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プロトタイプ

もうそれは、懐かしかった日々。

「さて、見回りに行くぞ。インクィア」
「はい! パパラチアさん!」
「……そのさん付け、やめていいぞ? 呼びにくいだろう」
「いえ、それはちょっと気が引けるというか……」

そう答えれば、パパラチアさんは苦笑した。僕にとって、パパラチアさんとルチルさんは、皆の中でも特別な存在だ。僕はパパラチアさんを心から尊敬しているし、パパラチアさんが元気に動くためには、ルチルさんの医療技術が必要不可欠だ。この二人から、敬称を外すという感覚が僕にはなかった。

「うーん、けど、戦闘の最中呼び合うのには、長い呼称は命取りだ。そうでなくても、俺は名前が略しにくい」

少し気にしているのか、パパラチアさんは顎に手をあて困り顔をした。そんなことに悩むなんて。パパラチアさんの可愛い一面が見れて、思わず僕は微笑んだ。

「パパラチアさんはパパラチアさんです」
「まあ、そうなんだけどな……俺の方も、そう呼ばれるとこそばゆいんだ」

ひとつ伸びをして、パパラチアさんは目を細める。その表情が、僕は大好きだった。

「ま、暇があったらちょっと別の呼び方を考えてくれよ」

彼にそう言われては、真剣に考えなくては。僕は、一日中考えながら仕事をしたが、いい案は浮かばなかった。


それから数日、一人で考えたが名案は降りてこなかった。ルチルさんにも相談したが、パパラチアと呼べばいいでしょうと言われてしまった。それがしっくりこないから困っているのに。

「こうなったら…………」

少し気は進まないが、僕は図書室を訪れた。図書室に行けば、苦手な彼を相手にしなくてはならない。でも、事態は天才の彼の知恵を借りる以外、解決しそうにもなかった。

「おや、珍しいね。インクィアが図書室に来るなんて。なにか探し物?」
「ラピスラズリ……。相談があるんだ」

僕が悩み事を打ち明けると、ラピスラズリは大笑いした。だから嫌だったのである。ラピスは僕にとても興味を持っているようなのだが、僕の不安を煽るのが上手いから。彼に悪気はないのが分かっているので、なにも言わずにいるのだが。

「君は不思議なことを気にするねえ。興味深いな……君より年下でも皆、パパラチアと呼んでいるだろう」
「でもしっくりこないんですよ。なにかいい呼び方はないでしょうか」
「そうだねえ……」

ラピスは図書室の奥に行くと、分厚くて小さめの本を出してきた。そうして、パラパラとめくりながら、

「これは国語辞典と言ってね……言葉について、いろいろと説明が載っているんだ。君がパパラチアを呼ぶのに、適切な言葉を教えてあげるとすれば……」

あるページで手を止めると、ラピスは僕に本を見せ、一つの単語を指差した。そこには、師匠、と書いてある。読めない。

「ししょう。そう読むんだよ。説明には、学問、または武術・芸術の先生とある。君にとって、パパラチアは金剛先生のように大切な存在なのだろうし、武術に関して教えてもらっているだろう? 結構、ぴったりだと思うけど」

教えてもらった言葉を頭で復唱する。ししょう、ししょう、師匠……その言葉はすっきりと頭に入ってきて、パパラチアさんと師匠という言葉は綺麗にイコールで結ばれた。

「師匠! しっくりきた! ありがとうラピス」
「はーい。インクィアの悩みが解決してよかったよ」

手を振るラピスに礼を言うと、僕は師匠の元へ駆け出した。早くご報告をしたい。なんだか嬉しいのだ。あの人を表す素敵な言葉を見つけられて。

「師匠、ししょー!!」

パパラチアをそう呼ぶ僕を、皆は不思議そうに見つめる。パパラチアさんも、最初は自分が呼ばれていると気がつかず、不思議な顔をしていた。やがて、それが自分のことだと分かると、目を細めて僕の頭を撫でた。

「それが新しい呼び名か? 俺の名前が一文字もないな」
「はい、でもしっかり意味もあるし、しっくりきたんです」
「へぇ、どういう意味なんだ?」

優しく問いかける師匠に、僕は満面の笑みで答えた。

「先生と同じくらい、パパラチアさんが大好きだってことです!」

師匠は目を丸くすると、僕の前で初めて照れて見せた。
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