春風
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いつの間にか冷たかった風は頬を優しく撫ぜる暖かいものへと変わっていて、あたしは躯でその変化を感じていた。
とは云っても今のあたしは自転車の後部座席に座っているから、春の訪れを感じる事ができるのはもう数分先になるけど。
「ねぇ楓どこ行くの~?」
「…」
CDを聴いているのか寝惚けているのか知らないけど、質問に答える事なく自転車を漕ぎ続けるこの男はあたしの幼馴染・流川楓。
楓はついさっき終わったばかりの卒業式で余韻に浸る暇すら与えず、あたしの腕を掴むと自転車の後ろに乗せて何も云わずにそのまま走り出した。
(まぁ長年幼馴染をやっていれば楓の考えてる事ぐらい何となく検討はつくけど)
そう心の中で苦笑しているとやがてその目的地特有の匂いが鼻腔を擽り始め、自分の中の答えと楓の向かっていた場所が一致していた事に嬉しくて思わず笑みが零れた。
「もう海なら海って云ってくれればいいのに」
「別に静夜なら云わねーでも分かんだろ」
そう云って堤防沿いに自転車を止めると、楓が差し出してくれた大きな手にあたしの手を重ねて後部座席から降りる。
楓は手を繋いだまま海へと続く道を歩いていき、あたしはその数歩後ろからやや早歩きの状態でついていく。
(…あれ…?)
海風に黒髪が揺れ無言で前を歩く楓にふと感じる僅かな違和感、あたしは楓の背中を見つめながら首を傾げると一つの可能性が頭の中で浮かび上がった。
「ねぇ楓って…もしかしてまた背伸びた?」
「む…?」
「なんか少し大きくなった…よね?」
「まぁ…日々セイチョウしてますカラ」
少し振り向いて口角を上げる楓につい釣られて頬が緩むと、二人を繋いでいる手にギュッと力が入るのが分かってあたしもその手を握り返す。
小さい頃から楓と一緒に過ごしてきたあたしにとって日々成長していくという事は、やっぱり嬉しいことなんだけどそれと同時に時々楓との距離を感じてしまって。
(こんな事考えても仕方ないのに…)
楓はどんどん成長してバスケもどんどん上手くなっていって、いつかはあたしの手の届かないとこへ行ってしまう。
勿論バスケをしている楓は好きだし、あたしにそれを止める権利なんてないのも充分わかってる。
(それでも楓が遠くに行っちゃうのがイヤだって思うのは、あたしのワガママなのかな…)
近くの階段に座り込み寄せては返す波の音に静かに耳を傾け、引き寄せた膝の上に両腕を組んで目を瞑るとあたしの頭に温もりを纏った楓の手が置かれて。
優しく頭を撫でるその手は背と同様に成長していて、思わず弾けたように顔を上に上げればそこにはあたしを真っ直ぐ見つめる楓がいた。
「あ…」
「どあほう、静夜は色々考えすぎ」
「…え」
「心配しなくても絶対ぇ静夜んトコ帰ってくるから」
「楓…っ」
「だから…泣くな」
いつの間にか頬に添えられた手が目尻から溢れ出した涙を拭うとようやく泣いている事に気づき、返事をしたいのに胸が苦しくて思うように喋れないあたしは楓の横でただ頷く事しか出来なくて。
それでも二人の間に吹く春風はさっきまで感じていた冷たいものではなく、太陽の陽射しを含んだ暖かいものへと変わっていた。
end
→
とは云っても今のあたしは自転車の後部座席に座っているから、春の訪れを感じる事ができるのはもう数分先になるけど。
「ねぇ楓どこ行くの~?」
「…」
CDを聴いているのか寝惚けているのか知らないけど、質問に答える事なく自転車を漕ぎ続けるこの男はあたしの幼馴染・流川楓。
楓はついさっき終わったばかりの卒業式で余韻に浸る暇すら与えず、あたしの腕を掴むと自転車の後ろに乗せて何も云わずにそのまま走り出した。
(まぁ長年幼馴染をやっていれば楓の考えてる事ぐらい何となく検討はつくけど)
そう心の中で苦笑しているとやがてその目的地特有の匂いが鼻腔を擽り始め、自分の中の答えと楓の向かっていた場所が一致していた事に嬉しくて思わず笑みが零れた。
「もう海なら海って云ってくれればいいのに」
「別に静夜なら云わねーでも分かんだろ」
そう云って堤防沿いに自転車を止めると、楓が差し出してくれた大きな手にあたしの手を重ねて後部座席から降りる。
楓は手を繋いだまま海へと続く道を歩いていき、あたしはその数歩後ろからやや早歩きの状態でついていく。
(…あれ…?)
海風に黒髪が揺れ無言で前を歩く楓にふと感じる僅かな違和感、あたしは楓の背中を見つめながら首を傾げると一つの可能性が頭の中で浮かび上がった。
「ねぇ楓って…もしかしてまた背伸びた?」
「む…?」
「なんか少し大きくなった…よね?」
「まぁ…日々セイチョウしてますカラ」
少し振り向いて口角を上げる楓につい釣られて頬が緩むと、二人を繋いでいる手にギュッと力が入るのが分かってあたしもその手を握り返す。
小さい頃から楓と一緒に過ごしてきたあたしにとって日々成長していくという事は、やっぱり嬉しいことなんだけどそれと同時に時々楓との距離を感じてしまって。
(こんな事考えても仕方ないのに…)
楓はどんどん成長してバスケもどんどん上手くなっていって、いつかはあたしの手の届かないとこへ行ってしまう。
勿論バスケをしている楓は好きだし、あたしにそれを止める権利なんてないのも充分わかってる。
(それでも楓が遠くに行っちゃうのがイヤだって思うのは、あたしのワガママなのかな…)
近くの階段に座り込み寄せては返す波の音に静かに耳を傾け、引き寄せた膝の上に両腕を組んで目を瞑るとあたしの頭に温もりを纏った楓の手が置かれて。
優しく頭を撫でるその手は背と同様に成長していて、思わず弾けたように顔を上に上げればそこにはあたしを真っ直ぐ見つめる楓がいた。
「あ…」
「どあほう、静夜は色々考えすぎ」
「…え」
「心配しなくても絶対ぇ静夜んトコ帰ってくるから」
「楓…っ」
「だから…泣くな」
いつの間にか頬に添えられた手が目尻から溢れ出した涙を拭うとようやく泣いている事に気づき、返事をしたいのに胸が苦しくて思うように喋れないあたしは楓の横でただ頷く事しか出来なくて。
それでも二人の間に吹く春風はさっきまで感じていた冷たいものではなく、太陽の陽射しを含んだ暖かいものへと変わっていた。
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