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春 ~Spring~



「今日はいつになく楽しそうだね」


「うん。昨日、パワーをもらったから」




昨日、練習試合を見に行った。

練習試合だというのにギャラリーは沢山いたけれど、土曜日だけあって私服の人が殆どだった。

両校と無関係の私が見に行っても何の違和感なく試合を観戦できた。

両校ともとても人気があるようで、高校バスケに詳しくない私はただただ驚くばかり。

「彼」専門の応援グループまでいたのはもっと驚いたけど…


赤いユニフォームを着た彼は、いつものジャージ姿の彼とはまた違う雰囲気を醸し出していた。

服装が違うだけで、こんなにも印象は変わるのだろうか。

いや、それだけじゃない。

目つきまで明らかに違う。

真っ直ぐ前を見る、鋭くて燃えるような目。

彼の周りだけ炎が渦巻いているようだった。



試合開始の時、整列に並ぶ前。

チラリと後ろを振り返り、私と目が合った。

手を振っても無反応だったけど、一瞬目が細くなったような気がした。

そのあとはただの一度もこちらを見ずに試合に挑んでいた。


相手校には彼を燃え上がらせる人物がいるようで、二人の攻防はすさまじいものだった。

もちろん、バスケに詳しくない私には細かい技術はわからなかったけど、その迫力は伝わってきた。



試合終了後、マネージャーさんに差し入れのドリンクを渡し、彼とは会わず、体育館をそっと後にした。


走る姿が、豪快に決めたダンクが、私の脳を支配してしまった。








ライブハウスの簡単な控え室で昨日の事を思い出していると、スタッフの人が私に声をかけた。

「これ、お客さんから」

見ると手には一握りの花束。

「なんか背の高い人から渡してくれって。『昨日のお礼』って言われたけど、意味わかんなくて」

私はクスリと笑って花束を受け取った。





花束を荷物の上にそっと置いておく。


(来てくれたんだ…)


今日、この場所に彼が見に来ていると思うだけで胸が高鳴るのがわかる。

ステージに立つ私を見てくれるだろうか。

歌う私を見てくれるだろうか。

今日、私はあなたのために歌おう。

あなたの目に、私の姿が焼きつくように。

あなたの耳に、私の声が届くように。

あなたの心に、私の歌が響くように。

…心をこめて歌おう。










ライブ終了後、彼の姿は見当たらなかった。

ステージに上がっている時は歌うことに集中していて、客席にまで目が回らなかった。

MCの時、一つだけ飛び出したシルエットが見えたけれど。









私はまたこうして海を見に来ている。

あの日のライブの感触が忘れられないでいた。

ステージに立って、マイクを握り、声を出したその瞬間。

目の前が一気に明るくなったような感覚…

それは照明のせいではない。

何か、「掴んだ」

そんな感じ。


「歌う」とはどういうことか、理屈ではなく、感覚で理解した瞬間だった。

あんな気持ちで歌を歌ったのは初めてだった。





今日は海風が強い。

冷たい風が頬を突き刺す。

とても寒かったけど、気持ちが寒さを感じなかった。




冬~winter~
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