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プロトタイプ

曇天の空の下、学校の中をすきま風が通る。俺はクラゲが漂う水面をぼんやりと眺めていた。今日で五百四十歳になる、と朝礼の後ユークレースが教えてくれた。今日この日に生まれたのか、と不死身の身体ながら感慨深く、生まれてからの日々を思い起こしていた。皆と少し違う不可思議な身体で生まれた俺は、微小生物が硬度や靭性に関係なく様々な鉱物を結んでいる。そこから、金剛先生は俺を、インクィアメンタムと名付けた。それから言葉を学び、戦いを覚え、今日まで愛する仲間たちと暮らしてきた。危険はあるけれども、穏やかで美しい日々。……悩みごともないわけじゃないが、俺はこの生活に満足していた。
「あっ!インクィア、サボってる! 」
ひとつ、最近の悩みの種が近づいてきた。フォスフォフィライトである。
「サボってるんじゃない。俺は議長からの申し出で長期休養中だ。先生のお昼寝シフトまでな」
「えーずるい! 僕なんてお休みもらったことないよ!」
「働いてないんだから、休みもなにもないだろう?」
からかえば、今にみんながビックリするようなかっこいい仕事をしてやる! と息を巻く。隣に座るフォスを笑顔で迎え入れ、一緒に空と水面の境界を眺めた。
「ねー僕が戦争に行ける方法、考え付いた?」
「あーそれなー……」
そう。これが悩みのひとつ。可愛い末っ子は、何度恐ろしいと伝えても戦争に出たがった。体育館を管理し、戦闘訓練官を仕事にしている俺は、フォスから戦い方を教えて欲しいと毎度頼まれていた。
「まだ思い付かないなぁ。やっぱり、お前の脆い身体では……」
「ちぇっ。つまんないのー」
フォスは膝を抱えて項垂れた。綺麗な薄荷色の髪が光を反射する。俺が剣を持たずとも倒せるくらいに、彼はか弱い。そんな彼が戦う方法を考えるのは、難儀だった。
「なんか面白いことないかなー」
末っ子のフォスも、もうすぐ三百歳になる。その間ずっと仕事を探しては役立たずと言われて、暇をもて余している彼。気の毒だ、と俺は思う。なにか力になってやりたいのだが。
「……フォス、散歩にでも行こうか」
「!! なになに、連れてってくれるの!」
「今は曇っているからね。緒の浜までちょっと」
朝礼での天気予報でも、今日は一日曇り空と言っていた。それなら、月人は現れないだろう。俺はこっそり、フォスを学校から連れ出すことにした。草原を抜け、海岸線へ。砂を踏みしめながら、風を感じて歩いた。
「緒の浜になにしに行くの?」
「ん? 師匠の部品を探しにさ。手伝ってくれるか?」
「しょーがないなぁ!」
俺たちが生まれた場所。ほとんどが成り損ない崩れ落ちる中から、コランダムがないかを探す。多くは金や白金ばかりで、使い物にならない。切り立った崖は、随分高くから俺たちを見下ろした。そのうち、そのてっぺんに光が差し逆光する。
「……! フォス、残念だがこれくらいにして帰ろう」
「えー、もうちょっと!」
そう愚図る彼の後ろには、もう黒点が出ていた。くそ。こうも彼の色は月人に好かれるのか。
「フォス、学校へ向かって走れ! 俺が足止める!」
「えっわっ……!!」
ようやく危機に気がついたフォスは、立ち上がり駆け出した。その背中を狙う矢を、剣で弾き叩き落とす。双剣を抜刀し、月人に向かい合う。不気味に空に座す敵を睨み付け、飛び上がり斬りかかった。回転しながら、手前の雑魚を一蹴するも、その奥から更に矢が飛んでくる。着地を狙われ、俺は砕けた。
「インクィア!」
フォスの叫び声が聞こえる。ああ、ダメじゃないか。振り向かず、逃げなくては。優しい子だから、俺を置いていけなかったのだろう。
「大丈夫、砕けただけじゃ俺は負けない」
バラバラになった身体を拾われる前に、引き寄せてくっつける。俺の特異体質だ。半径一メートル以内であれば、俺は身体を自力で元に戻せる。俺は剣を取り直し、本体を縦に斬りつけようとした。それをまた、周囲の雑魚が邪魔をする。槍に突かれ、右腕の剣を奪われた、その時。黒い影が頭上から近づいた。それは迷うことのない太刀筋で、本体を縦に裂いた。
「……ボルツ!」
「こんな学校から離れたところで、何をしている?」
霧散する月人を尻目に、厳しい非難の声でボルツは問う。顔をそらして誤魔化すのは、助けてもらったのにずるい。俺は真っ直ぐ、ボルツを見据えた。
「ありがとう、助かった。師匠の部品を探しに来ていたんだ」
「……クズも一緒に、か?」
フォスを睨み付け、ボルツは更に険しい顔になる。頷けば、叱責されるのは分かっていたが。
「ああ、そうだ。俺が連れてきた。フォスは悪くない、守りきれなかった俺の責任だ」
「インクィア、お前が責任を感じる必要はない。全部このバカが無能なせいだ」
「なにを!」
「いや、誘ったのは本当に俺だ。怒るのは俺の方だけにしてくれ」
数秒、見つめ合うとボルツはため息を吐いて踵を返した。
「弟のインクィアに免じて、僕はあったことの報告だけをする。次はないからな」
「ありがとう、ボルツ」
「あまり心配をかけさせるな」
そう言うと、ボルツはまた持ち場に戻っていった。緒の浜はまた平穏を取り戻し、海のさざめきだけが聞こえる。
「報告って……僕たち先生に怒られるの?」
「いや、怒られるのは俺だけさ。心配いらない。さあ、学校に帰ろう。危ない目に会わせて悪かった」
へたり込むフォスを引っ張り起こしてやり、俺たちは学校に帰り始めた。太陽は傾き、夜が近づいていた。
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