短編
朝、少し寝坊をして。池の淵に立って光を食べるが、上手く出来ずに濁るような思いがした。水面には憂鬱な顔をした自分が映り込んでいて、忍び寄ってくる危機感から逃れる術はなかった。何度覗き込んだって、俺の姿が変わることはない。胸に穴の空いた、可笑しな身体の奴がそこにいる。
「体調はいかが?」
声に振り向くと、ユークレースが困ったように笑みを浮かべて立っていた。俺も彼を安心させようと、曖昧だが笑みを返す。
「悪くないよ」
「そう。若い子たちが、また貴方の話を聞きたいって。よかったら話してあげて」
「分かった。行くよ」
俺が手を挙げて返事をすると、やっぱりユークレースは笑って、その場を離れた。俺は太陽を見上げて、思考をクリアにしようとした。俺なんかになにが語れると言うのだろう。角ばった心のまま、誰かを愛する方法を探している。なにを言葉にしたって、薄っぺらい気がしてしまうのだ。俺は若い奴らになにを届けられる?
「歳を取るって、どんな感じ?」
無意識のうちに若者の中に混ざっていて、ヘミモルファイトが俺に問いかけたのを認識し、我に帰る。
「ただ少し哀しくて、少し優しいだけだよ」
「え〜なんかカッコいい!!」
若者たちが騒ぐのを眺めながら、ここには誰もいないと感じる。奇妙な孤独感だった。なにも俺はしていない。なにもしてないのに、波紋のように言葉が伝わっていくのが、どうにも気持ち悪かった。自分が歳を取ったことも、なにもかも忘れてしまえたらなんて、不可能なことを思い描いていた。
「回診です。ご気分は?」
ベンチで呆けていたら、ルチルに話しかけられた。気付けば陽はとっくに落ちたようで、無為に時を過ごしたのだと知る。ルチルは俺の隣に腰掛け、なにも見落とさないとばかりに、俺を見つめた。
「……悪くないよ」
「医者に嘘をつかないでください」
きっぱりと言われたが、嘘が言えないなら黙っていたかった。誤魔化すように笑えば、ルチルは顔を険しくした。
「私に対する気遣いなど不要です。そんなもので私に共感したつもりですか」
「お前のことは分からないよ」
ルチルは何か言おうとして、その言葉を噛み殺した。一度俯いて頭を抱えた後、立ち上がって振り向かずに一言残した。
「お大事に。具合が悪いようなら、あとで保健室に来てください」
「ありがとう」
ルチルを見送りながら、言葉を扱う目的が解らないでいた。伝わらないのなら、言葉にしないほうがマシなのではないか。俺がどんな言葉を尽くしても、意図とは反対のように伝わってしまう。そんなことばかりだ。
(月が綺麗だ)
満月を眺めながら、俺の痛みや気持ちを知る者など誰もいないと悟った。誰もいないから、俺は誰よりも少し淋しくて、少し可笑しい奴だ。でもきっと、それは俺だけの話ではないのだろう。何もしないで傷つくだけ傷ついて、ご苦労な話だった。そうやって、なにもかも紛れていくのなら、明るい話だと思おう。誰も知らなくていい。誰もいなくていい。俺は薄っぺらいこの時間を生きるだけだ。
「体調はいかが?」
声に振り向くと、ユークレースが困ったように笑みを浮かべて立っていた。俺も彼を安心させようと、曖昧だが笑みを返す。
「悪くないよ」
「そう。若い子たちが、また貴方の話を聞きたいって。よかったら話してあげて」
「分かった。行くよ」
俺が手を挙げて返事をすると、やっぱりユークレースは笑って、その場を離れた。俺は太陽を見上げて、思考をクリアにしようとした。俺なんかになにが語れると言うのだろう。角ばった心のまま、誰かを愛する方法を探している。なにを言葉にしたって、薄っぺらい気がしてしまうのだ。俺は若い奴らになにを届けられる?
「歳を取るって、どんな感じ?」
無意識のうちに若者の中に混ざっていて、ヘミモルファイトが俺に問いかけたのを認識し、我に帰る。
「ただ少し哀しくて、少し優しいだけだよ」
「え〜なんかカッコいい!!」
若者たちが騒ぐのを眺めながら、ここには誰もいないと感じる。奇妙な孤独感だった。なにも俺はしていない。なにもしてないのに、波紋のように言葉が伝わっていくのが、どうにも気持ち悪かった。自分が歳を取ったことも、なにもかも忘れてしまえたらなんて、不可能なことを思い描いていた。
「回診です。ご気分は?」
ベンチで呆けていたら、ルチルに話しかけられた。気付けば陽はとっくに落ちたようで、無為に時を過ごしたのだと知る。ルチルは俺の隣に腰掛け、なにも見落とさないとばかりに、俺を見つめた。
「……悪くないよ」
「医者に嘘をつかないでください」
きっぱりと言われたが、嘘が言えないなら黙っていたかった。誤魔化すように笑えば、ルチルは顔を険しくした。
「私に対する気遣いなど不要です。そんなもので私に共感したつもりですか」
「お前のことは分からないよ」
ルチルは何か言おうとして、その言葉を噛み殺した。一度俯いて頭を抱えた後、立ち上がって振り向かずに一言残した。
「お大事に。具合が悪いようなら、あとで保健室に来てください」
「ありがとう」
ルチルを見送りながら、言葉を扱う目的が解らないでいた。伝わらないのなら、言葉にしないほうがマシなのではないか。俺がどんな言葉を尽くしても、意図とは反対のように伝わってしまう。そんなことばかりだ。
(月が綺麗だ)
満月を眺めながら、俺の痛みや気持ちを知る者など誰もいないと悟った。誰もいないから、俺は誰よりも少し淋しくて、少し可笑しい奴だ。でもきっと、それは俺だけの話ではないのだろう。何もしないで傷つくだけ傷ついて、ご苦労な話だった。そうやって、なにもかも紛れていくのなら、明るい話だと思おう。誰も知らなくていい。誰もいなくていい。俺は薄っぺらいこの時間を生きるだけだ。
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