名刺SSまとめ
嫌われている/フェナカイト
剣の切先が欠けた。不本意ではあるが、僕の誇りをそのままにしておくわけにはいかない。僕はドンブルを訪ねる。ドンブルは僕の顔を見ると、予想通り顔を顰めた。
「何の用だ、薄情者」
「おやおや、随分な物言いだ。いつものことですがね」
僕は欠けた剣を差し出す。ドンブルは黙って受け取り、修正作業を始める。
「材料がない。この剣を削って形を整えるがいいか」
「お任せしますよ。貴方のその腕に関しては信用してますので」
「ふん。腕に関しては、ね」
ドンブルの仕事を黙って見届ける。彼からの一方的な嫌悪は、自分を自覚出来て案外嫌いじゃなかった。
記憶は昔に捨ててきた/カオリナイト
今日は一日中雨らしい。朝起きるのも憂鬱なくらい、雨は嫌い。なにかを忘れてしまいそうで。右腕の傷も、少し痛むような気がする。
「……忘れたこと、怒ってるの?」
問いかけても、返事をする顔を思い描くことすら出来ない。貴方はどんな子だったの? 私にとって、どんな大事な存在だったの?
「ラブラ、もう少しだけ貴方を貸してね」
まっさらな気持ちで貴方にまた出会うこと、夢に見ない日はないの。だから、約束を守れなかった私を許して頂戴。お願い。
あの花の名前はなんだったか/オニキス
趣味の石集めのために緒の浜に出る途中、野原で見覚えのある花を見つけた。名前は知らない。遠い昔に、勉強熱心なシリマナイトが、シェーライトに嬉しそうに教えていたのを、また聞きしただけなので思い出せない。二人とも今は月へ行ってここにいない。苦く悔しい想いに支配される。本当は想い人を思い出す時くらい、温かな思い出に包まれたい。その方が思われてる方も嬉しいだろ。
(俺は何の為にここに残された?)
気がつけば最年長だ。生きてる奴が一番偉いと、歳下に偉そうに言うのは。もう誰も、いなくなってほしくないから。
太陽に触りたかった/キャシテライト
「月へ行ったら、太陽は近くなるかなぁ」
そう呟けば、ラブラドライトは意味が分からないという顔をした。なんで?と問うので、
「太陽に触ってみたいんよ、うち」
と答えたら、ますます分からない、と顔で抗議してくる。太陽に触れたいという欲を、説明するのは難しかった。ただ触ってみたい。
「月へ行ったら連れてってくれんかなぁ」
「それで月へ行くの!?やめなよ、危ないから〜!!」
うちの希望的観測は、やはり他の石には理解出来ないらしい。でも、月へ行ったらいろいろと叶う気がするんだけどな。
遠くの空へ/グランディディエライト
漆黒の中に輝く砂粒が散りばめられたような空。見慣れない空の色にも慣れてきた。月へ来て三年。まだスピネルは来ない。遥か遠くの空の、自分の生まれた星を見る。冴えた青が懐かしい。
(君は俺がいなくなって、悲しんでくれただろうか)
胸を痛めたなら嬉しいと、意地悪なことを考える。月での生活はよかった。知らない大地、知らない空。踏み出すたびにワクワクする。地上で満たされなかった心が、満ちるのを感じる。だけど、君を裏切るなんて出来なかったから、せめて君を共犯にしたいと思う。
(遠くの空へ。今日のスピネルはなにしてる?)
君とこの空を見るのを楽しみにしてる。空を見上げながら語らって、君の決断を聞こう。俺はどんな答えでも従うよ。
快晴/スピネル
晴れやかな朝は好きだ、気持ちよく鍛錬が出来る。でも日が高くなるまで晴れていると、自分の責任を全う出来るか不安に駆られる。快晴とは裏腹に、俺の心は曇る。晴れていれば月人が来る。二人を、みんなを奪った月人が。
(みんなを守り抜かなければ)
自分を責め立てる声から逃げたくなる。逃げてはダメだと空を睨む。お前に託す、そう言われたんだ。託されたものは守らなければならない。陽の光が美味しいことも忘れて、俺は快晴の空の下、剣を握りしめていた。
届かぬ想い/ギューダ
届かぬ想いを抱いている。届けようとしてないんだから当然だけど。君のことを大切に思っているけれど、それを知られるのは恥ずかしくて、どうしたって言葉にはならない。君が僕だけを好いている、そんな確証があれば話は別だけど。君は誰にだって優しい。
「ギューダ、寝てないで見廻り行くよ!」
「あと十分」
君を少しだけ困らせたくて、いつも子供のような駄々をこねる。呆れた君がそれでも諦めず、僕の横に座ることにこの上ない幸福を覚える。君が隣にいるだけで満足するなら、こんな想い届かなくたってどうでもいいじゃないか。
「十分経った!もう行くよ!」
「あとちょっと」
痺れを切らした君が僕の腕を引っ張る。壊れることのないように、この距離を保つんだ。
モンシロチョウ/オニキス
「モンシロチョウ、好きだったっけか?」
スピネルが学校に迷い込んだチョウと、指先で戯れていた。白い鱗粉を落とすチョウを慈しむように、優しい眼差しを向ける。
「シリマナイトが教えてくれたから、思い出す」
スピネルの表情に影が差す。久々に聞いた思い石の名前に、動揺する自分がいた。忘れたいような、それでもこびりついて離れない名前。
「そうだっけ」
遠くを見つめて、誤魔化した。思い出せてよかったと思う。思い出してまた自分の罪を責める。あの日俺の身代わりになったあの子の、生きた意味を探し続けている。
愛があれば/プラシオライト
「貴方は私を愛していると言うけれど、愛があれば何でも出来るの?」
氷のように透き通った瞳で君は問う。僕は勿論、間髪入れずに頷く。君は納得いかない様子で顔を顰めた。
「貴方は私が砕けろと言ったら、意味もなく自らを砕くと言うの?」
「アデュー、君が望むなら。僕は喜んで砕け散るし、海にも嵐にも身を投げよう。けれど、そんな行為に意味がないことくらい、聡明な君なら分かるはずだ」
そんなことで確認などしなくとも、僕の君への愛は揺らがないのに。君が不安にならないように、僕の愛を証明出来たのなら。その為なら、僕はなんだって出来るよ。
剣の切先が欠けた。不本意ではあるが、僕の誇りをそのままにしておくわけにはいかない。僕はドンブルを訪ねる。ドンブルは僕の顔を見ると、予想通り顔を顰めた。
「何の用だ、薄情者」
「おやおや、随分な物言いだ。いつものことですがね」
僕は欠けた剣を差し出す。ドンブルは黙って受け取り、修正作業を始める。
「材料がない。この剣を削って形を整えるがいいか」
「お任せしますよ。貴方のその腕に関しては信用してますので」
「ふん。腕に関しては、ね」
ドンブルの仕事を黙って見届ける。彼からの一方的な嫌悪は、自分を自覚出来て案外嫌いじゃなかった。
記憶は昔に捨ててきた/カオリナイト
今日は一日中雨らしい。朝起きるのも憂鬱なくらい、雨は嫌い。なにかを忘れてしまいそうで。右腕の傷も、少し痛むような気がする。
「……忘れたこと、怒ってるの?」
問いかけても、返事をする顔を思い描くことすら出来ない。貴方はどんな子だったの? 私にとって、どんな大事な存在だったの?
「ラブラ、もう少しだけ貴方を貸してね」
まっさらな気持ちで貴方にまた出会うこと、夢に見ない日はないの。だから、約束を守れなかった私を許して頂戴。お願い。
あの花の名前はなんだったか/オニキス
趣味の石集めのために緒の浜に出る途中、野原で見覚えのある花を見つけた。名前は知らない。遠い昔に、勉強熱心なシリマナイトが、シェーライトに嬉しそうに教えていたのを、また聞きしただけなので思い出せない。二人とも今は月へ行ってここにいない。苦く悔しい想いに支配される。本当は想い人を思い出す時くらい、温かな思い出に包まれたい。その方が思われてる方も嬉しいだろ。
(俺は何の為にここに残された?)
気がつけば最年長だ。生きてる奴が一番偉いと、歳下に偉そうに言うのは。もう誰も、いなくなってほしくないから。
太陽に触りたかった/キャシテライト
「月へ行ったら、太陽は近くなるかなぁ」
そう呟けば、ラブラドライトは意味が分からないという顔をした。なんで?と問うので、
「太陽に触ってみたいんよ、うち」
と答えたら、ますます分からない、と顔で抗議してくる。太陽に触れたいという欲を、説明するのは難しかった。ただ触ってみたい。
「月へ行ったら連れてってくれんかなぁ」
「それで月へ行くの!?やめなよ、危ないから〜!!」
うちの希望的観測は、やはり他の石には理解出来ないらしい。でも、月へ行ったらいろいろと叶う気がするんだけどな。
遠くの空へ/グランディディエライト
漆黒の中に輝く砂粒が散りばめられたような空。見慣れない空の色にも慣れてきた。月へ来て三年。まだスピネルは来ない。遥か遠くの空の、自分の生まれた星を見る。冴えた青が懐かしい。
(君は俺がいなくなって、悲しんでくれただろうか)
胸を痛めたなら嬉しいと、意地悪なことを考える。月での生活はよかった。知らない大地、知らない空。踏み出すたびにワクワクする。地上で満たされなかった心が、満ちるのを感じる。だけど、君を裏切るなんて出来なかったから、せめて君を共犯にしたいと思う。
(遠くの空へ。今日のスピネルはなにしてる?)
君とこの空を見るのを楽しみにしてる。空を見上げながら語らって、君の決断を聞こう。俺はどんな答えでも従うよ。
快晴/スピネル
晴れやかな朝は好きだ、気持ちよく鍛錬が出来る。でも日が高くなるまで晴れていると、自分の責任を全う出来るか不安に駆られる。快晴とは裏腹に、俺の心は曇る。晴れていれば月人が来る。二人を、みんなを奪った月人が。
(みんなを守り抜かなければ)
自分を責め立てる声から逃げたくなる。逃げてはダメだと空を睨む。お前に託す、そう言われたんだ。託されたものは守らなければならない。陽の光が美味しいことも忘れて、俺は快晴の空の下、剣を握りしめていた。
届かぬ想い/ギューダ
届かぬ想いを抱いている。届けようとしてないんだから当然だけど。君のことを大切に思っているけれど、それを知られるのは恥ずかしくて、どうしたって言葉にはならない。君が僕だけを好いている、そんな確証があれば話は別だけど。君は誰にだって優しい。
「ギューダ、寝てないで見廻り行くよ!」
「あと十分」
君を少しだけ困らせたくて、いつも子供のような駄々をこねる。呆れた君がそれでも諦めず、僕の横に座ることにこの上ない幸福を覚える。君が隣にいるだけで満足するなら、こんな想い届かなくたってどうでもいいじゃないか。
「十分経った!もう行くよ!」
「あとちょっと」
痺れを切らした君が僕の腕を引っ張る。壊れることのないように、この距離を保つんだ。
モンシロチョウ/オニキス
「モンシロチョウ、好きだったっけか?」
スピネルが学校に迷い込んだチョウと、指先で戯れていた。白い鱗粉を落とすチョウを慈しむように、優しい眼差しを向ける。
「シリマナイトが教えてくれたから、思い出す」
スピネルの表情に影が差す。久々に聞いた思い石の名前に、動揺する自分がいた。忘れたいような、それでもこびりついて離れない名前。
「そうだっけ」
遠くを見つめて、誤魔化した。思い出せてよかったと思う。思い出してまた自分の罪を責める。あの日俺の身代わりになったあの子の、生きた意味を探し続けている。
愛があれば/プラシオライト
「貴方は私を愛していると言うけれど、愛があれば何でも出来るの?」
氷のように透き通った瞳で君は問う。僕は勿論、間髪入れずに頷く。君は納得いかない様子で顔を顰めた。
「貴方は私が砕けろと言ったら、意味もなく自らを砕くと言うの?」
「アデュー、君が望むなら。僕は喜んで砕け散るし、海にも嵐にも身を投げよう。けれど、そんな行為に意味がないことくらい、聡明な君なら分かるはずだ」
そんなことで確認などしなくとも、僕の君への愛は揺らがないのに。君が不安にならないように、僕の愛を証明出来たのなら。その為なら、僕はなんだって出来るよ。
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