夏祭り
「あの…っ」
と、言いかけたところだった。
流川くんもそれに気づいて視線を動かしたところだった。
「あーーーーー!!!」
静寂を潰しかかるような怒涛の叫び声が響き渡った。
声の主はこちらを指差して怒りの形相で睨みつけている。
「てめー!こんなところにいやがった!!!相変わらず団体行動のできないヤツめ!どれだけ探したと思ってんだ!彩子さんもゴリもカンカンだぞ!」
あれは…あの特徴ある赤い色の髪は、名前を確認しなくとも、湘北高校では知らない者はいない有名人だ。
「…ちっ…なんできやがった」
わざと大きめの声で言った悪態に、烈火のごとくヒートアップしていくのがちょっと遠くからでも見て取れる。
「んだとぉ?わざわざ探しにきたというのに!」
頭に血が上りすぎているのか、私の存在には気が付いていないようだ。
よっぽど歩き回ったのだろう、彼は汗だくだった。
「ちっ…仕方ねぇー…」
ため息混じりに流川くんはその場で立ち上がった。
ふわり、と周りの空気が動いた。
「…で?」
「…え?」
見下ろされ、静かに問いかけられる。
「…ナニ?」
「何?…って?」
何を問いかけられているのかわからなかった。
「なんか言いかけてただろ」
「あ…」
あ、それか。
意を決して出した声のことだ。
その続きを聞いているんだ。
言いたい。
言いたいけれど…
また喉の奥に入ってしまって、
その一言がどうしても…
…言えなかった。
「ううん、なんでもない」
「……」
「なんか、言うこと忘れちゃった」
本当に頭が真っ白になってしまって、言いたい事はあるのに何て言葉を出したらいいのかわからなくなってしまった。
「…俺はあのどあほうと行くけど、お前もくるか?」
「あ、私、もう少しここにいる…。なんか人ごみで疲れちゃって。バスケ部の人たち待ってるんでしょ?大丈夫、一人で帰れるから」
言い訳のように口数が多くなる。
なんでこんな事を言っているのかわからなかった。
「…そうか。じゃ、気をつけろよ」
「うん、ありがとう」
私の言葉を聞いた後に、流川くんは私の隣から離れていった。
途端に隣の空気がポッカリ抜け落ちてしまって、寂しさが残った。
怒鳴られながら階段を降りる姿を私はずっと見守っていた。
姿が見えなくなってから私は手に持ったわたあめの袋の存在に気が付いた。
袋は隙間から空気が抜けていて、中のわたあめもすっかりしぼんでしまっていた。
ちょっとがっかりしながら私は小さくなってしまったわたあめを食べた。
甘いけど、ふわふわではないわたあめは、私の気持ちを更に寂しくさせた。
空にはまた大きな花火が上がっていた。
「言えなかったな…好きだ、って…」
私は全ての花火を見終わるまでそこに座り続けていた。
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