夏祭り


流川くんの歩くペースはゆっくりだったけど、足の長さのせいか、歩くスピードは速かった。


必死に後を追ってたどり着いてみれば、露店が立ち並ぶ歩道を抜け出す所だった。


少し先には古ぼけた神社が見える。


そしてふわりと立ち込める甘い香り。


この匂いは…


「あっ!わたあめだ!」


子供のような声をあげた私に気付き、流川くんが振り返る。


「…今度はなんだ」


「ほらっ、わたあめ屋さんだよ!この甘い匂い、たまらないよね!」


露店が立ち並ぶ一番端にはピンクや白の袋が沢山軒を連ねる、わたあめ屋。


お店のおじさんが慣れた手つきで白い雲のようなわたあめをくるくると割りばしに絡め取っていく。


ざらめが機械に入れた途端にわたのようになる、そんなマジックのようなわたあめ屋は見ているだけで面白かった。


「好きなのか、これ」


「うん、大好き。やっぱりお祭りと言ったらわたあめだよね」


そう。私はわたあめが大好き。


子供っぽいけど、お祭りに行くたび買っている。


ふわふわのかたまりを口の中に入れる、あの瞬間がたまらない。


口の中でフワッと砂糖が溶けて、気持ちもフワフワになる。


わたあめの「醍醐味」だと思う。



「じゃー買ってきてやる」


「えっ!?」


私がわたあめにうっとりしている間に流川くんはスタスタとお店に向かって歩いて行ってしまった。


「え、ちょっ…」


突然行動する相手に一瞬固まってしまったがすぐに我に返り、直ぐ様制止しようと思ったが、流川くんはさっさと買い物を済ませて戻ってきてしまった。


「…そんな、悪いよ。」


パンパンに膨らんだピンクの袋を受け取りつつも、気が引けてしまう。


だって、これは流川くんのお金で買ったものだし…


…あれ?


ここで私は一つ重大な事に気が付いた。


(私ってば、流川くんに奢ってもらってる!流川くんに!)


考えてみれば私は凄い状況内にいた。


流川くんに…好きな人に奢って貰うというこの状況…


これって物凄いことだ…


途端に恥ずかしくなって、わたあめ袋を持つ手に力が入る。


ドキドキしてきた…


「で、でも、どうして…?」


「好きなんだろ、これ」


しれっと答えるその様子はさも当然と言わんばかりだった。


「いらないなら俺がもらう」


「あ、いやっ!私が貰う!」


「あと…あんまり力入れると潰れる」


「あっ、そ、そっか」


空気でパンパンになっているとはいえ、袋を掴む私の両手は握り潰さんばかりに力が入っていた。


すぐ様袋を開けて中身を確認する。


「よかった。潰れてない」


一口ちぎって遠慮なくわたあめを頂戴する。


「ん、甘い!」


私は口いっぱいに広がる砂糖の甘さに至福の一時を感じていた。


じっと見つめる流川くんに気づいて私は持っていた袋を差し出す。


「あ、食べる?」


「いや、俺はいい」


「でも、流川くんが買ったヤツだし…」


「俺、甘いのちょっと苦手」


「そうなの?」


「いーからお前が食え」


「うん…」


そっか、甘いもの苦手なら仕方ないか。


でも、なんでさっき『俺が貰う』なんて言ったんだろ。


…貰ったって食べられないのに。








「おーい、流川、どこだ?」


遠くから流川くんを呼ぶ声が聞こえた。


…あ、そういえばバスケ部の人と来てるんだっけ。


「もー、キツネなんか放っておきましょうよ」


「なに言ってんの!真面目に探しなさい!」


「ぐ…っ。こらー!!このキツネ!隠れてないで出てきやがれ!」


遠くからでも聞こえるぎゃあぎゃあとしたやり取り。


流川くんからは面倒くさそうなため息が聞こえてきた。


「流川くん、バスケ部の人じゃない?探してるみたいだよ」


「………」


ちょっと淋しさを感じながら話かけると、流川くんは思わぬ行動に出た。


「…行くぞ」


「えっえぇ!?」


流川くんは私の手首をぎゅっと掴み、声のする方とは逆の方向にずんずん進んでいく。


「ちょっと…!なんでそっち行くの?」


「いーから。」


背中の方から聞こえる呼び声が人ゴミにかき消されていく。


大きな手で捕まれた部分がどんどん熱くなっていく。


それと同時に心臓の鼓動が早くなっていく。


立ち止まる気配など全く感じさせないまま、私は手を引かれながら付いていった。


あまりにも突然の事で…


胸がドキドキして、頭の中が真っ白になっていた。


私は手首を掴まれたまま、転ばないように後を走るようについていった。


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