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短編

愛のない他愛のない声が、ずっと響いて僕を突き動かす。今日も仕事をしなくては。なにかしていなければ。面目ない。僕だけ残されて面目ない。せめてもの償いに、アンタークに毎日仕事の報告をする。流氷の声など、もうどうでもよくなっていた。
「あ…………」
もうすぐ春なのか。雪の隙間から小さな花が顔を出して、風に揺られていた。一輪、摘み取ってお土産にする。君に教えてもらいたかった。春が、季節が、こんなにも早く過ぎ去ること。生命があまりにも早急に移り変わること。君の言葉で教えて欲しかった。そこに愛も哀もないだろうけれど。君が僕に伝える全ては、無償の愛で、僕はそれに包まれて甘えるけれど、それ以上の意味なんてないことは分かってる。甘えた結果が、これだ。君は今日も還らない。
「アンターク、ただいま」
ただ一つ残された左足首をいれた器に、花を浮かべる。毎日、毎日、うわごとのように同じ言葉を君に並べる。髪を切ったこと、眠れないこと。だって君からの返答がないから。繰り返し、うわごとのように。
「それに目をつぶるのいやなんだ」
繰り返し、君が。照明クラゲに照らされて、漂って、溶けて、消える。夜のベンチに沈み込んで、闇に呑み込まれるように気を失う。アンタークが僕の身代わりになった。聡明で理解のないアンタークは、いない。信じたくない。責めないでくれ。僕を責めないでーー。
「部屋で寝なさい」
先生の声で目を覚ます。合金の腕に力が戻り、元の形に収まる。先生の着物を直すことで、気を紛らわせる。心の傷が、細かい身体のヒビが僕に訴える。もう消えてしまいたいよと。うざったい。知らないフリをして、外の景色を眺める。
「冬から春に、変わるのをみるのははじめてです」
恐怖を覚える。世界は僕を待っていてはくれない。傷が癒えるのを、待ちなどはしない。
「怖い」
目から合金が溢れ出す。どうにも制御出来ない。先生が拭ってくれるが、古代生物の欠陥ということは、僕が弱いから引き起こされるのだろうか。低硬度から「勇気」をとったら、なにもない。君から勇気をもらったのに、僕はまだ恐怖に怯えている。
「あと少しですから……」
君と僕だけの冬が終わる。虚しい。君を失って迎える春は、あまりにも。愛のない他愛のないあの声が、まだ聞こえる。君が僕を呼ぶ声が聞こえる。この声が聞こえるうちは、戦い続けなければならない。君を取り戻すために。あと少し、あと少しだけ、冬が続いてくれたらーー。
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