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本編

緩やかな風が花の香りを運ぶ午後。私はほうきを手に、校内の清掃をしていた。長い廊下を、丁寧を心がけて掃く。学校は綺麗に保つのが一番だ。汚れていて、万が一躓いて転んでしまえば、私達は損傷してしまう。事故は未然に防ぐべきだ。地味な作業と思われても、手を抜くわけにはいかない。私はひたむきにほうきを動かした。気がつけば陽が傾いて、斜陽が窓から差し込む。この時間になると、みんなが私に報告に訪れる。今日も一日、問題なく過ぎただろうか。一抹の不安を胸に、誰からやってくるのか待った。
「議長、報告だ。いいか」
「コーラル。もちろんだ、頼む」
クラゲの飼育担当の、コーラルが最初だった。コーラルは淡々と報告を始めた。
「クラゲの数は108匹、昨日から変わりなし。様子のおかしいクラゲもいない。餌の食いつきも良好。昨日の見廻りで、アメシストが海で拾ってきたクラゲを保護した。病気になっていないか確認したのち、池に合流させる」
「びょーき?」
聞き慣れない単語に聞き返せば、コーラルは眉を寄せたが、やがてあぁ、と説明をしてくれた。
「病気というのは、身体に異常が出るもので、動けなくなったり、食べ物が食べられなくなったりして、弱ることだ。最悪の場合、死んでしまう」
「怖いものだな……どうしたら、病気はなくなるんだ?」
「良質な環境と食べ物を与えて、安静にさせるしかない」
「? それなら、早く池に入れてやった方がいいんじゃないか?」
「病気は伝染することがある」
「でんせん……?」
更に分からない言葉が出てきて、混乱する。コーラルは少し苛立ちを見せながらも、私に丁寧に説明してくれた。
「病気が、他のクラゲにうつることだ。病気のクラゲが同じ空間にいると、周りのクラゲも病気になる」
全く異次元の話をされている気分だった。なぜなのか、と問いそうになったが、コーラルが不機嫌になると困るので口を噤んだ。
「そ、そうか……とにかく、クラゲは元気なんだな」
「あぁ。問題ない」
「報告、ご苦労だった。ありがとう」
コーラルは軽く頭を下げると、池の方へ戻っていく。後ろ姿を眺めながら、何故コーラルが病気のことを知っているのか、気がかりだった。コーラルの出自は謎が多い。それでも、先生が私たちと同じように名付け、仲間に迎え入れたのだから、私も仲間として彼を受け入れたい。コーラルは、正直みんなと馴染めていない。彼がそれを望んでいないように感じる。議長として、上手く導いてやれればよいのにと、自分の不甲斐なさを恥じる。コーラルがみんなと仲良くなるためには、まずは私が彼を知るところからだ。恐るなジェード、きっと分かり合える。明日は必ずや、コーラルの冷めた瞳の奥へ踏み込んでみせる。私は自分を奮い立たせた。
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