プロトタイプ
夜の帳が下り、星々の小さな明かりだけが地上を照らす。それを水銀で集めては、今夜も長い見廻りを始めたシンシャ。草花を少しでも汚さないよう、殺さないように慎重に歩く。ふと、耳をすますと何処からか不気味な声が聞こえてきた。月人が音を発することは少ないが、新型かなにかだろうか。シンシャは恐る恐る、音の鳴る方へ近づく。そうして、間近まで来て自分の臆病さを嘲笑った。
「またお前か! モリオン!」
「キャキャ?」
真っ黒で暗闇に紛れやすい宝石は、モリオンと言った。モリオンは眠くてもう動けないようで、草原でゴロゴロと寝返りを打つ。時折、寝ぼけたように不気味な笑い声を上げて。
「いい加減にしろ! 死の研究だかなんだか知らないが、俺に迷惑をかけるな!」
「ンーキャッキャキャ! だって、気になるものは気になるし、やりたいものはやりたいだろう? 衝動が僕を止めないのさぁ」
若干、支離滅裂なことを言いながら、モリオンは起き上がろうとしない。シンシャは深くため息を吐いた。モリオンには、今夜のように夜中徘徊するクセがある。それはモリオンの研究の一部であり、死へ近づいている実感、あるいは擬似的な仮死体験の一環らしい。とにかく、モリオンは死に対して、熱烈なまでの好奇心を抱いていた。
「……まったく。お前は黒いから見つからないだろうし、朝までそこで眠っていればいい」
シンシャが立ち去ろうとすると、
「あーちょっと待ってよぉ」
と、モリオンが呼び止めた。半ばうんざりするように、シンシャは足を止める。
「君の水銀の毒さぁ、それが一番僕らを死に追いやるのに近いと思うんだよねぇ」
「…………」
「シンシャは、興味ない? 僕が死んだらどうなるか」
自分の気も知らないで、とシンシャは思う。出来ることなら、この毒など無い方がいいのだ。恥ずかしいし、なにもかもダメにしてしまう。でも、その毒に興味を持ち、価値を見出そうとしている彼に戸惑う。
「モリオンには死んでほしいが、お前が死んでどうなるかは知りたくない」
「そっかぁ。ま、みんなを残して死ぬの、実は怖いんだよねぇ。死ぬ、って怖いことなんだって、知ってた?」
「知ってるさ」
そんなの、足元の草花を見れば分かる、とシンシャは思った。息をするだけで、たくさんの命が死んでいく。
「お前なんか大嫌いだから、二度と夜にこっち来るなよ」
「えー冷たいなぁ。たまには話さないと、言葉を忘れちゃうよ? それも一種の死だ」
「……俺は、別に。死ぬのは怖くない」
精一杯の強がりを言って、シンシャはモリオンから離れた。これ以上話していても、らちがあかない。仕事もある。真っ直ぐに歩いていくシンシャを、モリオンは微笑んで見送っていた。
「またお前か! モリオン!」
「キャキャ?」
真っ黒で暗闇に紛れやすい宝石は、モリオンと言った。モリオンは眠くてもう動けないようで、草原でゴロゴロと寝返りを打つ。時折、寝ぼけたように不気味な笑い声を上げて。
「いい加減にしろ! 死の研究だかなんだか知らないが、俺に迷惑をかけるな!」
「ンーキャッキャキャ! だって、気になるものは気になるし、やりたいものはやりたいだろう? 衝動が僕を止めないのさぁ」
若干、支離滅裂なことを言いながら、モリオンは起き上がろうとしない。シンシャは深くため息を吐いた。モリオンには、今夜のように夜中徘徊するクセがある。それはモリオンの研究の一部であり、死へ近づいている実感、あるいは擬似的な仮死体験の一環らしい。とにかく、モリオンは死に対して、熱烈なまでの好奇心を抱いていた。
「……まったく。お前は黒いから見つからないだろうし、朝までそこで眠っていればいい」
シンシャが立ち去ろうとすると、
「あーちょっと待ってよぉ」
と、モリオンが呼び止めた。半ばうんざりするように、シンシャは足を止める。
「君の水銀の毒さぁ、それが一番僕らを死に追いやるのに近いと思うんだよねぇ」
「…………」
「シンシャは、興味ない? 僕が死んだらどうなるか」
自分の気も知らないで、とシンシャは思う。出来ることなら、この毒など無い方がいいのだ。恥ずかしいし、なにもかもダメにしてしまう。でも、その毒に興味を持ち、価値を見出そうとしている彼に戸惑う。
「モリオンには死んでほしいが、お前が死んでどうなるかは知りたくない」
「そっかぁ。ま、みんなを残して死ぬの、実は怖いんだよねぇ。死ぬ、って怖いことなんだって、知ってた?」
「知ってるさ」
そんなの、足元の草花を見れば分かる、とシンシャは思った。息をするだけで、たくさんの命が死んでいく。
「お前なんか大嫌いだから、二度と夜にこっち来るなよ」
「えー冷たいなぁ。たまには話さないと、言葉を忘れちゃうよ? それも一種の死だ」
「……俺は、別に。死ぬのは怖くない」
精一杯の強がりを言って、シンシャはモリオンから離れた。これ以上話していても、らちがあかない。仕事もある。真っ直ぐに歩いていくシンシャを、モリオンは微笑んで見送っていた。