本編
ブルーダイヤモンドの場合
「ブルーは、どうしてそんなに強いんだ」
朝からよく晴れた日。予想通り月人が現れて、戦っている途中でブルーダイヤモンドが駆けつけてくれた。彼が来ると、僕が手こずっていたのが嘘かのように、あっという間に月人は霧散した。頼もしい背中に、ひとつ質問をこぼすと、ブルーはゆっくり振り返った。
「…………私は、他の誰よりも硬い」
少し考えて、冷静な声でブルーは言った。それはその通りなんだけれど、それだけが理由ではないような気がした。
「硬いだけで、そんなに強くなれるもの?」
「ふむ……それだけが理由では不満か?」
「不満ってわけじゃないけど……」
僕が眉を寄せると、ブルーは空を見上げながら次の言葉を探した。夏の生温い風が、辺りを吹き抜ける。
「私は、一番最初にこの地に生まれた。一番お兄さんだ」
「うん、頼りにしてるよ」
「だからだと思う。皆がいなければ、私は強くなれていない」
ブルーがあまりにも優しく、綺麗に笑うから、僕は言葉を失くした。ブルーは僕の肩に軽く触れると、学校へ向かって歩き出した。慌てて、後を追いかける。
「僕も、」
「??」
「僕も、強くなれるかな」
憧れの背中は、振り返って、やっぱり微笑んだ。
「なれるさ。スピネル、お前がそう望むなら」
僕が嬉しくて笑うと、ブルーも嬉しそうに見えた。まだ太陽は高く昇り、陽の光が美味しい日のこと。
ギューダの場合
「ギューダはどうして、そんなに強さにこだわるんだ?」
「はあ?」
いつも通りブルーダイヤモンドに挑んで、負けて不貞腐れているギューダに訊ねてみた。曇り空と同じ、不機嫌そうな声が返ってくる。
「ムカつくでしょ、僕より年上で、僕より硬いやつが強いと」
「うーん」
ギューダは僕より硬くて僕より強いが、別にそれにムカついたことはないのでよく分からない。僕が不思議そうにしてるのを見かねて、ギューダは問い返してきた。
「誰よりも強くなりたいと思わない?」
ギラギラした瞳は、他の誰よりも力強かった。ブルーとは違う、荒々しく情熱的な強さ。僕はギューダにも遠く及ばない。
「強くは、なりたい」
「ふうん、そう」
僕を助ける気はないみたいで、ギューダは昼寝を始めた。雲の切れ間から陽が差し込んで、僕らを照らす。見廻りをするために、ギューダから離れようとした時だった。
「スピネルがいると、安心して昼寝できるよ」
ぽつりと溢された言葉の、真意を問おうと思ったが、声をかけてもギューダは眠ったままだった。褒められたのだろうか。答えは雲が風で掻き消えるように、どこかへ流された。
スピネルの場合
「スピネルはどうして、そんなに強いんっすかー?」
懐かしい質問を聞いた。俺がいつかあの人たちにした質問。今も風が吹き抜けるたび、雲間に陽が差し込むたびに思い出す、あの人たちのこと。ターフェアイトはキラキラした瞳で俺を見ている。俺もあの人たちから、こんな風に見えていたのだろうか。
「なぜ強いのか、か」
強さの理由は思いつかない。なぜ強くなったのかも思い出せない。強くなりたいと望んでいた。でも、追うべき背中を失った今、俺は悩み続けている。
「強くなくては、と。ずっと思っている」
「責任感、ってやつですかあ?」
「そうだな。そうかもしれない」
俺が黙り込むと、ターフェは一度空を見上げた。少し考えて、目を開くと、豪快な笑顔でこう言ってみせた。
「俺、スピネルを尊敬してるっす! だから、いつかスピネルよりも強くなって、みんなを安心させたいっす!」
まっすぐな感情が痛いくらいだった。ターフェが思うような年輩ではない。ターフェの進むべき道へ、導けるような分際じゃない。俺は。
「スピネルにもっと笑って欲しいんすよ」
ターフェが困った顔でそう言う。俺が笑顔を作ると、
「へったくそ!」
と大笑いした。釣られて俺も笑った。陽が水平線の向こう側に沈む、少し前のこと。
グランディディエライトとの会話
夜になり、就寝時間が近づいてきた。俺は池に映る月を眺めながら、ため息を吐いた。水面が揺れて、月も歪む。背後に気配を感じ、振り向けばグランディディエライトが俺を見下ろしていた。グランディはそっと、俺の隣に腰を下ろす。
「考え事か?」
「ああ」
「答えは」
「出ない」
グランディはそれ以上訊いてはこなかった。ただ黙って傍にいてくれた。月がまばゆく光る。
「今日は、ブルーとギューダのことを思い出した」
「ああ」
「あの頃は平和だった」
生まれたばかりの、月人と戦争が始まる前の頃が懐かしい。本当に平和で、本当に安らかな日々。
「あの頃に戻りたい」
「そうだな。……スピネル」
グランディはこちらを案ずる声で、そっと話した。
「そのために出来ることがあるなら、俺も協力する。お前は一人じゃない」
「グランディ」
「俺たちは長く生きた。失った仲間も多い。でもまだ、一人じゃない」
清廉な水色が、いつも隣にあることが常だった。彼まで失う日のことを考えると身震いする。けど、まだ一人じゃない。
「ありがとうグランディ。お前がいてくれてよかった」
「俺もだ。みんなも、きっとスピネルがいてくれてよかったと思っているよ」
少しだけ戦う理由を思い出した。優しい夜はゆっくりと更けていく。布団で幸せな夢を見た。先生と、みんなと、誰一人欠けることなくまた再会する夢を。
「ブルーは、どうしてそんなに強いんだ」
朝からよく晴れた日。予想通り月人が現れて、戦っている途中でブルーダイヤモンドが駆けつけてくれた。彼が来ると、僕が手こずっていたのが嘘かのように、あっという間に月人は霧散した。頼もしい背中に、ひとつ質問をこぼすと、ブルーはゆっくり振り返った。
「…………私は、他の誰よりも硬い」
少し考えて、冷静な声でブルーは言った。それはその通りなんだけれど、それだけが理由ではないような気がした。
「硬いだけで、そんなに強くなれるもの?」
「ふむ……それだけが理由では不満か?」
「不満ってわけじゃないけど……」
僕が眉を寄せると、ブルーは空を見上げながら次の言葉を探した。夏の生温い風が、辺りを吹き抜ける。
「私は、一番最初にこの地に生まれた。一番お兄さんだ」
「うん、頼りにしてるよ」
「だからだと思う。皆がいなければ、私は強くなれていない」
ブルーがあまりにも優しく、綺麗に笑うから、僕は言葉を失くした。ブルーは僕の肩に軽く触れると、学校へ向かって歩き出した。慌てて、後を追いかける。
「僕も、」
「??」
「僕も、強くなれるかな」
憧れの背中は、振り返って、やっぱり微笑んだ。
「なれるさ。スピネル、お前がそう望むなら」
僕が嬉しくて笑うと、ブルーも嬉しそうに見えた。まだ太陽は高く昇り、陽の光が美味しい日のこと。
ギューダの場合
「ギューダはどうして、そんなに強さにこだわるんだ?」
「はあ?」
いつも通りブルーダイヤモンドに挑んで、負けて不貞腐れているギューダに訊ねてみた。曇り空と同じ、不機嫌そうな声が返ってくる。
「ムカつくでしょ、僕より年上で、僕より硬いやつが強いと」
「うーん」
ギューダは僕より硬くて僕より強いが、別にそれにムカついたことはないのでよく分からない。僕が不思議そうにしてるのを見かねて、ギューダは問い返してきた。
「誰よりも強くなりたいと思わない?」
ギラギラした瞳は、他の誰よりも力強かった。ブルーとは違う、荒々しく情熱的な強さ。僕はギューダにも遠く及ばない。
「強くは、なりたい」
「ふうん、そう」
僕を助ける気はないみたいで、ギューダは昼寝を始めた。雲の切れ間から陽が差し込んで、僕らを照らす。見廻りをするために、ギューダから離れようとした時だった。
「スピネルがいると、安心して昼寝できるよ」
ぽつりと溢された言葉の、真意を問おうと思ったが、声をかけてもギューダは眠ったままだった。褒められたのだろうか。答えは雲が風で掻き消えるように、どこかへ流された。
スピネルの場合
「スピネルはどうして、そんなに強いんっすかー?」
懐かしい質問を聞いた。俺がいつかあの人たちにした質問。今も風が吹き抜けるたび、雲間に陽が差し込むたびに思い出す、あの人たちのこと。ターフェアイトはキラキラした瞳で俺を見ている。俺もあの人たちから、こんな風に見えていたのだろうか。
「なぜ強いのか、か」
強さの理由は思いつかない。なぜ強くなったのかも思い出せない。強くなりたいと望んでいた。でも、追うべき背中を失った今、俺は悩み続けている。
「強くなくては、と。ずっと思っている」
「責任感、ってやつですかあ?」
「そうだな。そうかもしれない」
俺が黙り込むと、ターフェは一度空を見上げた。少し考えて、目を開くと、豪快な笑顔でこう言ってみせた。
「俺、スピネルを尊敬してるっす! だから、いつかスピネルよりも強くなって、みんなを安心させたいっす!」
まっすぐな感情が痛いくらいだった。ターフェが思うような年輩ではない。ターフェの進むべき道へ、導けるような分際じゃない。俺は。
「スピネルにもっと笑って欲しいんすよ」
ターフェが困った顔でそう言う。俺が笑顔を作ると、
「へったくそ!」
と大笑いした。釣られて俺も笑った。陽が水平線の向こう側に沈む、少し前のこと。
グランディディエライトとの会話
夜になり、就寝時間が近づいてきた。俺は池に映る月を眺めながら、ため息を吐いた。水面が揺れて、月も歪む。背後に気配を感じ、振り向けばグランディディエライトが俺を見下ろしていた。グランディはそっと、俺の隣に腰を下ろす。
「考え事か?」
「ああ」
「答えは」
「出ない」
グランディはそれ以上訊いてはこなかった。ただ黙って傍にいてくれた。月がまばゆく光る。
「今日は、ブルーとギューダのことを思い出した」
「ああ」
「あの頃は平和だった」
生まれたばかりの、月人と戦争が始まる前の頃が懐かしい。本当に平和で、本当に安らかな日々。
「あの頃に戻りたい」
「そうだな。……スピネル」
グランディはこちらを案ずる声で、そっと話した。
「そのために出来ることがあるなら、俺も協力する。お前は一人じゃない」
「グランディ」
「俺たちは長く生きた。失った仲間も多い。でもまだ、一人じゃない」
清廉な水色が、いつも隣にあることが常だった。彼まで失う日のことを考えると身震いする。けど、まだ一人じゃない。
「ありがとうグランディ。お前がいてくれてよかった」
「俺もだ。みんなも、きっとスピネルがいてくれてよかったと思っているよ」
少しだけ戦う理由を思い出した。優しい夜はゆっくりと更けていく。布団で幸せな夢を見た。先生と、みんなと、誰一人欠けることなくまた再会する夢を。
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