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金剛・エクメア・ウェントリコスス・その他

神様ってなに?/金剛

「先生〜神様ってなあに?」
「それは」
説明に困った。神様とはかつて人間が信仰していたもので、創造主のことであるが、彼らに渡せる言葉で納得してもらうのは難しい。しばし長考し、最適な言葉を探し出す。
「誰かに見守られていると感じると、強くなれることがある。見えない誰かが、自分を守ってくれていると感じること。その対象を神様という」
「うーん、難しくて分かんなーい」
愛らしく悩む彼の頭を撫でてやる。出来ることなら、知らないでいて欲しい概念だ。

恋/お相手不問

「おはよう」
貴方の声が身体に響く。その響きだけで、光をたくさん吸収して反射してしまう。
「お、おはよう」
震えた声で返事をする。微笑んで背を向ける貴方から、視線が外せない。砕けてもいいから、その背中に飛びついてみたくなる。どうしてこんなにも、貴方と私は違うのだろう。頭の先からつま先、白粉の下まで、貴方の全部が欲しいのだ。全部、一欠片も残さず。シロチョウが破裂するみたいに、弾け飛びそうなこの心を隠して、今日も貴方の隣に立つ。

後悔を憶う/ウェントリコスス

「王、なにを見ているの?」
遠く向こうの浅瀬の方角を、遠い目で見つめている王に声かけた。王は振り返ると、寂しそうな顔で笑いかける。
「うむ。友達の故郷の方を見ていたのじゃ。ここからじゃ遠くて見えんがの」
またそちらを見やる王の横顔は、悔やんでいるように見えた。押し黙っていると、急に王は私の小さな身体を抱き上げる。
「わ、どうしたの?」
「なぁ。お前はどうか、友達を騙したり、裏切ったりしないでおくれ。約束じゃ」
私を抱き締める腕は、微かに震えていた。

永遠の課題/エクメア

「王子、思い詰めるくらいならお茶にしない?」
黄昏時、窓際で肩を落とす王子に声をかけた。王子は力無く振り向くと、小さく頷く。私は、とっておきのフレーバーティーを淹れて差し出した。いい香りが漂う。
「人間を作る研究はどうなってる?」
「もう全然! 五里霧中よ」
努めて明るく振る舞えば、ため息を返されてしまう。閉塞感と停滞感は、目に見えてみんなを蝕んでいた。お茶を流し込む。その感覚も慣れきってしまった。
「そのうちきっと、なにもかも解決するわ」
信じられないくらいの気休めを、ひとつ溢して。

月/アクレアツス

「殿下、月が綺麗です」
「月か……」
海底から空に浮かぶ月を見上げる。アクレアツス殿下は、複雑な表情をしていた。彼が月から逃げてきた事を思い出し、軽率な感想を口にしたと反省する。
「すみません、無遠慮でした」
「いや……お前がそう思える場所に産んでよかった」
手招きをされて、そっと抱き寄せられる。メスの私より筋肉質な身体に、少し緊張する。やわらげるように、殿下は私を撫でた。
「早くみんなも取り戻したいな」
殿下の決意を、しっかりと聞いた。私が受け継ぐべき使命。はい、と誓うように返事をした。

最後の日/金剛

「お茶でも飲むかい?」
細かな整備が済んだ頃、彼は訪ねてきた。眼鏡をかけて柔らかな物腰の彼は、博士の古き友人だ。
「いただきます」
「君と飲むお茶は特別だよ。いろんなことを忘れさせてくれる」
滅びゆく人間の世界。その最中にあって、この時間は酷く静かで落ち着いたものだった。空に彗星が瞬く。地響きも酷い。それでも、優しい時間だった。
「僕もそろそろ死んじゃうのかなぁ。死ぬのは怖いよ」
不安そうに笑う貴方を、安心させる言葉を持たない。黙っていると、貴方は縋るように言った。
「僕のために祈ってね、金剛」

失われた/金剛

「ーーは、インクルージョンの記憶の行方が不明で、再生出来なかったわ」
「……そうか」
ユークレースから報告を受ける。この結論は予測していた。それでも、道具でしかない私でも、彼を失ったことに胸を痛める。あの子は優しい子だった。その優しさで、自らを砕いてしまった。私は、彼を救うことが出来なかった。間違いだらけ、欠陥だらけの私は、どうしたら彼の崩壊を止められただろう。
「すまない」
空気に溶けた懺悔の言葉は、どこに流れ着くのだろう。

ね、先輩/ブルーゾイサイト

作家先生は今日もペンを走らせる。風は吹き抜けない月での生活も慣れてきた。全て充足した世界の中、満たされないなにかを君は書く。
「書けたら1番に私に見せてね」
「……どーすっかなぁ」
少し意地の悪い笑みを浮かべて、ブルーゾは私を見る。私の想いなど、全て見透かされているのだと。降参して敢えて幼い我が儘をぶつける。
「君に文字を書くのを教えたのは私でしょう?」
「先輩、まだ恋人出来たこと怒ってんのか?」
「……そうだよ」
君が文字の海を泳げるように、手引いたのは私なのに。それこそ言葉と同じように、すり抜けていく貴方が憎い。

追憶の果て/お相手不問

死のない私達は、砕け散ってどこへと向かう? 崩れていく身体、遠のく意識の中、私に必死に手を伸ばす貴方を見た。月人が私に群がり、その手が私の欠片を盗んでいく。やめて。私はまだあの子と一緒にいたい。
「来ちゃダメ!」
本心を必死で押し殺して、警告する。恐い、恐いよ、側にいて。どうか私を取り戻して。そんなワガママ言えない。月に行くのは私一人で充分よ。
「ーー!!」
貴方がなにか叫んだ気配だけ感じる。なんて言ったのかは聞き取れない。口惜しいな。私がいなくなって、みんなは偲んでくれるだろうか。いつの日か、追想する時間も減って、追憶の底に沈んでしまうだろうか。少しでも長い間、貴方が私を覚えていますように。最後に呪いのような祈りをひとつして。

春爛漫/ブルーゾイサイト

春が来た。貴方がいない春が。幾度となく巡り来る季節。花が咲き乱れ、虫たちが飛び交う。温い風が北へ抜ける。寝ぼけ眼で、生まれ変わった世界を見る。貴方が連れ去られてからの千年が、夢であったらいいのにと思う。
(お前はほんとにとろくせぇな)
貴方の声はまだ覚えている。乱暴な貴方が、繊細な言葉を紡ぐことに惹かれていた。ねぇブルーゾ、貴方はこの季節をなんと例える?春爛漫の景色の中に、貴方はなにを見いだすの?出来ることなら、この季節にもう一度だけでもいい、会いたい。
「あの日から春が嫌いなの」
私の声は春の陽射しの中に溶けた。
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