。
「マグカップなんて、なんでもよくね?」
「毎日使うものなんだから、気に入ったのがいいじゃん」
棚に並んだカップをひとつずつ手にとって眺めていると、エースが横から手を伸ばし、ひとつのマグカップを手にとった。
「じゃあこれにすれば? お前っぽくないけど」
「じゃあなんで勧めるの」
「たまには違う感じのもいいじゃん」
手渡されたカップは、少し大きめで手にしっくりとなじむ。
「……あ、でも結構いいかも」
「だろ? オレの見立てに狂いはない」
エースは満足そうに頷くと、隣に並んでいた色違いの赤いマグカップを手にとった。
「じゃあオレ、これ買おっかな」
「えっ、エースも買うの?」
「別にいいだろ」
「わたしと色違いになっちゃうよ?」
「だから何? なんか問題あんの?」
エースは悪びれもせずにこちらを覗き込んできた。
そのまっすぐな視線に、胸の奥がキュッと締め付けられる。
「……別に、問題はないけど」
「ならいいじゃん、おそろい」
『おそろい』という言葉が、不意に耳に届いて顔が熱くなるのを感じた。
エースはそれに気づかないフリをして、赤いカップをそのままカゴにポンと入れた。
「会計、まとめて払っとくから」
レジに向かいながら、エースが当たり前のように言った。
「え、ダメだよ。自分の分は自分で払う」
「いいって」
「でも……」
「お茶奢ってもらう代わりにこれ買ってやるよ」
レジの前で押し問答をするのも恥ずかしくて、結局エースに言われるまま会計を任せることになってしまった。
店を出ると相変わらず雨は降り続いていたけれど、さっきよりも少しだけ空気が柔らかくなったように感じられた。
手提げ袋の中で、ふたつのマグカップがカチリと小さな音を立てて触れ合っていた。
「で、結局何買うわけ?」
エースはカートも持たずに両手をポケットに突っ込み、あちこちの棚に興味なさそうに視線を走らせている。
「洗剤とかキッチンのスポンジ。あ、あとマグカップも見たいかも」
「地味だなー。わざわざ雨の日に買いに来る?」
「今日買っておかないと切らしちゃうの」
「はいはい。付き合いますよ」
口では軽口を叩きながらも、エースは素直に後ろをついてくる。
◇
日用品コーナーで目当ての洗剤を手にとりカゴに入れる。
エースは隣で商品の裏面を眺めたり、意味もなく柔軟剤のテスターの香りを嗅いだりしていた。
「なあ、これどんな香り?」
急にテスターの紙を鼻先に近づけられて、思わず少しのけぞる。
「うわ、びっくりした……甘い感じの香り?」
「ふーん。お前こういうの好きそう」
「そうかな。エースはどんなのが好きなの?」
「オレ? オレはもっとスッキリしたやつ」
「あー、っぽいかも」
「適当に返事してんだろ」
「そんなことないよ。似合いそう」
そう言うと、エースは手にしていたテスターを棚に戻し、少しだけ誇らしげに口角を上げた。
「まあね。オレにセンスがあるのは認める」
「調子に乗るのが早い」
◇
食器コーナーに移動すると色とりどりのマグカップが並んでいた。
「マグカップなんて、なんでもよくね?」
「毎日使うものなんだから、気に入ったのがいいじゃん」
棚に並んだカップをひとつずつ手にとって眺めていると、エースが横から手を伸ばし、ひとつのマグカップを手にとった。
「じゃあこれにすれば? お前っぽくないけど」
「じゃあなんで勧めるの」
「たまには違う感じのもいいじゃん」
手渡されたカップは、少し大きめで手にしっくりとなじむ。
「……あ、でも結構いいかも」
「だろ? オレの見立てに狂いはない」
エースは満足そうに頷くと、隣に並んでいた色違いの赤いマグカップを手にとった。
「じゃあオレ、これ買おっかな」
「えっ、エースも買うの?」
「別にいいだろ」
「わたしと色違いになっちゃうよ?」
「だから何? なんか問題あんの?」
エースは悪びれもせずにこちらを覗き込んできた。
そのまっすぐな視線に、胸の奥がキュッと締め付けられる。
「……別に、問題はないけど」
「ならいいじゃん、おそろい」
『おそろい』という言葉が、不意に耳に届いて顔が熱くなるのを感じた。
エースはそれに気づかないフリをして、赤いカップをそのままカゴにポンと入れた。
「会計、まとめて払っとくから」
レジに向かいながら、エースが当たり前のように言った。
「え、ダメだよ。自分の分は自分で払う」
「いいって」
「でも……」
「お茶奢ってもらう代わりにこれ買ってやるよ」
レジの前で押し問答をするのも恥ずかしくて、結局エースに言われるまま会計を任せることになってしまった。
店を出ると相変わらず雨は降り続いていたけれど、さっきよりも少しだけ空気が柔らかくなったように感じられた。
手提げ袋の中で、ふたつのマグカップがカチリと小さな音を立てて触れ合っていた。
