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本編

穏やかに晴れた、春の朝。宝石たちは朝礼を終え、各自の持ち場に移動を始めていた。紅く癖のある髪をしたコーラルは、庭まで出ると池の前に座り込み、水面をじっと見つめながら歌い始めた。それは独り言のようで、まったく他の者のことなど気にしていないようだ。他の者も、いつものことなので特に何も言わずに通り過ぎていく。切ない旋律が、学校に響いていく。
「コーラルは歌が上手よね。改めて聴くと素敵だわ」
一人、足を止めていたダイヤモンドが、曲の終わりにコーラルに話しかけた。コーラルは水面から目を離し、ダイヤに振り向く。しかし、何か言うことはない。
「でも、いつも僕たちの聞いたことない、知らない言葉で歌ってるわよね。意味はあるの?」
「……見回りに行かなくていいのか?」
「ボルツについていけないのはいつものことだもの。少しくらい大丈夫よ」
寂しい顔で笑うダイヤから顔を背け、コーラルはまた水面を見つめる。クラゲたちが浮かんでは沈んでいく。
「……鎮魂歌」
「チン……コン?」
「死んだ者の安らかな眠りを祈る歌だ」
「死んだって……僕たちは不死なのに? 誰のために?」
問いかけに返答はない。コーラルがそうなのはいつものことなので、ダイヤはため息をひとつこぼすと、諦めて持ち場へ歩いていった。しばらくすると、フォスフォフィライトが庭までやってきた。
「暇だ〜コーラルも暇してんだろ。なんか面白いことしてよ」
「暇してない。クラゲの世話をしている」
「暇じゃん! ずっと池見てるだけじゃん!」
ぶうたれるフォスに構うことなく、コーラルはクラゲの様子をこと細かに見ていた。様子のおかしいクラゲはいないか、餌は足りているか、水質に変化はないか。それらが終わっても、フォスのことは無視して水面を見ていたが。

一方、見回りに出たラリマー、モリオンのペアは、同じく西方面の見回りの双晶アメシスト、ヘミモルファイト、ウォーターメロントルマリンと一緒に、星の丘の横を歩いていた。
「見て、ラリマー。口に蝶々詰め込んでみた」
「うわぁ! 気持ち悪っ! お前バカなのか!?」
モリオンの奇行にラリマー、ヘミモル、メロンはドン引きしているが、アメシストの二人はけらけらと笑った。
「「兄さん、変〜〜」」
「僕が変なのはいつものことだよぉ」
マイペースなクォーツ属の三人に、ラリマーはやれやれと肩を落とす。
「モリオン、君もいい歳なんだから、もうちょっと落ち着いてくれるとお兄さん助かるんだけど」
「え? ラリマーの仕事なくなるから必要なくない?」
「俺の仕事は! 教育補助で! お前の保護者じゃない!」
「キャキャキャキャ」
ラリマーの怒声にいっそう笑い声をあげるモリオン。相変わらず、不気味な笑い方だなぁとヘミモルファイトは思う。
「アメシストの2人は、よく普通に話せるね? 怖くない? キモくない?」
「おい、聞こえてんぞ」
ヘミモルがアメシストに話しかけると、アメシストは不思議そうな顔をして、頭をぶつけ合わせた。
「え〜兄さんは賢いし、」
「話してて面白いよ〜」
「うそぉ。いっつも奇声あげてんじゃん」
信じられないものを見る目でヘミモルはモリオンを見る。アメシストは気にしない様子でモリオンの後ろをついて歩く。
「あー見たことない蝶!」
メロンが急に声を上げる。その方向を見て、ラリマーは微笑みながら教えた。
「あぁ、あれはメロン見たことないだろうね。千年に一度、生まれてくる蝶々なんだ」
「えー! せんねんに一度!? 僕が生まれてくる前じゃん!」
ラリマーが嬉しそうな顔をメロンに向けると、ヘミモルは面白くないといった顔をする。
「ラリマー、僕にも蝶々のこと教えて!」
「ん? あぁもちろん。この蝶は千年に一度大発生するんだけど……」
「あー……ラリマー。授業の時間はおしまいみたいだよぉ」
モリオンが申し訳なさそうな声を出したので、みんなモリオンの視線の先を見た。学校のすぐ近くに、黒点が現れていた。
「あんな学校の近くに……!!」
「とりあえず、走って戻ろうかぁ」
六人は来た道を走って戻り始めたが、黒点は開き始めていた。

「うわ、近…………」
池の真上に現れた黒点は、フォスとコーラルを見下ろす位置にあった。月人たちは次々と矢を構える。焦りと恐怖を映すフォスの表情とは対照的に、コーラルは無表情で空を見上げていた。
「ど、どうしよう!?」
「まぁ、普通に考えて見回り組は間に合わない。君も僕も終わりだな」
「なんでコーラルはそんな冷静なんだよ!? なんとかしなくちゃ」
「戦ってみたらどうだ。戦争に行きたがっていただろう」
「剣なんて持ってないよ!」
「僕もだ」
「じゃあどうす、うわ!」
矢が放たれて、庭中に突き刺さる。フォスは尻餅をつきながら後退りをする。コーラルは軽く後ろに飛び退いて、矢をかわした。月人は次の矢を構える。
「フォスは先生を呼んできたらどうだ」
「コーラルは」
「僕のことは捨ておけ」
「そんな……そんなこと出来ないよ!」
「別にどうだっていい。早く行け」
フォスがグズグズしているのを見兼ねて、コーラルはフォスを庇うように前に立った。矢が放たれる瞬間も、瞬きせずにじっと月人を見据えていた。

コーラルに矢が当たることはなかった。鋭い剣筋が、矢を全て叩き落としたからだ。
「フォス、コーラル。無事か?」
「インクィア!!」
まだら模様のインクィアメンタムの髪が、光を吸収して反射する。フォスとコーラルを背にして、インクィアは双剣を構えた。
「旧式か。俺の敵じゃない」
インクィアは飛び上がり雲の上に乗ると、月人をとてつもない速さで切り刻んでいった。月人も初めは応戦していたが、すぐに目標を変えた。フォスとコーラルに向けて矢を放つ。
「小癪な、」
インクィアは庇うようにして矢を受けた。身体が砕けて破片が飛び散る。
「インクィア!!」
フォスが叫ぶ。インクィアは安心させるように笑ってみせた。
「大丈夫。砕けただけじゃ俺はやられない」
インクィアの身体が引き合い、元に戻っていく。インクィアメンタムの特異体質だった。彼は砕けても欠片同士が引き合い、自力で元に戻ることが出来た。矢が二人の元にもう届かないように、彼の双剣が矢を一本残らず叩き落としていく。やがて、インクィアの双剣が中心の本体を捉えた。本体は二つに裂かれ、月人は霧散する。足場を失い、インクィアは下の池に落ちた。
「インクィア!!大丈夫!?」
フォスが池の縁に駆け寄る。やがて、水面が揺れ、インクィアが顔を出した。
「くそ、白粉が落ちた……」
「インクィア、ありがとう! カッコよかった!」
フォスがインクィアに近寄ると、インクィアは目隠しするようにフォスに手をかざした。
「? インクィア?」
「悪い、白粉の落ちた姿を見られるのは嫌なんだ」
インクィアの身体は様々な鉱物が混ざり合って出来ていた。硬度や靭性に関係なく、インクルージョンが様々な鉱物を結んでいるのだ。そのため、身体はまだら模様だった。
「医務室に行ってくる。二人は報告しておいてくれ」
びしょ濡れの身体のまま、インクィアは医務室に向かう。コーラルは何事もなかったかのように、また水面を見つめ始める。
「え、ちょ、コーラル! 報告行くよ!」
「クラゲが無事か確認してからだ」
「あーもー! 僕先に行ってるよ!」
フォスは呆れて、先生の元へ向かった。ようやく一人の静かな時間が訪れて、コーラルは息をつく。
「……母さんに」
会えるかと思ったのに。コーラルはその言葉を飲み込んだ。
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