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短編

「パパラチアに、手紙を書く仕事をやってみないか?」
生まれてこの方、自分に合った仕事を見つけられず、何をやっても不器用と言われて、いい加減自分が嫌で腐っていた頃だった。ジェードは困り眉で、僕にそう提案してきた。
「パパラチアって、いっつも眠っている?」
「そうだ。彼が眠っている間に起きたことを、伝えるのにいい手段はないかと悩んでいて」
僕が生まれてから、パパラチアが起きているところを見たことがない。
「本当に起きるの?」
意味のない仕事なんてしたくなかった。僕が手紙を書いたところで、パパラチアは読んでくれるのだろうか。
「起きる。ルチルが頑張っている。いつ起きるかは分からないが、必ず。だから、その日の為に手紙を書いて欲しい」
ジェードがそこまで言うので、しぶしぶ承諾した。ただ一人の、それも眠ってばかりいる奴の為の仕事なんて、パッとしないけれど。他にすることもないから、任されてみる。ペンと紙に向き合い、思案する。
「……なに書けばいいんだよ!?」
手紙なんて、書いたことがない。日記だってない。筋金入りの無職の日常なんて、なにもない。学校に篭りたくなくて外に出る。野原に寝そべり、空を眺める。眠くなってきた。
「パパラチアはずっと箱の中で、嫌じゃないのかな……」
ふと、そんなことを思う。眠っているとはいえ、心地が良いくらいは分かるはずだ。僕はやるべきは手紙を書くことじゃなくて、パパラチアを解放してやることなのでは。よし。
「思い立ったが吉日!」

「ダメです」
夜になって、ルチルに相談してみたがそう言われた。
「えーなんでよー」
「危険すぎます。動けない彼に貴方となんて」
「大丈夫だって。大人しくしてるからさー」
「いくら言われてもダメです」
ルチルはそう言って、僕をパパラチアから遠ざけるように仁王立ちした。ルチルに敵うわけもない。僕は肩を落とした。
「せっかくパパラチアに空を見せようと思ったのに……」
空は広くて好きだ。吸い込まれるような青空は、自分の存在を忘れるのに丁度いい。パパラチアだって、見たらきっと同じことを言うと思うのに。
「その気持ちを、手紙にしてください」
ルチルの優しい声で、顔を上げる。ルチルは困った顔で、噛み締めるように声を出した。
「パパラチアが動かないのは、すべて私が無能なせいです。謝ります。だからパパラチアが動いた時に縋れるよすがを、貴方が作ってください」
縋れるよすがを。パパラチアが起きた時の、パパラチアの気持ちを想像してみる。きっと、どんなに長く生きても、一人ぼっちの寂しさは変わらないだろう。パパラチアは、眠っている間のことはなにも知らない。僕が教えてやれば、少しは寂しくないだろうか。
「……うん、分かった。やってみるよ」
僕が大人しく頷くと、ルチルは安心したように笑顔を見せた。

次の日から、僕は真面目に手紙と向き合った。上手く言葉が思いつかなくて、一文字も書けない日もあった。たくさん書いているうちに、なんにもまとまらない日もあった。
「パパラチアと話したいことを、手紙にすればいいんじゃない?」
ゴーシェがそう助言をくれてから、かなり書きやすくなった。パパラチアはなんて言うだろう。どんなことを話すんだろう。なにも知らないパパラチアと話すことが、とても楽しみで特別なことになった。手紙は日に日に増えていき、秋頃には山積みになって置く場所に苦労するほどだった。今日もパパラチアの横で、ルチルと一緒に手紙を書く。ルチルは難しい顔をしながら、パパラチアのパズルに没頭している。
「ねぇ、ルチル」
「…………」
「あのさ」
「…………」
「ルチルったら!」
「っはい!すみません。なんでしょう?」
ようやく顔を上げたルチルに、恨めしそうな視線を送れば苦笑する。
「パズル、僕も手伝えないの?」
「それは……ねぇ」
ルチルが残念なものを見る目で言うので、僕は反発する。
「やってみなきゃ分からないだろ!やらせてよ!」
「仕方ないですね。少しだけですよ」
ルチルが道具と材料を渡してくれ、僕は睨めっこする。時間を忘れて、パズルのピースを作った。ダメにしたり、失敗したりしながら、夜更けにようやくひとつ作ることが出来た。
「まぁ、これなら……使えないこともないです」
「やったー……!!」
僕は疲れてその場に倒れ込んだ。青いサファイアのピースを手に、ルチルは改造を続ける。
「お疲れ様でした。ひとまず休んでください」
「言われなくてもそうするよ〜……」
僕は目を擦りながら自分の部屋に行き、泥のように眠った。ルチルはまだ起きているんだろうか。パパラチアを起こすのは、とっても大変なことだ。

朝が来て、寝坊して朝礼に遅れた。誰もなにも言わないけれど、それがちょっと悔しい。怒られたくはないけれど。パパラチアはこんな気持ちを知っているのかな、と筆記具を片手にほっつき歩く。今日の手紙はなにを書こうかな。そろそろみんな眠そうで、冬眠の準備を始めている。草木も色をなくして、物悲しい風景だ。僕は海を眺めに虚の岬に行った。海はいつ見ても、太陽を反射して煌めいている。波の音も気持ちが落ち着く。
「はぁー気持ちいい!疲れた!」
僕は仰向けに岬の先端で寝転がった。すると、空だけになった視界に、黒点が現れる。僕は目を見開いた。
「うそ、嘘嘘嘘嘘」
慌てる僕を尻目に、黒点は開き始める。走ろうにも、脚がもつれて転んでしまう。恐ろしさに声が出ない。這うように学校へ向かうが、すぐそこまで月人が来ていた。
「パパラチア、」
呼んでいたのは、彼の名前だった。手紙が書けなくなるのが嫌だった。誰でもいいから助けて欲しかったけど、僕が縋ったのはパパラチアだった。動くところを見たこともないのに。
「ーーーーっ」
恐怖から逃れるように、目を瞑った。身体が割れる衝撃を待ったが、それが訪れることはなかった。
「ーー?」
不思議に思いそっと目を開けると、目の前に見覚えのあるルーズソックスが。顔を上げれば、胸元からサファイアのピースが覗いていて、そんな身体をしているのは彼しかいなくて。パパラチアと目が合うと、彼は柔らかく僕に笑いかけた。
「新入りだな。はじめまして。大丈夫だったか?」
春の穏やかな風のような、初めて聞いたのに昔から知っているような、そんな声だった。答えられない僕を、パパラチアは注意深く引っ張り起こす。背後を振り返れば、月人なんて跡形もなく霧散していた。
「怖かっただろう。綺麗な薄荷色だな」
「えと、うん。そう。助けてくれて、ありがとう」
やっとこさお礼が言えた。胸が詰まるような、込み上げてくる気持ちで、上手く話すことが出来ない。
「ようやく目覚められた。起きてる時くらい、みんなを助けないとな」
少し暗い色をした声に、僕はそうじゃないと伝えたくなった。もっと喜んで欲しいと思った。
「話したいことが、たくさんあるんだ」
なんとか、それだけ言葉にした。パパラチアは少し虚を突かれた顔をしたあと、笑ってくれた。
「俺も話したいことが、たくさんあるよ」

「フォスの字は読めんなぁ」
冬眠前まで、パパラチアは僕の手紙を読んでくれた。そうして、とても言いにくそうに口に出したのがこれ。
「そんなぁ〜」
僕は虚しくて、その場で項垂れる。もうすぐ冬眠で、レッドベリルがみんなの着付けをしたり、ジェードやユークレースはやり残したことがないか確認したりで慌ただしい。喧騒の中、パパラチアと今年最後の会話をする。
「気持ちは伝わったし、嬉しかったよ。ありがとう」
「でも伝わらないんじゃ意味ないじゃん……」
僕がむくれると、パパラチアは困ったように笑う。僕の仕事には満足してくれたみたいだけど、これじゃやる意味がない。
「春が来たら、また話し相手になってくれよ」
パパラチアは僕を宥めるように話す。それが惨めにも思うけれど、話し相手になれるのは嬉しかった。
「…………うん」
「よし。そろそろ冬眠しよう。冬はキツイからな」
パパラチアの背中を追う。パパラチアはかっこよくて、なんでも知ってて、僕もいつかはああなりたいと思った。また無職になるけれど、それでもパパラチアにはずっと起きていて欲しかった。僕なんかに親切にしてくれる彼を、失いたくなんてなかった。
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