プロトタイプ
誰彼時になり、太陽が地平線の向こうへ帰る。今日はおおむね晴れていたが月人からの襲撃もなく、平和な日だった。草地を踏みしめて、その感触を楽しんでいると。
「おい」
巡回を終え、同じく帰路につくボルツに声をかけられた。
「今日はあれをやるぞ」
「あれを? いいけど……」
「早く来い!」
「ええ、走るの?」
凄まじい勢いで走り始めたボルツを、慌てて追いかける。俺は足がそんなに速くないから、鍛えているつもりなのかもしれない。
「そうしないと、インクィアは寝るだろう!」
「そうだけどさー」
花を踏み潰してしまわないように、けれどもボルツを待たせないように慎重に走った。学校に到着し、埃を払うのも束の間、ボルツはぐいぐいと俺の腕を引っ張って歩く。斜陽に学校の柱の影が長く伸びている。
「大丈夫、逃げないって」
そう伝えると、ようやくボルツは離してくれた。俺としても、ボルツのあれに付き合うのは嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。ただ、夕刻にされると俺は眠いだけで。目的の池まで到着すると、ボルツはザブンと池の中に入った。そうして、クラゲを追いたてて集める。集めたクラゲを、髪で囲って逃げないようにする。
「インクィア、今いくつだ!」
「26匹」
この囲ったクラゲの数のカウントを頼まれるのだ。今のボルツの最高記録は36匹。ボルツはクラゲが髪の外へ逃げてしまわないよう慎重に移動しながら、新しいクラゲを追いたててまた囲う。意外に難しいようで、2匹捕まえると反対側から1匹すり抜けるといった具合だ。
「だー! 一回やり直す!」
「ふふふふ」
一度クラゲを散らし、また追い回す。ボルツの顔は無邪気で、いつもの気難しそうなものではない。その表情を見るのが好きで、ときたま肝心のクラゲを数える作業を忘れてしまう。
「インクィア! 数!」
「あっ、えっと、27匹!」
「くそ、やはり30の壁が……」
真剣に楽しそうにクラゲを追い回すボルツを眺めながら、俺はうとうとと船を漕ぎだした。
「あっ! お前もう眠いのか。寝るな!」
「そんなこと言ったって、もうとうに日は落ちてるし……ふわあ」
欠伸をし、その場に丸まって目をつぶった。やがてため息が聞こえて、ザブ、とボルツが池から出る音が聞こえる。しばらくして、身体の水分を拭いたボルツが、俺の身体を足でつついた。
「ほら、起きろインクィア」
「んー……」
「はぁ……」
ボルツはもう一度ため息を吐くと、俺を担ぎ上げさっさと俺の寝室へ向かった。揺れる身体が心地よい。俺の部屋に着くと、ボルツは俺が割れたりしないように、そっとベットに寝かしつけた。
「じゃあ、おやすみ。インクィア」
立ち去ろうとするボルツを、寝ぼけ眼で引き留めた。服の裾を引っ張られて、ボルツは驚いた顔をする。
「ふふふふ」
「なにを笑って……ほら、眠いんだろ。寝ろ」
「ボルツも一緒に寝よう」
「はあ? なんで僕が」
照れた時に視線を逸らすのは、ボルツの癖だ。俺はますます可笑しくて笑い声をあげる。それを気味悪いものを見る目でボルツは見下ろした。
「たまにはいいじゃないか、兄弟で一緒に寝るのも」
「砕けても知らないぞ」
「大丈夫、大丈夫」
もう一度裾を引っ張れば、堪忍したようにボルツはベットに入ってきた。大好きなその腕に飛び込み、頬を寄せる。
「なんだインクィアお前……今日は変だな」
「んー眠いからだよ」
眠気のせいにして、思い存分ボルツに甘える。ボルツもそんな俺を甘やかしてくれ、そっと頭を撫でてくれた。
「おやすみ、ボルツ」
「……おやすみ、インクィア」
強く頼もしい兄の腕の中、俺は幸せな夢を見た。
「おい」
巡回を終え、同じく帰路につくボルツに声をかけられた。
「今日はあれをやるぞ」
「あれを? いいけど……」
「早く来い!」
「ええ、走るの?」
凄まじい勢いで走り始めたボルツを、慌てて追いかける。俺は足がそんなに速くないから、鍛えているつもりなのかもしれない。
「そうしないと、インクィアは寝るだろう!」
「そうだけどさー」
花を踏み潰してしまわないように、けれどもボルツを待たせないように慎重に走った。学校に到着し、埃を払うのも束の間、ボルツはぐいぐいと俺の腕を引っ張って歩く。斜陽に学校の柱の影が長く伸びている。
「大丈夫、逃げないって」
そう伝えると、ようやくボルツは離してくれた。俺としても、ボルツのあれに付き合うのは嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。ただ、夕刻にされると俺は眠いだけで。目的の池まで到着すると、ボルツはザブンと池の中に入った。そうして、クラゲを追いたてて集める。集めたクラゲを、髪で囲って逃げないようにする。
「インクィア、今いくつだ!」
「26匹」
この囲ったクラゲの数のカウントを頼まれるのだ。今のボルツの最高記録は36匹。ボルツはクラゲが髪の外へ逃げてしまわないよう慎重に移動しながら、新しいクラゲを追いたててまた囲う。意外に難しいようで、2匹捕まえると反対側から1匹すり抜けるといった具合だ。
「だー! 一回やり直す!」
「ふふふふ」
一度クラゲを散らし、また追い回す。ボルツの顔は無邪気で、いつもの気難しそうなものではない。その表情を見るのが好きで、ときたま肝心のクラゲを数える作業を忘れてしまう。
「インクィア! 数!」
「あっ、えっと、27匹!」
「くそ、やはり30の壁が……」
真剣に楽しそうにクラゲを追い回すボルツを眺めながら、俺はうとうとと船を漕ぎだした。
「あっ! お前もう眠いのか。寝るな!」
「そんなこと言ったって、もうとうに日は落ちてるし……ふわあ」
欠伸をし、その場に丸まって目をつぶった。やがてため息が聞こえて、ザブ、とボルツが池から出る音が聞こえる。しばらくして、身体の水分を拭いたボルツが、俺の身体を足でつついた。
「ほら、起きろインクィア」
「んー……」
「はぁ……」
ボルツはもう一度ため息を吐くと、俺を担ぎ上げさっさと俺の寝室へ向かった。揺れる身体が心地よい。俺の部屋に着くと、ボルツは俺が割れたりしないように、そっとベットに寝かしつけた。
「じゃあ、おやすみ。インクィア」
立ち去ろうとするボルツを、寝ぼけ眼で引き留めた。服の裾を引っ張られて、ボルツは驚いた顔をする。
「ふふふふ」
「なにを笑って……ほら、眠いんだろ。寝ろ」
「ボルツも一緒に寝よう」
「はあ? なんで僕が」
照れた時に視線を逸らすのは、ボルツの癖だ。俺はますます可笑しくて笑い声をあげる。それを気味悪いものを見る目でボルツは見下ろした。
「たまにはいいじゃないか、兄弟で一緒に寝るのも」
「砕けても知らないぞ」
「大丈夫、大丈夫」
もう一度裾を引っ張れば、堪忍したようにボルツはベットに入ってきた。大好きなその腕に飛び込み、頬を寄せる。
「なんだインクィアお前……今日は変だな」
「んー眠いからだよ」
眠気のせいにして、思い存分ボルツに甘える。ボルツもそんな俺を甘やかしてくれ、そっと頭を撫でてくれた。
「おやすみ、ボルツ」
「……おやすみ、インクィア」
強く頼もしい兄の腕の中、俺は幸せな夢を見た。