お誕生日おめでとう
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「ラギー先輩、ちょっと待ってください」
「んー? なんスか。これからバイト入ってるんスけど」
「そんなに時間はとらせません。これ、受け取ってください」
「何これ。……え、マジ?」
「はい! 誕生日おめでとうございます」
「早速、開けていい?」
「もちろんです。気に入ってもらえるといいんですけど」
「じゃ、遠慮なく。ってこれ、購買でいつも売り切れてるやつじゃん」
「ラギー先輩が前に話してたの思い出して」
「シシシッ、よく覚えてるッスね」
「いつもお世話になってますし」
「オレとしては、いつも■■■くんをからかいに行ってるだけのつもりだったんだけど」
「でも本当にお世話になってますから」
「……ふーん。そっか。そういうこと言うんスね」
「何かおかしいですか?」
「別に? ただ、ちょっと意外だっただけ」
「せっかくの誕生日ですし、先輩を怒らせたくないですから」
「怒るわけないでしょ。むしろ、めちゃくちゃ機嫌いいッスよ」
「なら良かったです。バイトの時間、大丈夫ですか?」
「あ。やべ、話し込んでたら良い時間になってんじゃん。じゃ、ありがとね、■■■くん」
「はい。頑張ってください」
「……あ、待って。やっぱりこれ、今ここで一口だけ食べちゃお」
「えっ、今ですか? 急いでるんじゃ」
「バイトの前にエネルギー補給しとかないと。半分こにしよ」
「え、わたしもですか?」
「はい、口開けて」
「ん……。あ、美味しいです」
「でしょ? オレの目に狂いはないんスよ」
「そろそろ本当に遅刻しちゃいますよ」
「……ねえ、■■■くん」
「はい?」
「今日の夜、またそっち行っていい?」
「オンボロ寮にですか?」
「そう。まだ、話し足りないしさ。誕生日、まだ終わってないでしょ?」
「……はい。待ってますね」
「うん、約束。じゃ、また後でね」
◇
パチパチと暖炉の薪が燃える音だけが静かな部屋に響いている。
「ラギー先輩、お疲れ様です」
「うー、疲れた。今日のバイト、いつもの倍くらい忙しくてマジで死ぬかと思ったッス」
ソファの背もたれに深く体を預け、ラギーは大きく息を吐き出した。
「大変でしたね。あ…ごめんなさい、少しだけ声のボリューム落としてもらえますか?」
「ん? あぁ、グリムくん?」
「はい。さっきまで騒いでいたんですけど、急に静かになったと思ったら、ソファの隅で丸くなって寝ちゃって」
「シシシッ、ほんとだ熟睡してる」
「起こしちゃうと可哀想なんで」
「そっか。じゃ、ちょっとこっち来て」
「え、なんですか?」
「いいから、ほら。そんな遠くに座ってないで、隣」
ラギーに促されて、■■■は少しだけ距離を詰める。
「……このくらいですか?」
「もっと近く。声、大きく出せないんでしょ?」
「……っ、これで、どうですか」
「■■■くん、緊張してないッスか?」
「そんなこと……ないです」
「オレが隣に座っただけでそんなに身構えなくてもいいじゃん」
「だって、急に距離が近くなるから」
「そうしないと声が届かないでしょ。……ほら、バイト先で余ったやつ貰ってきたから一緒に食べよ」
「あ、お昼に言っていたドーナツですか?」
ラギーは自分の分のドーナツを口に放り込み、咀嚼しながら■■■の顔を覗き込んだ。
「そう。はい、あーんして」
「またですか? 自分で食べられます」
「オレ、今日は甘えたい気分なんスよね。誕生日だし」
ラギーの視線に圧され、観念して■■■は口を開く。
「……ん。……美味しいです」
「でしょ? あ、口の端についてるッスよ」
「えっ、どこですか?」
「ここ。……ん、とれた」
唇の端にラギーの親指の腹が優しく触れた。
そのまま彼が指先を自分の唇へと運ぶのを見て、■■■は小さく息を呑んだ。
「な、何するんですか……っ」
「何って、取ってあげただけ」
「先輩、それ反則です」
「■■■くんの顔、火が点いたみたいに真っ赤」
「……暖炉の光が当たっているからですよ」
「へえ、そういうことにしといてあげるッス。……ねえ、もうちょっと近く寄っていい?」
悪戯っぽく笑うラギーの顔が、さらに一歩、■■■の領域へと踏み込んでくる。
「これ以上ですか?」
「なんだか、夜になると昼間より欲張りになっちゃうみたいッス」
「ラギー、先輩……」
暖炉の燃える音が急に遠く感じられるほど、互いの距離が急速に縮まっていった。
「……本当、真っ赤。暖炉のせいにできないくらい耳まで染まってるッスね」
至近距離から注がれる視線の熱に耐えかねて、■■■は思わず俯いた。
「……、からかわないでください」
「からかってないって。オレ、今めちゃくちゃ真面目なんスけど」
「え……っ、あ」
拒む間もなく膝の上に置いていた■■■の手が、ラギーの大きな掌に包み込まれる。
「■■■くんの手、オレより小さくて、なんか落ち着くんスよね」
「ラギー先輩の手、あったかいです」
「……心臓の音まで、こっちに響いてきそう」
繋がれた手からじわじわと体温が溶け出していくようで、室内の空気は一層甘さを帯びていく。
「それは……」
「それは?」
「……なんでも、ないです」
「気になるじゃん、言いかけてやめるの」
顎に指先を添えられ、■■■はゆっくりと顔を上げさせられた。
「……見、てます」
「よく見えない。もっと近く。……そう、そのくらい」
お互いの吐息が完全に重なる距離。
ラギーの唇がすぐそこまで迫っていた。
「先輩、息が、……」
「ねえ、目瞑らないで」
「だって、恥ずかしい、です」
「今日のオレ、誕生日なんだからさ……わがまま、全部聞いてくれるって言ったじゃないッスか」
「そんなこと、言ってない、です……っ」
「言わせなかっただけ」
囁きを最後に柔らかな感触が二人の唇を繋いだ。
「……ん」
深く重なるたびに狭い部屋の中に甘いリップ音が小さく溶けていく。
「静かにしないと、グリムくん起きちゃうよ?」
「……っ、ん、む……」
声を抑えようと、■■■がラギーのシャツの胸元を強く掴むと、彼は嬉しそうに喉を鳴らした。
「シシッ、…可愛すぎて、もう止めらんないッス」
「ラギー、せんぱ、……ん、……っ」
さらに深く貪るような口づけに二人の境界が曖昧になっていく。お互いの存在だけを確かめ合うように密に肌を寄せ合った。
「息、忘れてたでしょ。顔すっごい熱い」
「……いじわる、ばっかり」
「好きだから、こうしたいの」
「……っ」
「ねえ、もう一回していい?」
潤んだ瞳でじっと見つめられ、■■■に拒む言葉などあるはずもなかった。
「……誕生日おめでとうございます」
「最高の誕生日ッス」
再び重なる二人の影を暖炉の柔らかな光が優しく照らし続けていた。
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