名前のない距離
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公園をあとにし、すっかり陽が落ちた沿道を二人で下りていく。
さっきベンチで重ねられた手は、どちらからともなく指を絡め合う形に変わり、離れることなく繋がれたままだった。
街灯がぽつぽつと灯り始めた夜の道。
繋いだ手のひらから伝わる熱だけが、やけに鮮明に存在感を主張している。
「……ねえ、エース」
「なに?」
「手、繋いだままだね」
前を向いたまま言ってみると、エースの手が一瞬だけギュッと力んだ。
「……イヤ?」
「そうは言ってないでしょ」
「ならいいじゃん」
エースはぶっきらぼうに吐き捨てたけれど、その横顔は街灯の光に照らされて、うっすらと赤くなっているのが分かった。
◇
波の音が小さく聞こえる夜の海岸沿いに差し掛かると、エースがふと足を止めた。
周囲には人影もなく、暗い海と波の音だけが広がっている。
「……お前さ」
エースが前を向いたまま、ぽつりと口を開いた。
「さっき『今までだってそうだった』とか言ったじゃん」
「……うん」
「オレがどんな気持ちで誘ってたか、分かってて言ってんの?」
エースがふいにこちらを向く。
まっすぐ見つめてくる瞳には、昼間の軽やかさは一切ない。
「お前といると楽しいけど、同時にただの友達でいるのがどんどんキツくなってる」
「……それって」
夜の潮風が二人の間を吹き抜ける。
エースは繋いでいない方の手を伸ばし、私の頬に軽く触れた。
彼の親指が、私の肌をそっとなぞる。
「……お前はさ、どう思ってたわけ?」
「え?」
「オレとこうやって会うの、なんとも思ってない?」
「私は……」
「学生の頃の延長?」
尋ねる声は少しだけ低く、どこか探るような緊張感が混ざっていた。
ずっと余裕ぶっていた彼が、私の一言で揺らぐのを感じて、胸の奥がキュッと締め付けられる。
「都合良くなんて思ってないよ」
「じゃあ、どう思ってんの」
「……会いたかったからに決まってるじゃん」
言葉にすると、急に照れくささが押し寄せてくる。
でも、エースの瞳から目を逸らさずに続けた。
「エースのことが好きじゃなきゃ、そんなのしない」
波の音だけが響く暗がりの中で、エースが固まった。
数秒の静寂の後、彼はガシガシと自分の頭を掻きむしり、大きなため息をついた。
「……はぁ。マジでさぁ……」
「……なに?」
「それってどういう意味の好きなわけ?」
エースは低く呟くと、繋いでいた手をグッと引き寄せてきた。
勢いよく縮まった距離。
彼の体温と、胸の鼓動が伝わってくる。
「……全部言わなきゃわかんない?」
「……違う、聞きたい」
「エースのそういうところ、ズルいよね」
「よく分かってんじゃん」
誤魔化すように笑ってみせると、エースはふっと視線を海の方へ逃がし、急かすことなく次の言葉を待っていた。
静けさに促されるように、私は小さく息を吸う。
「私、こっちに知り合い少ないし、頼ってたところもあると思う」
「……」
「でも今は違う。会ってない時も、気づいたらエースのこと考えてる」
「……それ、オレも」
予想外の返しに、思わずエースの顔を見上げる。
「……今、それ言うの反則じゃない?」
「そっちが先に言ったんじゃん」
「それは、……そうだけど」
「……今の、絶対に撤回すんなよ」
「撤回なんてしないよ」
「……よし。じゃあもう遠慮しねーから」
エースは耳の先を赤くしたまま、それでも余裕ぶった顔で口角を上げると、繋いだ手を逃がさないように強く握り、軽くおでこを小突いてくる。
「……ただの友達は、今日で終わりな」
繋いだ手はさっきよりずっと強く、そして離れなかった。
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