春 ~Spring~
「おめー、夢ってある?」
「……は?」
麗らかな春の陽に誘われて、二人で浜辺でぼんやりしていたら、急に現実めいた質問をされた。
「ちょっ…やだ、何、急に。」
「…るせーな」
ぷいと横を向いて拗ねるのを見て思わずクスリを笑ってしまう。
「あるよ。…もっと沢山歌いたい。色んな人の前で沢山歌いたい。沢山ライブやって…そうだな、できれば有名になれたらなぁ~なんてね」
「ふーん…」
自分から聞いておいて実にそっけない態度。
彼が少し落ち着きのないのを見て私は思うところがあって助け船を出す。
「…そっちこそ、夢ってあるの?」
「……」
進んで自分の事を語りはしない彼の密かな主張だった。
突然おかしな事を言いだすのは、大概何か言いたい時なのだ。
私も彼の性格をよく掴んだものだ。
「夢っつーか、目標っつーか…」
「何?」
「…やっぱヒミツ」
「ははーん、バスケの事でしょ」
「…む」
「ソレしかないじゃん。それに、私の夢も聞かなくても大体わかってたでしょ。バンドに関する事だって」
「チッ…ヤなヤツ」
「ふふん、私のが一枚上手だったね」
普段はそれぞれの練習や試合、ライブで予定が合わなかったけど、今日はお互いにこれといった用事はなく、こうして会っている。
ゆっくりとした時間が二人の間を流れる。
それに合わせるかのような静かな波の音が辺りを包む。
「ねぇ、今日はあれに登らない?」
指差した先に見えるのは、ここからよく見える小さな島にある建物。
それはこの島の象徴でもある灯台。登ると展望台がある。
…実は登った事がなくて、前々から登ってみたかったんだ。
同じ景色が見たくて、ちょっとドキドキしながら誘ってみた。
「…別に、いーけど」
彼は、島を見つめ、海風で髪をなびかせながら静かに答えた。
「わっ!すごい!」
展望台までのエレベーターを降りると一面に海が広がっていた。
浜辺から見る海とは全然違う姿の海。
いつもいた浜辺があんなに小さく見える。
あの浜辺で、いつも…、あそこにいたんだと思うと、胸が高まってくる。
「おい」
後ろから肩をちょんちょんとつつかれて振り返ると、「あっち」と小声で西の方を指差していた。
「あっ!」
指差した方向から見えたのはオレンジ色になりかけている海。
丁度、太陽が海に差し掛かる時間だった。
遠くには烏帽子岩が見える。
オレンジに光る海と、そこにポツリと浮かぶ烏帽子岩。
背景には強く輝く太陽。
夕方の海は見慣れていたはずなのに、視点が違うだけでこんなにも違うなんて。
チラリと隣を見ると、彼も同じ方向をじっと見つめていた。
一点を見つめる瞳には陽の光が写りこんでいた。
再び、視線を海へと向ける。
今、私たちは同じ景色を見つめている。
それがなぜか嬉しくて。
こうしている時間がとても嬉しくて。
この時間が続けばいいと思った。
「…夢」
「え?」
静寂を破る声。
「…俺の夢、教えてやる」
「…ん、あぁ、さっきの話?」
見上げるとそこには先ほどと変わらず海を一点を見つめる瞳。
「…俺、バスケで日本一になる」
「日本一?」
彼はコクリとうなずくと、私を見下ろした。
夕日が彼の顔に影を作る。
それを見て思わずドキリとしてしまう。
「そしたら、アメリカに行く」
「え…」
「……」
「アメリカ…?」
夢の話を聞いているはずなのに、胸の奥がズキリと痛む。
そして、夢の話をしているはずの彼の眉間はわずかに力が入っていた。
「アメリカ、いつ行っちゃうの?」
「まだ、わかんねーけど、高校卒業する前に行くかも。…秋とか」
「秋って、あと半年じゃん…」
…なんで引き止める言い方をしているんだろ、私。
ここは、違うことを言うべきなのに。
突然の事で感情がついていかない。
そして、あなたはどうしてそんな顔をするの?
しばらくの静寂の後、彼は静かに言葉を落とす。
「アメリカに行くのが俺の夢だ…」
「……夢…」
流れる空気が、重い。
楽しい時間は続くものだと思っていた。
夢が、それを切り裂くなんて。
夕日が二人を静かに包み込む…
春~Spring~
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