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プロトタイプ

夕暮れ時というのは、何故こんなにもアンニュイで死にたくなる気分にさせるのだろう。まだ月人が出る可能性は残っているのに、巡回の進路を変更して虚の岬へ足を運ぼうとしている。こんな時は、シンシャにでも会って少し話そう。彼があそこにいる理由は話してくれないし、俺がシンシャに会いに行く理由も話してはいないが、だいたいお互い察しがついている。そうやって傷を舐めあおうとした時、目の前を稲妻が横切るような衝撃があった。

「イエロー……さん」
「お兄様でいいって。いつも言っているだろ?」

イエローダイヤモンドだった。三千五百九十七年もの長い間、ここで戦い生きてきた大先輩。けれど今の彼の表情も、今の俺とどこか似ていると感じた。

「聞いてくれるかい? ジルコンがさ、また俺をかばって怪我をしたんだ」

どうやら、俺に話を聞いて欲しいらしい。若い俺が、お兄様の役に立つ意見など言えはしないと思うのだが。

「馬鹿だよなぁ。俺に尊敬出来るところなんてひとつもないのに」
「それはイエロー……さん自身を卑下し過ぎです。俺達より何倍も長生きしてる、それだけでも充分過ぎる」

彼が長く生きていることで、きっと俺達全体の心の支えになっているはずなのだ。お兄様がいなくなったらなんて、考えるだけでも恐ろしい。

「お兄様! 全く、君は俺の分身みたいなものなんだから、もう少し砕けて話してくれていいのに」
「お望みならば、文字通り砕けますが?」
「……ブラックなジョークだ。悪かった」

幸か不幸か。俺は彼がずっと帰りを待っているもの達の欠片を持っている。グリーンダイヤモンド、ルビー、サファイア、ピンクトパーズ……そして、それらを繋ぐのに一番多い宝石はイエローダイヤモンドだ。まるで俺の後悔そのものだと、昔お兄様は俺に言った。

「…………なぁ、お前の中のあいつらはなんて言っている」
「………………。」
「俺は、まだ生きていていいのかな」

ああ、お兄様は相当疲れていらっしゃる。不死の俺達が、生きることに悩むなんておかしな話だ。だから、俺は笑ってこう言う。

「俺はお兄様に元気でいて欲しいよ」
「!! インクィア……」
「俺の知らない、誰かの代わりにはなれませんが。皆、お兄様が大好きだったはずです。それだけは分かりますよ」
「……グリーン、ルビー、サファイア、ピンクトパーズ……! すまない……!」

お兄様は顔を覆って涙を流した。そんな思いをさせるくらいなら、俺なんて早く砕けて月へ戻った方がよいのに。そうしたら、砕けた欠片はお兄様が愛したものたちへ戻るのに。

「イエロー……さん。顔を上げて。もう日が暮れる。危険だ。帰ろう」
「先に帰っていてくれていいよ。俺はすぐに帰れる」
「……そうでしたね」
「それから、俺はお兄様だ。 お前にとっては、特にな」

顔を上げて、無理にお兄様は笑った。本当は、俺だってお兄様と呼びたい。けれど、そうしたら俺はお兄様の後悔であると、肯定してしまうような気がして。俺のことはいいが、それはお兄様を苦しめ続ける気がして。出来ないのだ。

「……部屋に戻っています。まだお話したいようでしたら、いらしてください」
「…………あぁ」

多分、お兄様は来ない。弟である俺に、これ以上は預けてくれないし、心配かけまいと無理をするだろう。それを、俺は見て見ぬ振りするしか能がない。存在することで、お兄様を苦しめている自分が、悲しいからだ。結局、俺は俺のことばかりだ。さっさと砕けて、皆のためになればいいのに。
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