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本編

「拐われたのはっ……タグトゥパイトっ……プラシオライト……トリフェーン……ロンドンブルートパーズ……マラヤガーネットっ……ジャスパーですっ……!!」
セレスティンが嗚咽混じりにそう告げる。4499年、1月22日。冬眠中の襲撃で、5名が月へ拐われた。皆、一様に俯き、言葉を発しようとしなかった。先生すら黙っている。僕は見兼ねて、努めて軽い調子で提案した。
「残りの冬当番は、僕がやりますよ」
ざわっと皆に動揺が見えたが、僕に反対する奴はいない。
「ある程度強い石が起きてないと、皆不安でしょう?」
なおも誰もが口を噤んだまま。僕は笑ってみせた。
「休みましょう。皆さんはゆっくり、もう一度眠って」
先生が承諾し、冬眠の続行を勧めたので、一人、また一人と眠りにつく。僕は一人になった廊下で、冬の星空を見上げていた。目障りだった邪魔者はみんないなくなった。なのに、この喪失感はなんなのだろう。冬当番を引き受けたのも、ぽっかり空いた心の穴を埋めるためだろうか。いや、単に進まない時間が嫌いだからだろうと、感傷に浸った沈んだ頭を鼻で笑った。こんなことで乱されるわけにはいかない。早く自分を取り戻さなければ。

その日の夜は、何故かあいつの夢を見た。僕が生まれたばかりの頃、ジャスパーは目の上のたんこぶだった。武術に優れ、筆記に優れ、オニキスに気に入られていた。妬ましかった。僕の方が上だ、優れている。そういう確証が欲しくて詰め寄った。
「僕と勝負してください」
剣先を向けても、ジャスパーは顔色ひとつ変えず黙ったまま。ゆっくりと首を傾げる姿が、腹立たしかった。
「聞こえませんでしたか? 僕と勝負を」
「……意味がない」
そう残して、踵を返そうとするので、ジャスパーの手首を掴んだ。バチバチと視線が交錯する。ジャスパーはゆっくり瞬きすると、僕の手をするりと振り払い、一歩後退った。
「はっきり言っておく。お前が私に勝とうが負けようが、私の価値は変わらない。揺るがない。それはお前もそうだ。私達が争う必要はない」
敵わない、と瞬間的に悟った。僕の愛する正論を、さも容易く体現する彼は、強い。そう認めざるを得ない。だからこそ、屈服しなければ気が済まない。反論の準備に頭を回している隙に、ジャスパーは続ける。
「お前はそのままでいい。そのままの自分を愛せるようになることを願っている。兄として」
兄として。その言葉に、固まる自分がいた。ジャスパーは本当は兄ではない。僕はクォーツ属だと嘘を吐いているのだから。嘘を貫くために、ジャスパーを兄と呼んだ。それを受け入れているこいつは、僕の本当を見抜いているのだろうか。計りかねて、言葉を忘れた。仮面をつけることも忘れて、思いっきり眉を寄せて感情を表情に乗せた。ジャスパーはふっと笑う。ああ、気に食わない。
「心配ない。フェナは強い」
今度こそ離れていくジャスパーを、引き止めることは出来なかった。遠くなる背中に、ぼんやりと自分の生まれた意味を問う。目的を問う。どう計算してもジャスパーの答えに行き着いて、行き場のない焦燥感を持て余した。

迫り上がる緊張感に、目を覚ました。生々しく鮮明に映し出された夢に、眩暈がする。あいつが僕の正体を知っていたのか。知る術はもう失われた。そんなことはもうどうでもいいか。ジャスパーはもういないのだから。……もうどうだっていいだろ。
「…………寒い」
初めて迎える冬の朝に、身を刺すような寒さを覚える。さあ、任されたことはこなさなければ。僕はベットから抜け出し、愛剣を手にした。無駄な思考が削ぎ落とされていく感覚に、自然と笑みが溢れる。次へ進もう。なにを失ったとしても、時間は待ってはくれないのだから。
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