本編
空が厚い雲に覆われた、曇りの日。このまま天気は崩れて雨になる予報だったので、見廻り組は自由行動が許された。僕はなにをしようか考えながら、談話室を覗いてみた。真昼の透き通った空のような、薄いブルーの頭が2つ、語らっている。ヘミモルとラリマーは、一緒にいることが多くて、似たような色をしているから、その様子は2人が双晶みたいに思える。なにを話しているのか気になって、僕も窓際の端から椅子を持ってきて、横に座った。
「こんにちは。なにを話してるの?」
「やぁ、ゴーシェ。そうだね、天気の話とか、今年の草花の様子とか。まぁ取り留めのない話さ」
穏やかなラリマーとは対照的に、ヘミモルは一瞬こちらを睨んだ。分かりやすいなぁと苦笑いした。ヘミモルがラリマーを好きなのは誰から見ても明らかなのに、ラリマー本人は気付いてないのだから不思議だ。
「モリオンはどうしたの?」
「あぁ……それが今の気がかりでね。朝礼から姿が見えない。また変なことをしてないといいんだけど」
「ねー怖ーい。モリオンの奇行ってどうにかなんないの?」
「そうだねぇ……」
ヘミモルが怖がるように、モリオンの奇行に困ってる子は多い。でも、誰が止めてもモリオンが研究をやめることはなさそうだった。僕でもなんとなく想像がつく。
「俺もいつも止めてはいるんだけどね。お兄さんの言うことは聞いてくれないんだ」
「苦労するね」
「本当だよ! あいつには振り回されてばかりさ」
ラリマーはモリオンのことを迷惑だと言うけれど、彼からモリオンの話は途切れることはなかった。きっと、本当は嫌いでも迷惑でもないのだろう。やっぱりそれは僕じゃなくても分かるようで、ヘミモルは膨れっ面でご機嫌斜めだ。
「あ、雨降ってきたよ! ラリマー、雨ってどうして降るの?」
「ん? 前も話さなかったっけ。空気中の水蒸気が……」
これみよがしに話題を変えて、ラリマーがヘミモルに向き直ると満面の笑みを見せる。恋する石は大変だなぁとしみじみと思った。どんよりと重たい空を見上げる。モリオンはどこでなにをしてるんだろう。
その夜、モリオンは全身泥だらけで帰ってきた。服まで泥で汚れていたから、レッドベリルにこっぴどく叱られていた。汚れた服を引っ剥がされて、池の淵に丸裸で一人縮こまっている背中に、声をかけてみた。
「随分怒られてたね。懲りた?」
「ぜーんぜん」
顔を見合わせたら、独特な笑い声で笑い出すので、僕も笑ってしまった。
「どうして今日は泥だらけになったの?」
「んー僕たちって光を食べてるでしょぉ? 光を食べて、それをエネルギーにして動いてるわけだよねぇ。だから今日みたいに光が少ない日に、汚れて光が食べられなくなったら、死ねるかと思ったんだよぉ」
残念そうな声とは裏腹に、瞳はらんらんと輝いていた。そうか、泥だらけになるのにも理由がちゃんとある。きっと、どんな奇行にも理由があるんだろう。モリオンの死にたいは、衝動的でなく理知的なのだ。
「モリオンは、どうしてそんなに死んでみたいの?」
そう質問すると、モリオンはきょとんとした表情を見せた後、爽やかな笑顔でこう言ってみせた。
「出来ない、って言われると、余計にやってみたくなるでしょぉ?」
「あー、ちょっと分かるかも」
「死なない生命体の僕らも、死ねるのか。なんで他の生き物は死ぬのか。死に意味はあるのか。知りたいことが尽きないんだぁ」
モリオンは僕より随分歳上なのだけど、話をするモリオンは子供のように無邪気だった。可愛らしくて、うんうんと笑顔で聞いていると、モリオンはすらすらと語ってくれた。
「子供の頃ねぇ、照明クラゲを2つに千切ったんだ」
「酷いことするね?」
「死んじゃうなんて知らなかったからねぇ。訳も分からず何匹も死なせちゃって、先生に怒られたんだぁ。それで、「死ぬ」ってことと「お墓」を教えてもらったの」
「お墓?」
「死んだ者を悲しんで慰める標なんだよぉ。今も死なせちゃったクラゲとか虫はお墓に埋めてる」
無駄に殺したりしないんだな、と感心する。いや、死なせないのが一番なんだろうけど。
「そうだったんだね」
「うん。初めて喋ったかも。キャキャキャ」
池の中を照明クラゲがゆらゆらと漂う。優しい穏やかな時間が流れている。モリオンと今まで仲が良かったわけではない。しっかり話を聞いたのは、今夜が初めてだ。それなのに、なにか大事な、素敵な秘密を打ち明けられた気がして、僕は少し緊張した気分になった。なにか意味はあるんだろうか。隣のモリオンは、ご機嫌で晴れた夜空を見上げている。あまり考えなくていいか。この時間を大事にしよう。
「モリオンは、賢いんだね」
「そう? ありがとぉ〜」
みんなが思っているより、モリオンの側は落ち着いた。クォーツ属のアメシストやゴーストが懐くのも、なにか腑に落ちた。クォーツ属はみんな、ユニークでマイペース。
「モリオン〜!服洗ったよ!受け取りに来て!」
レッドベリルの声が聞こえる。モリオンはゆっくり立ち上がる。声にならない声が漏れた。
「ゴーシェ、ありがとう。なんか楽しかったよぉ」
「……うん。僕も」
微笑めば、返されて、そっと距離が離れる。なんだか温もりを感じるような余韻が心地よい。夜空を見上げる。星が一つ流れる。あ、今度見る時は彼と見たいかも。そんなこと考えるようになっていて。モリオンには、モリオンにしか見えてない世界があること。それを知る事が出来て、僕はよかったと思った。
「こんにちは。なにを話してるの?」
「やぁ、ゴーシェ。そうだね、天気の話とか、今年の草花の様子とか。まぁ取り留めのない話さ」
穏やかなラリマーとは対照的に、ヘミモルは一瞬こちらを睨んだ。分かりやすいなぁと苦笑いした。ヘミモルがラリマーを好きなのは誰から見ても明らかなのに、ラリマー本人は気付いてないのだから不思議だ。
「モリオンはどうしたの?」
「あぁ……それが今の気がかりでね。朝礼から姿が見えない。また変なことをしてないといいんだけど」
「ねー怖ーい。モリオンの奇行ってどうにかなんないの?」
「そうだねぇ……」
ヘミモルが怖がるように、モリオンの奇行に困ってる子は多い。でも、誰が止めてもモリオンが研究をやめることはなさそうだった。僕でもなんとなく想像がつく。
「俺もいつも止めてはいるんだけどね。お兄さんの言うことは聞いてくれないんだ」
「苦労するね」
「本当だよ! あいつには振り回されてばかりさ」
ラリマーはモリオンのことを迷惑だと言うけれど、彼からモリオンの話は途切れることはなかった。きっと、本当は嫌いでも迷惑でもないのだろう。やっぱりそれは僕じゃなくても分かるようで、ヘミモルは膨れっ面でご機嫌斜めだ。
「あ、雨降ってきたよ! ラリマー、雨ってどうして降るの?」
「ん? 前も話さなかったっけ。空気中の水蒸気が……」
これみよがしに話題を変えて、ラリマーがヘミモルに向き直ると満面の笑みを見せる。恋する石は大変だなぁとしみじみと思った。どんよりと重たい空を見上げる。モリオンはどこでなにをしてるんだろう。
その夜、モリオンは全身泥だらけで帰ってきた。服まで泥で汚れていたから、レッドベリルにこっぴどく叱られていた。汚れた服を引っ剥がされて、池の淵に丸裸で一人縮こまっている背中に、声をかけてみた。
「随分怒られてたね。懲りた?」
「ぜーんぜん」
顔を見合わせたら、独特な笑い声で笑い出すので、僕も笑ってしまった。
「どうして今日は泥だらけになったの?」
「んー僕たちって光を食べてるでしょぉ? 光を食べて、それをエネルギーにして動いてるわけだよねぇ。だから今日みたいに光が少ない日に、汚れて光が食べられなくなったら、死ねるかと思ったんだよぉ」
残念そうな声とは裏腹に、瞳はらんらんと輝いていた。そうか、泥だらけになるのにも理由がちゃんとある。きっと、どんな奇行にも理由があるんだろう。モリオンの死にたいは、衝動的でなく理知的なのだ。
「モリオンは、どうしてそんなに死んでみたいの?」
そう質問すると、モリオンはきょとんとした表情を見せた後、爽やかな笑顔でこう言ってみせた。
「出来ない、って言われると、余計にやってみたくなるでしょぉ?」
「あー、ちょっと分かるかも」
「死なない生命体の僕らも、死ねるのか。なんで他の生き物は死ぬのか。死に意味はあるのか。知りたいことが尽きないんだぁ」
モリオンは僕より随分歳上なのだけど、話をするモリオンは子供のように無邪気だった。可愛らしくて、うんうんと笑顔で聞いていると、モリオンはすらすらと語ってくれた。
「子供の頃ねぇ、照明クラゲを2つに千切ったんだ」
「酷いことするね?」
「死んじゃうなんて知らなかったからねぇ。訳も分からず何匹も死なせちゃって、先生に怒られたんだぁ。それで、「死ぬ」ってことと「お墓」を教えてもらったの」
「お墓?」
「死んだ者を悲しんで慰める標なんだよぉ。今も死なせちゃったクラゲとか虫はお墓に埋めてる」
無駄に殺したりしないんだな、と感心する。いや、死なせないのが一番なんだろうけど。
「そうだったんだね」
「うん。初めて喋ったかも。キャキャキャ」
池の中を照明クラゲがゆらゆらと漂う。優しい穏やかな時間が流れている。モリオンと今まで仲が良かったわけではない。しっかり話を聞いたのは、今夜が初めてだ。それなのに、なにか大事な、素敵な秘密を打ち明けられた気がして、僕は少し緊張した気分になった。なにか意味はあるんだろうか。隣のモリオンは、ご機嫌で晴れた夜空を見上げている。あまり考えなくていいか。この時間を大事にしよう。
「モリオンは、賢いんだね」
「そう? ありがとぉ〜」
みんなが思っているより、モリオンの側は落ち着いた。クォーツ属のアメシストやゴーストが懐くのも、なにか腑に落ちた。クォーツ属はみんな、ユニークでマイペース。
「モリオン〜!服洗ったよ!受け取りに来て!」
レッドベリルの声が聞こえる。モリオンはゆっくり立ち上がる。声にならない声が漏れた。
「ゴーシェ、ありがとう。なんか楽しかったよぉ」
「……うん。僕も」
微笑めば、返されて、そっと距離が離れる。なんだか温もりを感じるような余韻が心地よい。夜空を見上げる。星が一つ流れる。あ、今度見る時は彼と見たいかも。そんなこと考えるようになっていて。モリオンには、モリオンにしか見えてない世界があること。それを知る事が出来て、僕はよかったと思った。