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プロトタイプ

その日は唐突に訪れた。

「ねえ、インクィア。ちょっといいかな」

図書室を管理しているラピスラズリから、話し掛けられた。天才と名高い彼が、俺は直感的に苦手だった。会話はする。むしろしている方だと思う。ラピスは俺によく問い掛けをする。それに俺が答えると、ラピスはなにかを吟味するように黙り込み、最後にはにんまりと笑う。その沈黙が俺には気持ち悪かったのだ。

「いいけど、今日はなんだ?」
「うんうん、そうだね。今日は君の体育館で話をしようか」

体育館。そこは俺が管理を任されている場所だ。そこで何をするかと言えば、戦闘の訓練。俺は戦闘訓練官だった。戦闘をしながら、話をするということか……? 何故そんな二人きりになる必要がある。言い返そうと思っても、ラピスはお構いなしにどんどん歩いて行ってしまうので、追わざるを得なかった。体育館に着くと、俺の準備を待たずに彼は抜刀していた。やはり、戦うつもりらしい。

「訓練しながら話すのか?」
「その方が君の本音を聞けると思ってね」

ラピスはそう言うと、真っすぐに俺に突っ込んできた。俺はかわしながら、ラピスの足に下段の蹴りを入れる。流石に入りはしなかったが。

「さて、質問しよう。インクィア、君は自分の特異体質についてどう思ってる?」
「体質?」

俺の体質。インクルージョンが属性や硬度に関係なく、様々な鉱物を結んでいる。身体が欠けても半径一メートル以内であれば引き寄せて自力で戻れる代わりに、他の鉱物は身体に馴染まないので、失ったらそれまでだ。この体質を利用して、俺は戦闘訓練官をしている。割られても、ルチルさんの手を煩わせないからだ。戦闘の技術もパパラチアを中心にいろんな奴から学んだ。この仕事、体質は自分に合っていると思う。

「便利だけど不便もある。けど、俺には合っていると思う」
「うん、君はその体質に前向きだよね。他の子には見られない特徴だ」
「いや、前向きというわけでは……」

そこで一度、ラピスの攻撃を受けて右腕が砕けた。しかし、欠片は引き寄せられて元に戻っていく。

「強さも知性も申し分ない、ルーキーだ。しかし、僕には君の体質があまりにも奇怪に写る。少し、便利過ぎるんじゃないかい? まるで僕達を守るために、強くなっているようだ」
「勿論、そのつもりでいるが」
「いい子過ぎる。先生に反抗することもない。けれど、月人を憎んでいるわけでもないね。君の原動力はなんだい?」

彼はなにを俺から聞き出したいんだ? 当たり前のことを聞いて何になる? そこで、俺は胸を突かれた。散った欠片がキラキラと光る。

「そんなの、皆のために決まっている」
「本当にそうかい?」

この時のラピスの目を、俺はずっと忘れられずにいる。微笑みをたたえていても、その目は深く好奇心と疑心の色で満ちていた。ぞわり、足先から頭までひびが入ったように感じた。

「君が生まれた役割は、本当にそうなのかい?」
「なにが、言いたい」
「インクィア、僕はね。君は月人のスパイなんじゃないかと思っているんだ」

あまりの衝撃に、言葉が出なかった。俺が、月人の? なにを言っているんだ、こいつ。

「攫われた僕らの仲間は今、月にいるね? その欠片はたまに緒の浜に戻って来ることがある。これについても僕は疑問なんだけど、ある仮定を立てた。月人が僕らの動揺を誘っている、罠なんじゃないかとね。その証拠に、長期休養所から出られた奴はいない。けれども、そんな僕らの仲間の欠片を複数持ちながら、別の自己を持った者が現れた。君だ。君の中には、僕らの仲間のインクルージョンが住んでいることになる。と、いうことは少しくらいそいつらの記憶が残っていてもいいはずなんだ。けれども、君は何一つ知らないと言う。そもそも。インクルージョンが硬度や属性に関係なく身体を構築するなんて前例がない。これらを踏まえるとね、」

ぐるぐると俺の思考が回る、回る。気分が悪い。その様子を、少し悲しそうな表情でラピスが見下ろしていた。

「君は、月人が作った生命体なんじゃないかと、僕は思うんだ」

そう言われた瞬間、思わず俺はラピスの首を跳ね飛ばしていた。


その後、先生とルチルさんにはこっぴどく叱られた。しかし、ラピスは詳細は話さずに僕のせいだからと二人を宥めた。それがまた、俺には恐ろしく写った。それから数ヶ月後、ラピスは頭を残して月に行ってしまった。正直、ほっとした自分がいたことを、俺は今でも否定しきれずにいる。俺は。俺の正体は、なんだ。いや、この身体は特異体質で、間違いなく俺は。皆と一緒であるはずなのに。時折、ラピスのあの目を思い出しては、俺は一人恐怖に震えるのだ。
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