本編
太陽が空の真上に昇る、少し前の時間帯。夜の見廻りの仕事を終え、シンシャは洞窟でうとうとと微睡んでいた。何を夢見ているのか、その表情はころころと変化する。眉間の皺が消え、安らかな寝顔になった、その時だった。ゴンッと外で大きな衝突音があった。
「!?」
シンシャは飛び起きて、おそるおそる外の様子を伺った。洞窟の真ん前には、砕け散ったモリオンが散らばっていた。
「シンシャ〜割れちゃったぁ」
「干潮に飛び降りたのか!? 当たり前だろ!!」
モリオンの頭は胴から離れていて、なんなら頭にもヒビが入っているが、問題なく彼は喋った。特異体質とでも言うべきだろうか。呆れた顔をしながらも、潮が満ちれば波に拐われてしまうと、シンシャは急いでモリオンの欠片を集めた。
「いい加減、やめたらどうなんだ。死の研究なんて」
「嫌〜やめなーい」
ケタケタと笑うモリオンに、シンシャは心底がっかりした。この状況も、おそらくモリオン自身が好奇心に耐えられず、岬から身を投げたのだろう。彼は死にたがりだった。宝石達には訪れない、死という現象に強く興味を持ち、研究していた。そのために無謀で無茶な実験を繰り返すので、周囲の宝石は辟易しているのだ。モリオンの欠片をあらかた拾い集め、潮の来ない場所に置く。そして、事態を報告するためにシンシャは学校へ歩き出した。久々の陽の光の下に、シンシャは目を細めた。
「大体、こんな晴れの日に、見廻りを放り出して勝手なことを……」
「ごめんよぉ」
「謝るなら反省してくれ」
「は〜い」
全く反省の色が見えないモリオンに、シンシャは溜め息を吐く。また懲りずに似たようなことをするだろう。俺が言ってもこれ以上は聞かないだろうと、シンシャは説教を諦めた。
「でも、学校へ行く口実になったでしょう?」
モリオンの口元は笑っていた。シンシャは目を見開いたあと、思いっきり顔を顰 めた。
「俺に気を遣ってるつもりか?……馬鹿馬鹿しい」
「キャキャキャ。君もたまには陽に当たらないと」
「大きなお世話だ」
モリオンを抱える腕に力がこもる。それだけでモリオンは満足だった。
モリオンの事がジェードやユークレースに報告され、虚の岬へルチルが欠片を回収しに行った。もう一度、シンシャとルチルで欠片が残っていないか確認をして、ルチルがモリオンを持って帰る。シンシャは、洞窟に戻って睡眠の続きをとった。学校に戻ると、早速ルチルは治療に入った。ジェードと、モリオンとペアのラリマーがそれを手伝う。陽が傾き始めた頃には、モリオンの身体はほとんど元通りになった。
「みんなありがとぉ〜」
「まったく……これに懲りたらもうしないでくれ」
「うーん、どうだろぉ」
ジェードの懇願を、モリオンは曖昧に流す。ルチルは慌てた様子で、足元を忙しなく見たり欠片を包んでいた布をひっくり返していた。
「どうした?」
「おかしいんです、もう欠片はないのに、左手薬指だけ欠けたままで……もしかして、拾い損ねたのでしょうか……」
「あーそれ、元からないよぉ」
落ち着きなく青い顔のルチルに、モリオンは間の抜けた声であっけらかんとそう言った。ルチルは目を丸くし、医者として聞き捨てならないと詰め寄る。
「元からない?どういうことですかそれは」
「ラピスにあげちゃったから、左手薬指は元々ない」
「あげた!? 薬指を!?」
相方のラリマーも全く知らなかったようで、驚嘆の声を出す。ジェードも信じられないものを見る目で、モリオンを見た。
「な、なんでそんなことを……」
「んー僕もよく分かんないけど、渡したらずっと一緒にいれる気がしたんだよぉ」
本人が分からないことを、他者が理解するのは困難だった。皆、一様に理解出来ないと匙を投げたのだった。
「本当に、お前のすることは意味が分からないな!」
「えーそんなに?」
「なにもかもだ!」
怒るラリマーに怯むことはなく、モリオンはいつも通りケラケラ笑った。モリオンに後悔はないようだが、ルチルは欠けたままの指がどうしても気になった。
「すみません、医者として見過ごせないので、貴方の指は何か別の石で補いますよ」
「あーそれだったらお願いがあるぅ」
なにを言われるのか、とルチルは身構えた。
「新しい指はラピスラズリがいいなぁ。在庫ある?」
「……確認します」
とんでもない無茶な要求ではなかったので、ルチルは胸を撫で下ろす。たくさんのストックの中から、インクルージョンのないラピスラズリを選び、指の形に整形した。モリオンの指に接着して、馴染ませる。
「やっぱり、君は綺麗だなぁ」
白粉を塗る前、モリオンは月明かりに自分の新しい指を透かしていた。パイライトが反射して光る。目を細めて、モリオンは嬉しそうにそれを見つめていた。モリオンが満足するまで、三人も何も言わずに待つ。
「インクルージョンが馴染むまで、薬指で顔や身体に触れないでくださいね。開きますから」
「分かってるよぉ」
やっと自分の仕事は終わったと、ルチルはひとつ伸びをして去っていった。ジェードも、持ち場に戻る。
「俺たちも戻るぞ。今夜はもうなにもするなよ」
「分かってるって」
モリオンを見張るように、ラリマーはついて離れなかった。モリオンは何かを思い出して噛み締めるように、ずっと左手薬指を見つめていた。
「!?」
シンシャは飛び起きて、おそるおそる外の様子を伺った。洞窟の真ん前には、砕け散ったモリオンが散らばっていた。
「シンシャ〜割れちゃったぁ」
「干潮に飛び降りたのか!? 当たり前だろ!!」
モリオンの頭は胴から離れていて、なんなら頭にもヒビが入っているが、問題なく彼は喋った。特異体質とでも言うべきだろうか。呆れた顔をしながらも、潮が満ちれば波に拐われてしまうと、シンシャは急いでモリオンの欠片を集めた。
「いい加減、やめたらどうなんだ。死の研究なんて」
「嫌〜やめなーい」
ケタケタと笑うモリオンに、シンシャは心底がっかりした。この状況も、おそらくモリオン自身が好奇心に耐えられず、岬から身を投げたのだろう。彼は死にたがりだった。宝石達には訪れない、死という現象に強く興味を持ち、研究していた。そのために無謀で無茶な実験を繰り返すので、周囲の宝石は辟易しているのだ。モリオンの欠片をあらかた拾い集め、潮の来ない場所に置く。そして、事態を報告するためにシンシャは学校へ歩き出した。久々の陽の光の下に、シンシャは目を細めた。
「大体、こんな晴れの日に、見廻りを放り出して勝手なことを……」
「ごめんよぉ」
「謝るなら反省してくれ」
「は〜い」
全く反省の色が見えないモリオンに、シンシャは溜め息を吐く。また懲りずに似たようなことをするだろう。俺が言ってもこれ以上は聞かないだろうと、シンシャは説教を諦めた。
「でも、学校へ行く口実になったでしょう?」
モリオンの口元は笑っていた。シンシャは目を見開いたあと、思いっきり顔を
「俺に気を遣ってるつもりか?……馬鹿馬鹿しい」
「キャキャキャ。君もたまには陽に当たらないと」
「大きなお世話だ」
モリオンを抱える腕に力がこもる。それだけでモリオンは満足だった。
モリオンの事がジェードやユークレースに報告され、虚の岬へルチルが欠片を回収しに行った。もう一度、シンシャとルチルで欠片が残っていないか確認をして、ルチルがモリオンを持って帰る。シンシャは、洞窟に戻って睡眠の続きをとった。学校に戻ると、早速ルチルは治療に入った。ジェードと、モリオンとペアのラリマーがそれを手伝う。陽が傾き始めた頃には、モリオンの身体はほとんど元通りになった。
「みんなありがとぉ〜」
「まったく……これに懲りたらもうしないでくれ」
「うーん、どうだろぉ」
ジェードの懇願を、モリオンは曖昧に流す。ルチルは慌てた様子で、足元を忙しなく見たり欠片を包んでいた布をひっくり返していた。
「どうした?」
「おかしいんです、もう欠片はないのに、左手薬指だけ欠けたままで……もしかして、拾い損ねたのでしょうか……」
「あーそれ、元からないよぉ」
落ち着きなく青い顔のルチルに、モリオンは間の抜けた声であっけらかんとそう言った。ルチルは目を丸くし、医者として聞き捨てならないと詰め寄る。
「元からない?どういうことですかそれは」
「ラピスにあげちゃったから、左手薬指は元々ない」
「あげた!? 薬指を!?」
相方のラリマーも全く知らなかったようで、驚嘆の声を出す。ジェードも信じられないものを見る目で、モリオンを見た。
「な、なんでそんなことを……」
「んー僕もよく分かんないけど、渡したらずっと一緒にいれる気がしたんだよぉ」
本人が分からないことを、他者が理解するのは困難だった。皆、一様に理解出来ないと匙を投げたのだった。
「本当に、お前のすることは意味が分からないな!」
「えーそんなに?」
「なにもかもだ!」
怒るラリマーに怯むことはなく、モリオンはいつも通りケラケラ笑った。モリオンに後悔はないようだが、ルチルは欠けたままの指がどうしても気になった。
「すみません、医者として見過ごせないので、貴方の指は何か別の石で補いますよ」
「あーそれだったらお願いがあるぅ」
なにを言われるのか、とルチルは身構えた。
「新しい指はラピスラズリがいいなぁ。在庫ある?」
「……確認します」
とんでもない無茶な要求ではなかったので、ルチルは胸を撫で下ろす。たくさんのストックの中から、インクルージョンのないラピスラズリを選び、指の形に整形した。モリオンの指に接着して、馴染ませる。
「やっぱり、君は綺麗だなぁ」
白粉を塗る前、モリオンは月明かりに自分の新しい指を透かしていた。パイライトが反射して光る。目を細めて、モリオンは嬉しそうにそれを見つめていた。モリオンが満足するまで、三人も何も言わずに待つ。
「インクルージョンが馴染むまで、薬指で顔や身体に触れないでくださいね。開きますから」
「分かってるよぉ」
やっと自分の仕事は終わったと、ルチルはひとつ伸びをして去っていった。ジェードも、持ち場に戻る。
「俺たちも戻るぞ。今夜はもうなにもするなよ」
「分かってるって」
モリオンを見張るように、ラリマーはついて離れなかった。モリオンは何かを思い出して噛み締めるように、ずっと左手薬指を見つめていた。