夏祭り


花火大会当日。


髪をアップにして、浴衣を母に着せてもらった。


自分が気に入って買った浴衣…


浴衣は帯が少し苦しくてちょっと苦手だけど、好きな人に会えるかもしれないと思うと我慢できる。


玄関にあるの鏡の前で念入りに全身をチェックする。





大規模な花火大会だけあって、行きの電車内から大混雑だった。


会場につくと一面の人だかり。


露店も沢山出ていて、人が群がっている。


日が落ち始め、辺りも暗くなってきている。


(こんな人だかりじゃ、流川君を見つけるの、難しいだろうな…)


あまりの人の多さに期待度ががくっと下がってしまう。


明かりが照らされているとはいえ、夜という時間。


視界はあまりいいとは言えない。


それでもキョロキョロと見回して、その姿を探してしまう。


『それでも、どこかにいるかもしれない』


そう思って。


道の両脇には露店がひしめきあい、それぞれが活気に溢れている。


何とか人の脇を通り抜けながら前へと進む。



「はぁ…」



慣れない着物と履き物の相乗効果で疲れがドッと込み上げる。


周りは家族連れやカップルばかり。


(…私、一人で来て何やってるんだろ…)


勢いで一人やってきた事を後悔する。


行き当たりばったりで行動するからこんな目に合うのだ。






ちょっとぼんやり歩いていた、その時だった。


「きゃっ……!」


石畳の段差に草履を引っ掛けて、前の方へとグラリとバランスを崩す。


このままだと…転ぶーー…


人混みで転ぶなんて、もうおしまい…!


自分の動きがスローモーションの様に感じた。




ガシッ



「!?」


転ぶはずの私の体は、右腕をぐいっと引っ張られて、寸でのところで転倒を免れた。


(助かった…)


ホッと息をついて後ろを振り返ると、今度はドンッと心臓が止まりそうになる。



「…るっ…流川くん!!?」


「…ウス」


私の右腕をガッチリ掴んでいたのは…こともあろうに、流川くんだった。


体がこわばり、頭の中が真っ白になるのと同時に顔が真っ赤になったのがわかった。



「ボーッと歩いてるからだ。…どあほう」


「あ…いや…あの…」



恥ずかしくなって私はオロオロしてしまう。


思考が完全におかしくなってる。


「る、るる流川くんはどうしてここに?」


「どうして…って、花火大会だから。」


(何聞いてんの、私!そんなの当たり前じゃない!)


ダメだ…違うのに。


違うのに、誤魔化すために口が勝手に動きだす。


「誰かと一緒にきたの?」


ダメだ…!この質問は完全に自爆だ!


万が一「彼女と」なんて言われたらどうするんだ、私は…!


一人頭の中でパニックになる私に、一際冷静に流川くんは答える。


「あぁ…。バスケ部の奴らと。…なんかはぐれたけど」


「あ、そうなんだ…」


その時私はようやく気付いた。


流川くんの浴衣姿に。


藍色のシンプルな浴衣に裾の方だけ白の模様がなぞられている。


その浴衣の濃い青がスラリとした長身の流川くんにピッタリだった。



「ボーッとすんな。通行のジャマ。こっちこい」


「えっ…あ、うん」


私は言われるがままに流川くんの後をついていく。


…確かにボーッとしてるのかもしれない。


何の疑いもなく、流川くんと一緒に歩くなんて。


黙々と歩くその姿を見上げると無表情で真っ直ぐ前を見据える瞳があった。


流川くんが歩くたびにさらさらと髪が揺れて、なぜだろう…なんだかいい香りがする。


…ような気がする。


ただの風の匂いなのかもしれない。


でも、その風は流川くんからきているかのようで…。


こんな近くで見ていられるなんて、夢でも見てるんじゃないかという錯覚さえ起きる。


カラカラと鳴らす足元の下駄が妙に似合う。


人ごみの中、ちょっと見とれているとはぐれてしまいそうで、すれ違うカップルの繋ぐ手がなんだか羨ましかった。


手を繋ぐなんて、そんなこと出来るわけないのに。


でも、さっき掴まれた右腕に残る感覚が忘れられなくて、掴まれた部分を自分で握り締めた。




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