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短編

グリーンダイヤモンドがいなくなった。また俺だけ無様に逃げ切ってしまった。後悔しても、グリーンに声はもう届かない。ルビーにもサファイアにも。こんなことがいつまで続くのだろうか。重い心を引きずって、あてもなく歩いていた。なんでみんな、俺のせいで。誰も俺を責めない。そのことが、謝罪の言葉の行く先を失くさせていた。謝りたい。どこへ行けばいい。気付けば海辺に出ていた。波が寄せては返す。ぼーっと眺めていると、頭上に影が落ちた。顔を上げれば、予兆の黒点がはっきりと現れていた。
「あ、」
助けを求める声は出なかった。脚も一歩も動かなかった。ただ呆然と、開いていく黒点を見つめる。矢尻を向けられても、走る気にはなれなかった。
「なぁにぼーっとしてんだぁ? さっさと走れよ」
「! リディ、」
リディコータイトがどこからともなくやってきて、月人に飛びかかった。バチバチと電撃が走り抜ける音が鳴り渡る。青白い雷撃のような一撃が、月人を襲う。ドォーンと轟く轟音に、圧倒されて尻餅をついた。月人は霧散し、リディは軽やかに着地した。
「自慢の脚はどうした? 今更、月人が怖くなったか?」
「……相変わらず、お前の戦闘は凄まじいな」
笑いかけたが、誤魔化したことが気になるのか、リディは怪訝な表情で俺を見る。
「ま、俺には関係ねぇーけど。無事ならいいわ」
リディはあっさりと俺の横を通り過ぎる。その背中が広く見えて、しばらく眺めていた。
「……どうした? 帰んねーの?」
暗に一緒に帰らないのか、と問われ、彼にも寂しさというものはあるんじゃないかと思い当たった。慌てて、リディの後を追う。
「帰る。帰ろう」
「なんかぼんやりしてっけど、大丈夫かぁ?」
「大丈夫だよ」
「ならいいけど」
心配はしても、深くは踏み込んでこない。程よい距離感が心地よかった。塞ぎ込んでいた心が、少し晴れるのを感じた。

リディコータイトには、パートナーがいない。それは彼の特異体質のせいだった。リディコータイトの身体は帯電する性質を持っている。戦闘も電撃を使って行う。トルマリン属の宝石にはよく見られる性質なのだが、リディコータイトは特に大きな電撃を扱うことが出来た。逆に言えば、加減することは難しいのだ。周りを巻き込むため、パートナーはおらず、ずっと一人で見廻りをこなしてきた。彼も随分長生きをしている。孤独を感じることはないのだろうか。
「雨だと暇だな?」
雨の日、ぼんやりと外を眺めるリディに声をかける。誰とも交わらず、一人佇む姿は寂しそうに見えたから。
「暇っつーか、退屈。さっさと暴れてぇぜ」
バチバチと掌で電気を鳴らす。リディは好戦的で豪快な性格だ。雨はしばらく止みそうにない。俺はリディの隣に居座って、一緒に雨を眺めた。
「一人での見廻りは、寂しくないか?」
「あぁ? 別に。一人で困ったことなんて、ねぇな!」
それは本心なのか強がりなのか。計りかねて、言葉が出ずにいると、リディはこんなことを口にした。
「あんたも一人になってみれば? 楽だぜ?」
「……そんなに強くないよ」
どんなに失う辛さを味わっても、一人ぼっちには耐えられそうもない。今も、縋り付ける誰かを求めている。俺を形作る誰かがいないと、立ち上がれない。
「そうか? あんたダイヤモンド属じゃん」
「それとこれとは話が別」
「ふーん。一人も悪くねぇけどな」
ゆるく笑うリディは、カッコよく見えた。彼のようになれたなら。よし、ものは試しだ。俺は一人に耐えられそうもないと、勝手に思い込んでいるだけかもしれない。しばらく、一人で行動しようと思った。

一人で行動して、二年経った。思ったよりも、俺は歩けていると思う。でも、寂しさや後悔が消えることはなかった。誰かと笑っていたい。失うのが怖い。矛盾した思いを抱えて、頭が重かった。
「よぉ、お兄様。一人の気分はどうだ?」
珍しく、リディから話しかけてきた。春の陽射しが美味しい午後、辺りは穏やかになびいていた。
「思ったよりもいい。けれど、やっぱり寂しい」
じきに慣れるぜ。俺は慣れた」
「その言い方だと、」
お前も寂しいみたいだ、と言いかけてやめた。気に触るかと思って。リディは伸びをしながら、欠伸をひとつした。
「今日は陽が美味えなぁ〜! 走りたくなるぜ」
「いい日だな。風も心地いい」
「なぁ、あそこの木の下まで競走しようぜ」
リディは嬉しそうに俺と話す。俺もリディとの時間が好きだと思う。一人が二人になるのは、そんなに難しいことだろうか。
「俺と脚の速さで競うなんて、千年早い」
「やってみなきゃ分からないだろ〜!」
せーの、で一直線に走り出す。初めは軽く走って、リディに勝たせていた。残り少なくなったところで、ぐん、と追い抜かす。
「あーーーー!!」
「はははは!!」
ゴールの木の下で寝転がり、声をあげて笑う。リディも俺の横に寝そべり、笑った。孤独が癒やされていく。こいつとなら、永遠を夢見てもいいと思えた。

「大丈夫、大丈夫……俺ならリディについていける。大丈夫」
ブツブツと独り言を呟きながら、一人廊下を歩いていた。もうすぐ冬だが、俺はリディとペアを組もうと言い出せずにいた。
「イエロー、おはよ! 今日もぼちぼちやろうぜ〜」
「リディ、」
「今日は逆方向だから、ここでバイバイだな。じゃあな!」
リディはあっという間に通り過ぎてしまった。また言えなかった。一人に誇りを持っている彼を、傷つけてしまう事が怖くて。リディの雷撃も、俺の脚なら避けられる。だから組んでも問題ない、と、それっぽい理由を並べて。君を丸め込もうとあれこれ考えるが、結局断られてしまいそうだ。ダメかなぁ、と遠くなった背中に呟く。本当は、俺がリディの側にいたいだけ。
いつ告白しようか、考えているうちに日没が迫っていた。太陽が真っ赤に輝いて、一面赤く染まっている。そろそろ学校に帰ろう。そう思い、踵を返した時だった。
「イヤァァアアアア!!」
遠くで誰かの叫び声が聞こえた。リディの声だ、とすぐに分かった。声のした方角を見る。黒点が閉じかけているのが見えた。
「リディ……!!」
俺は走った。脇目も振らず、ただ一目散に。間に合え。間に合え。間に合え。リディは強いから、一人でも大丈夫だ。そんな幻想をみんな見ていたんだ。リディは一人で大丈夫だと、勝手に思っていた。違う。あいつは一人でいたいわけじゃない。きっと、一緒に歩める誰かを待っている。そうだ、だから、俺とペアを組むんだ。必ず、伝えよう。違う、今はそんな事を考えている場合じゃない。走れ、走れ、走れ。割れてもいいから走れ。
「リディ、」
君の名前を呼ぶ。それだけで、強くなれる気がしたんだ。

日は暮れた。静かな草原に残されたのは、ほんの少しの君の欠片だけ。君はどこにもいない。なにがあったのかも分からない。俺はその場に崩れ落ち、泣くこともせずに呆然としていた。
「リディが、拐われた……」
頭で理解しても、心が追いつかなかった。また、俺のせいなのか? 俺が一緒にいれば、リディは拐われなかった? 俺が、俺はーー。
「少し休みなさい」
気づけば、先生に担ぎ上げられていて、俺の身体にはヒビが入っていた。ゆっくりと学校に戻る。先生に揺られながら、俺はリディの笑顔を思い出して、泣いた。永遠は、やっぱり夢幻だったんだ。

「ボルツとジルコンが組むよう、先生に推してみる」
あれから時は経ち、俺はやっぱり一人ではいられなくて、ジルコンと組んでいた。でも、やっぱり失う恐怖が拭えなくて、離れる選択をした。ボルツと一緒なら、大丈夫だろう。一人じゃないのなら。
「悪くない選択だと言ってくれよ。長いこと考えすぎて疲れてんだ」
パパラチアから返事はない。俺はリディコータイトを思い出す。ルビー、サファイア、グリーン、ピンクを思い出す。俺と組んでいても、一人でもいなくなるのなら、誰かに託せばいい。
「リディ、お前はまだ一人か?」
空にうっすらと浮かぶ、真昼の月に問いかける。もし、再会が許されるなら。お前の孤独は俺が埋めたいんだ。また、あの木の下まで競走をしよう。そして、笑い転げて眠りにつこう。次に出会う時は、そこに永遠があると信じて。
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