お誕生日おめでとう
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放課後の中庭を渡る風には、どこか夏の残り香と秋の冷たさが混ざり合っていた。
中庭のベンチに腰を下ろし、鞄から取り出した読みかけの本を開いたものの、聞こえる賑やかな声に視線を上げる。
廊下の柱に身をもたれかけ、こちらをじっと見ていたのは、見慣れた顔だった。
「■■■、今日ヒマ?」
声の主は、いつものように余裕たっぷりに片方の口角だけを上げていた。
「ヒマだけど……」
「じゃあさ、デートしてよ」
投げかけられた一言に、ページを持つ手が止まる。
そのまま固まって、相手の顔を見返した。
「なんて?」
「二回も言わせんなよ、デートしよ」
「いや、その」
「なんだよー、イヤなの?」
片方の眉を少しだけ上げて、覗き込んでくる顔がやけに近い。
「そういうわけじゃ……」
「だったらなんだよ」
口調とは裏腹に、その瞳にはどこか面白がるような色が浮かんでいた。
胸の奥が少しだけ騒がしくなるのを覚えながら、視線をあちこちに彷徨わせる。
「だって今日、エースの誕生日でしょ?」
「そうだけど?」
「寮の人たちとパーティーとかあるんじゃ……」
「あー、まあそうなんだけどさ」
エースは気にした様子もなく肩をすくめると、こちらの隣のスペースへ腰を下ろした。
膝同士が触れそうになって、思わず身を引こうとしたが、それより早く袖の端をつままれる。
「それよりオレ、まだお前から誕生日プレゼントもらってないんだけど」
「……ごめん、今月金欠で」
「だったらさ、お前の時間オレにちょうだい」
強引な言葉とは裏腹に、袖を引っ張る力は驚くほど優しかった。
断る口実を探そうとしたけれど、真っ直ぐに向けられる視線を前にすると、言葉が喉の奥でつかえてしまう。
結局、溜め息をひとつ吐き出して本を鞄にしまい込んだ。
「……デートって何するの?」
鞄を閉めながら尋ねると、エースはつまんでいた袖を引いたまま、どこか満足げに目を細めた。
「まあ夕方には寮に戻んなきゃなんねーから、ちょっとそこら辺ぶらつく程度だけどさ」
「プレゼント、それでいいの?」
「いいのいいの、ほら」
促されるまま立ち上がると、エースは握っていた袖口を滑らせ、手のひらを重ねてきた。
指と指が触れ合う近さに跳ね上がった心臓を隠すように、そっと視線を落とす。
握り返すことも解くこともできず固まっていると、エースは気付かないフリをして歩き出した。
学園敷地内の通路には、部活に向かう生徒や喋りながら下校する生徒たちの賑やかな声が響いている。
◇
校舎の裏手にある誰もいないベンチで、二人並んで腰を下ろす。
放課後の短い時間、ただ並んで缶ジュースを分け合うだけの時間が流れていた。
「パーティーって何時からなの?」
「七時から。時間ぴったりに始まらないと寮長に怒られるんだよね」
「準備とか大丈夫なの?」
「あのさ、オレ主役よ?」
「そうだった」
「それに、今はこうしてお前と二人でいたいし」
さらりと告げられた言葉に、缶を持つ手に力が入る。
横目で隣を見ると、エースはジュースを一口飲んで少しだけ照れくさそうに視線を泳がせていた。
「……今日、いろんな人にお祝いされた?」
「まあね。プレゼントもそれなりにもらったけど」
「そっか……、何も用意できなくてごめん」
「いいって、別に」
エースはこちらを振り向き、覗き込むように顔を近づけてくる。
息が触れそうな距離に、耳の奥までじわりと熱くなった。
いつもの軽口とは違う真面目な眼差しに、思わず息を止める。
「ねえ、こんなんでプレゼントになってる?」
「お前を独り占めできたんだから、十分すぎるくらい」
そう言って、エースはこちらの頬に軽く触れてきた。
指先から伝わる体温に、思わず体が強張る。
それを見たエースが、満足そうに笑った。
「でも、やっぱり申し訳ないからプレゼントもうちょっと待ってね」
「じゃあ期待してる」
「来年になったらごめんね」
「へえ、来年も一緒にいてくれる気なんだ?」
すっとさらに距離を詰められ、耳元で低く囁かれる。
しまったと口を押さえたけれど、もう遅い。
「いや、それは……」
「■■■、来年の今日も予約完了」
「勝手に決めないでよ」
「断る権限はありませーん」
笑いながら、エースは繋いだ手に少しだけ力を込めて握り直してきた。
引き留めるようなその力強さに、胸がキュッと締め付けられる。
「じゃ、オレそろそろ寮戻るわ」
「主役が遅刻したらまずいもんね」
「首はねられたらカッコつかないしな」
寮へと続く鏡の間の前で、エースは立ち止まって振り返った。
「パーティー楽しんできてね」
「サンキュ」
「誕生日おめでとう、エース」
「……なぁ、最後にもう一個だけワガママ」
「え?」
ぐいっと腕を引かれ、抱きすくめられるような至近距離に引き寄せられた。
驚いて目を見開いた直後、チュッと小さな音を立てて柔らかい感触が頬にそっと触れる。
「来年までなんて待てるわけねーじゃん」
返事を挟む隙も与えずエースは微笑むと、ひらひらと手を振って鏡の中へと消えていった。
熱を持った頬を、両手でそっと覆う。
彼の体温と唇の余韻だけが、いつまでもそこに留まっていた。
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