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プロトタイプ

その日は、なに一つ変わりのない日だった。午後から晴れて、六日ぶりに月人が出た。ちょうど俺の巡回経路に出たので、先生が来る前に霧散させた。先生も褒めてくださり、皆も無事だった。そんななんでもない日が、積み重なるのがなにより大切だと、最近は思う。夜の終礼が終わり、早寝早起きの俺は部屋に戻ろうとしたが。

「インクィア、少しいいかしら?」

ユークレースに呼び止められた。俺から質問することは多いが、彼からこんな改まって声をかけられることは珍しいと思った。話は聞きたいが
なにぶん眠い。

「ふふふ、眠い? 今日も頑張ったものね」
「いや、そんなことは……当たり前のことをしたまでで……」
「本当に眠そう。ごめんね、ただ一言伝えたかっただけなのよ」

うつらうつらとぼやける思考の中、ユークレースの声が響く。

「インクィア。300歳、おめでとう」

その言葉に、意識が浮上する。300歳……そうか、俺は生まれてから300年が経ったのか。まだまだ先輩達のようにはいかないが、俺は皆のためになれているだろうか。

「そんな不安そうな顔をしないで。私達には、貴方が今日も元気でいるだけで嬉しいのだから」
「けど、ユーク」
「出来ないことの数を数えちゃダメよ。長生き出来ないわ。それに、貴方は少し出来ることが多過ぎるくらいだわ」

そうだろうか。少しだけ戦闘が強くて、ちょっと便利な体質で、皆の話を聞くのが好き。それだけの俺が、不純物の俺が、綺麗な皆のためになれている? それらは、眠気のせいで言葉には出来ないまま。

「今日は貴方が生まれて300年の日。なんだかもうそんなに経ったんだって、嬉しいような懐かしいような、そんな気分になったの。だから、おめでとう。それから、ありがとう。これからも、よろしくね」

それじゃあ、おやすみなさい。そう言ってユークレースは離れて行った。俺は、ふわふわとした気分で部屋に戻り、ベッドに倒れこんだ。今日は変わりのない日だった。けれど、俺には少し特別な日だったらしい。今日ユークレースのくれた言葉は、きっと今後も忘れないだろう。ありがとう。これからも、よろしく。それだけで、長い長い毎日を生きていける。俺は、生まれてきてよかった。深く夢に落ちながら、俺は明日も元気にいようと思った。
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