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プロトタイプ

曇り空が続き、束の間の平穏が訪れる。ゆるっとした巡回を終え、雨が降ってきて白粉が落ちる前に帰ってきた。どうやら帰ってきたのは俺が一番なようで、カツリ、カツリと俺の足音が校内に響く。師匠にご報告に行こうと、薬棚へ向かう。カツリ、カツリ。俺の足音に重なり、誰かの足音が響いた。そうして、曲がり角の向こうから白衣をひるがえしてルチルさんが現れた。ルチルさんは俺を見つけると、待っていたかのように笑顔を見せる。マズイ、この笑顔は嫌な予感がする。きびすを返すか迷っている内に、ルチルさんはツカツカ歩く速度を速めて俺の肩を捕まえた。

「丁度いいところに。インクィア、探していたんです」
「あ、ああ。なにか用ですか、ルチルさん」
「今一度、貴方の身体を調べさせていただきたくて。個人的研究にご協力ください」

ああ、個人的な。今までのあらゆる実験を思い出して、遠い目になる。意識が遠のいていく内に、あれよあれよという間に実験台の上に誘われる。ルチルさんの無言の圧力から、俺は黙って服を脱ぐ。そうして、力を抜いて実験台に横たわった。すると、ルチルさんは容赦なく俺に水をかけて白粉を落とす。ああ、まだら模様の身体が晒されて恥ずかしい。

「前回、身体を見せてもらった時と、また配列が変わってますね。砕かれる度に接着の仕方が変わるというのは興味深い」
「まあ。結構ボルツに砕かれてるし……同じように砕けるわけじゃないから」
「ちょっと失礼」

俺の話を聞いているのかいないのか、ルチルさんはハンマーを取り出すと俺の膝を叩いた。キーンという音と共に、俺の膝は砕けて足は胴体と離れる。細かい粒が、膝を中心に引き合い戻っていくが、足はルチルさんが持っているので元に戻らない。

「引き寄せる力があるとは言え、そんなに強いものではないんですよね。私で押さえ込める程度」

そうして、俺の足を離れた所へ持っていくと、またその足をハンマーで砕いた。足はその場で引き合い、元の形に戻る。俺に、その感覚までは届かないが。

「本体から離れたパーツにも、引き合う力はある。意識してやってますか?」
「無意識……ですね」
「なるほど」

ルチルさんは一人納得すると、俺の足を膝にあてがいくっつけてくれた。そうして、なにやらブツブツと独り言を言い始める。

「インクィアの身体はどこまで砕いても引き合うのでしょうか。もしかしたら砕けば砕く程、構造は複雑化し、靭性は上がるのでは……しかし、同じ鉱物は同じ鉱物でまとまりを作っているようにも見える。現に、もう相当砕かれているだろうにイエローダイヤモンドの部分は視認出来る……常にインクィアの身体の構造は変化していると言っても過言ではない。これは、パパラチアとも似た体質です。やはり、彼を研究すればパパラチアを動かせる確率が上がるかも……」

パパラチア。師匠の名前を聞きながら、俺は高い天井を見つめた。ルチルさんは、いつだって師匠のことで頭がいっぱいだ。俺が身体を差し出すことで、師匠が動くのであれば。どんな実験にも目をつぶって耐えよう。ルチルさんと俺の気持ちは、この一点においては一つなんだ。

「ルチルさん、他に気になることは? どうせなら一通り済ませてしまおう」
「あ、ああ。でしたらまだ試したいことが」

ルチルさんの表情が明るくなる。前言撤回。ルチルさん、俺で遊んで楽しんでいるかも。まあ、それでもいいか。ルチルさんのほんの一時の楽しみになれるのなら。俺は嬉々として取り出される解剖道具から、目を逸らした。
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