甘いのはお好き?


体育館入り口の外にある水道で喉を潤し、流し台に両手をつく。


「はぁ…チョコか……」


眉間にシワを寄せて呟く。

あからさまに逃げ出してしまって申し訳ない事をしたと思いつつも、あの場を離れる事が出来てホッとする。

桜木と晴子の好意はありがたいが…やはりチョコを貰うわけにはいかなかった。

大したことない理由なのだからちゃんと言えばいいのに、と自分の頭をゴツンと叩く。

その時、背後から視線を感じた。


「ほら……」

「声かけてみようよ…」

「緊張するなぁ…」


馨が気が付くとコソコソとこちらを伺っている女子生徒3名が遠目でこちらを見て押し合いをしている。


「ん?」


どうやら自分に用があるみたいだが…


「大丈夫かなぁ…」

「大丈夫だよ…ほらっ!」

「きゃっ!」


二人の女子が残りの一人に押されながら、三人一緒に馨の前に辿り着く。

顔を真っ赤にして目の前で視線を泳がせている。


「ほら、早く言いなよ」


先程背中を押していた子が小声で二人をつつく。


「あ、あの…」

「流川くんのお姉さんですよね…」

(あ…なるほど…)


用があるのが自分ではなく、流川だという事がわかり、何となく目的が見えてきた馨は無機質に返事をする。


「…ナニ?」


加えて表情も冷たくなるが、目の前の彼女らには見えていないようだ。


「こ、これバレンタインのチョコ…流川くんに渡して貰えませんか?」

「あ…、私もこれ、お願いします!」


顔を真っ赤にしながら、二人一緒にチョコを差し出す。

身内経由で意中の相手に渡せば勇気も最小限に、確実に本人に渡る…と言う算段か。

こういうシチュエーションは何度も何度も経験してきた。

流川本人に渡す勇気がないが為に姉である自分に頼む、同じ女同士なら渡しやすいと思っての行動だ。

馨はハァーッと深いため息をつく。


「…そういうのは私じゃなくて、本人に渡してくれる?」

「でも…恥ずかしくて…」

「そうだよねぇ…」

「お願いします!」


三人は顔を見合わせて声を揃える。


「ハァ……」


…やってられない。

自分で渡す、という選択肢はないらしい。


「本人に渡せないならやめておけば。私、そういうのはお断り」


そう言って馨は校舎へと早足で出ていった。


「あ…」


女生徒達はなぜ受け取ってくれないのかと不思議な顔をしたまま動けないでいた。

そんな彼女達を振り返りもせず歩を進める。

…イライラする。

なぜ、本人に渡さず自分を通して渡してくれと言ってくるのだろう。

渡す勇気をこちらに向けてくるなんて、冗談じゃない。

そうまでして渡したければ下駄箱やらに入れておけばいいのに。

まったく、毎回毎回自分を利用して……

中継役なんてやってられない。

断 固 拒 否、だ。

イライラしながら廊下を歩いていると後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。


「ちょっと!馨!」


彩子が息を切らしてやってくる。


「もう!急に出ていくんだもの!」

「あ、ごめんなさい」

「もう帰るの?だったらコレ、流川に渡しといて」

「は…?」


馨の前に彩子は袋に入った包みを差し出す。

これは、チョコ?

これを渡してくれと言うことは…彩子先輩は…!

そうだったのか!

でも彩子先輩なら私を通さなくても渡せるのに…

馨の中で勝手な思考がぐるぐると回る。


「何ポカーンとしてんの?バスケ部マネージャーからのバレンタインチョコよ」

「へ?」


そういえば彩子が差し出している袋の中の箱は晴子が桜木に渡していた箱と同じもの。

一人走りしてしまった事を恥ずかしく思いながらチョコを受け取る。


「あれ、でもなんで…楓は?」


彩子が流川に直接渡せないわけがないのに、なぜ自分を経由するのだろう。


「あぁ、最初は晴子ちゃんが渡す予定だったんだけどね~。どうしてもダメって言うから私が渡しに行こうと思ったら…いないのよ、アイツ。部室のロッカーも空っぽみたいで…帰ったみたい」

「…帰った?」

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