短編
地上の星を見下ろせる窓辺で、私はこれを書いている。私が恋をしたあの子を、形に残す術を求めて、これを書いている。どうやら、私はあの子を残して消える運命らしい。だから、書き残すことに意味はないのかもしれない。それでも、少しでもあの子が生まれた意味を、生きた意味を、忘れたくない。日に日に薄れていくあの子の笑顔を、まだ思い出せるうちに。あの子と、私が辿った恋の末路を、ここに記しておく。
私、ユレーアイトはジェードと同じ年に生まれた。特に重要な仕事は任されなかったが、みんなの手伝いをして過ごしていた。どこか満たされない気持ちを抱えて、日々退屈に生きていた。私の毎日が変わったのは、フォスが生まれてからだ。脆く綺麗な浅瀬色の身体に、私はひどく惹かれたのだった。
「フォス、なにかしてほしいことはある?」
これが私の口癖だった。とにかく、フォスを構って満たされていた。フォスも私に甘えて、だらりと生きていた。
「ユレーア、あまりフォスを甘やかすな」
ジェードに小言を言われても、聞かぬふりをした。私がフォスを求めて、フォスが私を求めるのだから、それでいいじゃない。私はこの関係性になんの疑問も持たなかった。
転機は、フォスが三百歳になった時だった。フォスは両脚を失った。心配で駆け寄った私を見て、フォスは困った顔をした。
「えーと……ごめん、誰?」
フォスは私のことを綺麗さっぱり忘れていた。ショックだった。なんで、あろうことか私を忘れたのだろう。あんなにも、可愛がっていたのに。フォスは新しい脚を手に入れて、毎日新しいものを手に入れた。私は、なにをしてあげられるか、分からなくなっていた。声をかけることもままならないまま、冬を迎えた。
冬が明けると、フォスは両腕も失くしていた。髪が短くなり、目つきがキツくなった。あんなになにも出来なかったのに、手先は器用になり戦闘もこなすようになった。私は、フォスから興味を失っていくのを感じた。冷え込んでいく胸に、私はなにも出来ない彼だから好きだったのだと気づいた。そんな自分を軽蔑した。それでも、気持ちが離れていくことは止められなくて、私はフォスと距離を取った。フォスも私を忘れたのだからいいだろうと、そう言い訳をして。
フォスは頭も失くし、ラピスラズリの頭が接合された。目覚めない百年、私はどこか欠けたような気持ちで日々を暮らした。自分から離れたくせに、何故こんなにも喪失感を覚えるのだろう。会いに行かない日はなかった。
「なにしてあげられる?」
いつかの口癖を、眠っているフォスに語りかけ続けた。フォスは運良く目覚めて、また歩み始めた。どこに向かうとも知れない道を。カンゴームとなにやら企んでいることは、気付いていた。知らぬフリをした。そして、フォスは初めて月へ行った。自分で思っているよりも、落ち込んだりしなかった。何故か帰ってくると確信があった。
フォスは月から帰ってきた。話しかけるタイミングを探っていたら、フォスから話しかけてきた。
「んーあの、単刀直入に言うけど。一緒に月に行かない?」
怪しい光を放つ左目が、私を捕らえた。私に月に行く理由はない。でも、フォスが一緒なら理由になるだろう。
「いいよ」
「あ、ありがとう……なんでだろ、ユレーアは来てくれる気がしたんだよね」
曖昧に笑うフォスに、生まれた頃の面影はない。それでも、もう一度私を頼ってくれたことが嬉しかった。フォスの中に微かに残った、私の破片にこの先を願った。
月へ行っても、フォスにしてあげられることは少なかった。フォスは擦り減って、二百年土に還り、化け物になって戻ってきた。誰もフォスを見ていないことに、私は胸を痛めた。でも、フォスを見つめれば見つめるほどに、目を背けたくなる自分がいた。どうして、こんなことになってしまったのだろう。どうして、私はなにも出来ないのだろう。
「全ての宝石を砕きたい」
せめて、フォスの最後の願いくらいは叶えてあげたくて。私は、もう一度地上に降りた。
惨劇の末、フォスは一人地上に残された。全てはエクメアの思惑通りなのだろう。悔しい。なにも出来ない自分が。嫌いだ。なにも動けない自分が。所詮、私のフォスへの想いはこの程度なのだ。小さな恋だった。ちっぽけで薄っぺらな、独りよがりの恋だった。なにも出来ない。フォスにしてあげられることは、ない。役に立たない石だったね。ごめんなさい。
堪らなくなって顔を上げ、私は地上の星を睨んだ。青い星が暗闇に浮かんでいる。あまりに綺麗で、それが憎らしくて嗚咽した。みんなフォスを忘れていく。私はいつまで覚えていられる? 忘れたくない、けれどもそれも私の独りよがり。せめて、せめてこの想いを、貴方に届けることさえ出来たなら。もう一度、懐かしいあの日々を、やり直すことが出来る気がするのに。それすら叶わない。声にならない叫びが、私の身体を砕くように思えた。
私、ユレーアイトはジェードと同じ年に生まれた。特に重要な仕事は任されなかったが、みんなの手伝いをして過ごしていた。どこか満たされない気持ちを抱えて、日々退屈に生きていた。私の毎日が変わったのは、フォスが生まれてからだ。脆く綺麗な浅瀬色の身体に、私はひどく惹かれたのだった。
「フォス、なにかしてほしいことはある?」
これが私の口癖だった。とにかく、フォスを構って満たされていた。フォスも私に甘えて、だらりと生きていた。
「ユレーア、あまりフォスを甘やかすな」
ジェードに小言を言われても、聞かぬふりをした。私がフォスを求めて、フォスが私を求めるのだから、それでいいじゃない。私はこの関係性になんの疑問も持たなかった。
転機は、フォスが三百歳になった時だった。フォスは両脚を失った。心配で駆け寄った私を見て、フォスは困った顔をした。
「えーと……ごめん、誰?」
フォスは私のことを綺麗さっぱり忘れていた。ショックだった。なんで、あろうことか私を忘れたのだろう。あんなにも、可愛がっていたのに。フォスは新しい脚を手に入れて、毎日新しいものを手に入れた。私は、なにをしてあげられるか、分からなくなっていた。声をかけることもままならないまま、冬を迎えた。
冬が明けると、フォスは両腕も失くしていた。髪が短くなり、目つきがキツくなった。あんなになにも出来なかったのに、手先は器用になり戦闘もこなすようになった。私は、フォスから興味を失っていくのを感じた。冷え込んでいく胸に、私はなにも出来ない彼だから好きだったのだと気づいた。そんな自分を軽蔑した。それでも、気持ちが離れていくことは止められなくて、私はフォスと距離を取った。フォスも私を忘れたのだからいいだろうと、そう言い訳をして。
フォスは頭も失くし、ラピスラズリの頭が接合された。目覚めない百年、私はどこか欠けたような気持ちで日々を暮らした。自分から離れたくせに、何故こんなにも喪失感を覚えるのだろう。会いに行かない日はなかった。
「なにしてあげられる?」
いつかの口癖を、眠っているフォスに語りかけ続けた。フォスは運良く目覚めて、また歩み始めた。どこに向かうとも知れない道を。カンゴームとなにやら企んでいることは、気付いていた。知らぬフリをした。そして、フォスは初めて月へ行った。自分で思っているよりも、落ち込んだりしなかった。何故か帰ってくると確信があった。
フォスは月から帰ってきた。話しかけるタイミングを探っていたら、フォスから話しかけてきた。
「んーあの、単刀直入に言うけど。一緒に月に行かない?」
怪しい光を放つ左目が、私を捕らえた。私に月に行く理由はない。でも、フォスが一緒なら理由になるだろう。
「いいよ」
「あ、ありがとう……なんでだろ、ユレーアは来てくれる気がしたんだよね」
曖昧に笑うフォスに、生まれた頃の面影はない。それでも、もう一度私を頼ってくれたことが嬉しかった。フォスの中に微かに残った、私の破片にこの先を願った。
月へ行っても、フォスにしてあげられることは少なかった。フォスは擦り減って、二百年土に還り、化け物になって戻ってきた。誰もフォスを見ていないことに、私は胸を痛めた。でも、フォスを見つめれば見つめるほどに、目を背けたくなる自分がいた。どうして、こんなことになってしまったのだろう。どうして、私はなにも出来ないのだろう。
「全ての宝石を砕きたい」
せめて、フォスの最後の願いくらいは叶えてあげたくて。私は、もう一度地上に降りた。
惨劇の末、フォスは一人地上に残された。全てはエクメアの思惑通りなのだろう。悔しい。なにも出来ない自分が。嫌いだ。なにも動けない自分が。所詮、私のフォスへの想いはこの程度なのだ。小さな恋だった。ちっぽけで薄っぺらな、独りよがりの恋だった。なにも出来ない。フォスにしてあげられることは、ない。役に立たない石だったね。ごめんなさい。
堪らなくなって顔を上げ、私は地上の星を睨んだ。青い星が暗闇に浮かんでいる。あまりに綺麗で、それが憎らしくて嗚咽した。みんなフォスを忘れていく。私はいつまで覚えていられる? 忘れたくない、けれどもそれも私の独りよがり。せめて、せめてこの想いを、貴方に届けることさえ出来たなら。もう一度、懐かしいあの日々を、やり直すことが出来る気がするのに。それすら叶わない。声にならない叫びが、私の身体を砕くように思えた。
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