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プロトタイプ

日がとっぷりと暮れ、終礼となった。俺は先生に呼び出され、皆が部屋に戻る中一人、後ろをついて歩いた。皆から離れた場所に来ると、先生は穏やかに、しかし諭すように声を発した。
「昼間、フォスを連れ出したというのは本当か」
「はい」
「何故、そのようなことをした」
理由を聞いてもらえるのはありがたい。自分は愛されている、必要とされていると感じることができる。俺は、素直な胸のうちを先生に伝えることにした。
「……いつも先生の後ろ、というのはあまりに可哀想です。たまには彼にも外の世界を見せなければ」
「自分ならフォスを守りきれると?」
「現在の自分では、無理であったと反省しております」
はあ、と先生はため息を吐いた。先生は悩ましげに眉を寄せると、そっと俺の頭を撫でた。
「その通りだ。自分の実力を見誤ってはならない。インクィアはフォスに比べ、出来ることが多く器用だが、万能ではない。生き物は皆、万能には生きていけない。その事を胸に止めなさい」
「はい、申し訳ありませんでした」
分かったならいい、と先生はそれ以上俺を責めなかった。学校に月の光が差し込む。先生と俺の影が、細長く伸びた。俺は月を見上げながら、先生に話しかける。
「……戦闘訓練官として、フォスが戦争に出る方法を考えましたが、やはり思い付きませんでした」
「そうだろうな」
「フォスに適した仕事は、なんなのでしょうか。誰かの補佐でもいい。不死身の俺たちにも生きがいがなくては」
先生は深くうなだれ、俺の話を黙って聞いてくれた。静かな校内に、俺の言葉が小さく反響する。
「シンシャのような仕事でもよい。誰かに必要とされる仕事を、どうか彼にも」
「……そうだな。私も、ずっと考えている。もうすぐ、答えが出るだろう」
月に雲がかかり、校内は小さな蝋燭の火に照らされる。思わず欠伸をしてしまうと、先生は微笑んだ。
「お前にとって、この時間まで起きているのは辛かっただろう。もう戻って休みなさい」
「はい、ありがとうございます……」
皆と違い、まだら模様の俺の身体は光の吸収率が悪く、多く睡眠を必要とする。ふらふらと眠気と戦いながら、身体を引きずるようにして部屋に戻り、就寝した。
 次の日、寝坊しそうになりながら朝礼。今日も天候は曇りの予定で、見廻り組のみの配置となった。俺は相変わらず、休養するようにと。前に議長に抗議をしたが、
「インクィアは出来ることが多すぎ、また働きすぎる。手伝ってもらえるのはありがたいが、ひとの仕事を取ることはしてはいけない。ほどほどにするように」
と、ユークレースや先生と相談して、決まったそうだ。正直、俺は皆のために動けない時間は苦痛であったが、せっかくの気遣いと正論には従うほかになかった。俺はひとつ伸びをすると、校内を散策した。そうして、やっぱり一階の医務室まで来てしまった。
「いらっしゃい。どこか見ましょうか?」
「いいえ、ルチルさん。いつも通り、俺には欠けは一つもないよ」
そう言えば、ふふとルチルさんは笑った。今日は急患がなければいい。部品の整理をするルチルさんを邪魔しないように、師匠の顔が見える位置に座った。
「昨日は、緒の浜に行ってくれたそうで」
「ああ。でも、師匠にあう部品はなかったよ」
「……仕方ないです。パパラチアのパズルは複雑に、難解になっています。けれど、必ず解けるものです。絶対に、私が彼の価値を取り戻します」
カチカチ、と施術を繰り返しながら、ルチルさんは言った。祈るように、必死に手を動かす様は、苦しく辛かった。
「……昨日、先生に怒られた。おごらないようにと」
「フォスを連れていったんでしょう? 彼をカバーするのは、きっとボルツでも無理です」
「ははは、そうかもしれないです。それでも、フォスと笑いながら散歩がしたかった」
安らかに眠り続ける師匠の顔を見つめ、早く目覚めることを俺も祈った。また、戦闘の稽古をつけて欲しいのだ。何でも知っている彼の横で、より多くのことを学びたい。師匠に俺のくだらない悩みや話を聞いて欲しい。そうして、あの慈愛に満ちた瞳で笑って欲しいのだ。
「もっと、強くなりたいです。フォスも、師匠も守れるように」
ルチルさんは、曖昧に笑った。俺の身体は、ルチルさんが治療できない。自力で元に戻れる代わりに、他の一切の鉱物を俺の微小生物は受け付けない。替えがないのだ。だから、いつも心配をかけているのを知っている。
「無理はしないでくださいね。ただでさえ、貴方年々背が縮んでいますから」
「えっ嘘」
「本当です。きっと、戦闘の度にすり減らしているのでしょう」
自分でも気づかなかった身体の変化に、いち早く気がついた。やはり、ルチルさんは名医だ。
「貴方が拐われたりしたら、私はパパラチアに会わす顔がありませんからね」
「……気を付けます」
上空は風が強いのか、どんどんと雲が流されていく。早く長く、過ぎ行く時間を共にあれることを、幸せに思った。
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