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プロトタイプ

ルチルさんを訪ねたら、眠っていた。また、無理をしたのだろう。丁度よい材料を見つけたから持ってきたのだが。早く師匠を起こしてもらいたいと思いつつ、そのために今起こすなんて忍びない。そんな資格もない。ルチルさんにしか、託すことが出来ないのがいつだって心苦しい。俺はルチルさんに麻布をかけてやり、師匠が眠っている戸棚を開けた。いつ見ても穴だらけの身体に、安らかに目を閉じた寝顔。お変わりない。医療の知識のない俺には、彼を動かす術はないのだけど。出来ることなら、俺を砕いてパズルの材料にしてほしい。そんなことを言ったら、ルチルさんは怒り、師匠は困ったように笑うだろう。「俺に運がないだけさ。お前が背負う必要はない」って。昔、そう言って師匠は動かなくなった。それからずっと、師匠が動くのを待っている。

「今度はいつご指導いただけますか、師匠」

その問いに答える声はなく、ただただ俺のため息が室内に響いた。


俺は生まれた当初、自分のことは「僕」と言っていた。先生に言葉や自分の成り立ちを習い、自分の身体のことを少しずつ知っていった。自分の身体が、沢山の様々な宝石で出来ていることを。そうして戦争に出ると決まった時、僕が戦い方を学びたいと志願したのは、ボルツではなくパパラチアだった。それは同じ(お兄様やボルツは少なくともそう言ってくれる)ダイヤ属に習うよりも、パパラチアの方が新しい何かを掴めるかも知れないと思ってのことだった。先生は快く承諾してくれた。その当時、ルチルさんはもう戦闘からは離れざるを得なくなっていて、パパラチアに戦闘のパートナーがいなかったからである。そうして、僕の師匠はパパラチアとなった。

「眠ることが怖いと思うことはないのですか」
「んーそうだなぁ。俺自身は怖くはないんだが」

師匠は苦笑しながら、割らないように気をつけて僕の頭を撫でる。慈愛の眼差しは、この人の深い魅力の一つだと思った。

「皆を残して、長く眠ってしまうのは、怖いというか忍びない」

寂しそうな雰囲気になったのは、僕の気持ちを映したのだろうか。彼だって、寂しいなんて気持ちを持て余すんだ。若い僕は、耐えられるかどうか分からなくて泣いた。ますます困ったように、師匠は笑う。ますます涙は止まらなくなる。

「今度師匠が眠ってしまったら、僕を砕いて貴方のパズルに使ってくれませんか」

そう言葉にしたら、師匠の顔から笑顔は消えた。そうして、険しい顔で僕を見つめる。だって。貴方を待って長い時を過ごすくらいなら。多少身体が欠けようとも、一緒にいられた方がいい。たとえ話すことも叶わなくなっても。貴方が動いた方がいい。僕の身体には、沢山の材料が含まれているのだから。

「そんなこと、絶対にするな」
「だって、」
「そんなことをされたら、俺はどんな顔で目覚めればいい」

そう言って、師匠は髪をかきあげた。ふう、と溜め息を吐くと、また慈愛に満ちた表情に戻った。

「お前にも、ルチルにもだが……あまり、俺のことで大変な思いをしないで欲しい」
「師匠、」
「俺の運がないだけさ。お前が背負う必要はない」

優しく師匠は笑って、動かなくなった。僕はその場に泣き崩れて、自分の身体が削れるのも構わず、師匠の身体を揺する事しか出来なかった。


ハッと目が覚めると、もう夜だった。師匠にもたれ掛かったまま、眠ってしまったらしい。師匠はあれから、二百三十一年、目覚めない。懐かしい夢を見て、また涙が出たようだ。顔の周りがベタベタとする。

「俺は貴方のように強くなれていますか」

弱々しい俺の声に、答えてなんてくれるわけなかった。
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