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甘いのはお好き?

2月半ばの日曜日。

寒空が堪える日々が続く中、湘北高校の体育館だけは違っていた。

練習に身が入る部員の気迫と熱気で、体育館の中は暖房を入れているかのような空気になっていた。


「よーし!今日の練習はここまでだ!」

「「しゃーす!!」」


キャプテンとなった宮城が練習終了の号令をかける。

今日は午前中のみの練習。

早朝から走り回っていた部員達は滝のように汗をかき、シャツもびしょ濡れだ。


「さ、アンタ達!今日も寒いんだから体を冷やさないようにしっかり汗ふくのよ!」

「ハイ!!」


彩子が片付けを始める部員達に呼び掛ける。

体育館の隅で馨と基礎練習を行っていた桜木にこの度マネージャーとなった晴子が駆け寄る。


「ハイ、桜木くん、タオル」

「ハ…ハルコさん!!!この桜木の為に…ありがとうございます!!」

「やぁねぇ、桜木くん。オーバーなんだから」

顔を赤らめる桜木の様子を隣で見ていた馨がニヤリと笑いながら桜木に耳打ちする。


「自分のタオル手渡されてこんなに感激するなんて…誕生日プレゼントなんか貰った日には花道倒れちゃうんじゃない?」

「!!!!」


馨の言葉を聞いて、桜木は一人妄想を始めてしまう。


(……ハルコさんから誕生日プレゼント…)


桜木の脳裏に恥ずかしそうにプレゼントを渡そうとする晴子の姿が映っていた。

そんな桜木に晴子がニコニコと何か差し出す。


「あと、これ。桜木くんに」


両手でちょこんと差し出されたのは、ピンクの包装紙に茶色の細いリボンが結ばれた小さな箱。


「ぬ??ハルコさん、これは一体…」

「バレンタインのチョコレート。桜木くんに」

「…バ……っ!!バレンタイン!!!」


桜木の顔が一気に赤くなり、硬直する。


「あ、そっか…今日、バレンタインデーだっけ」


練習に夢中になって今日をいう日をすっかり忘れていた桜木と馨。

桜木は思いもよらない晴子からのチョコに驚きと感激で打ち震えている。


「ついに……ついにきた……この桜木の時代が……」


涙を流している桜木とニコニコしている晴子を馨は交互に見つめる。


(第三者の私が隣にいるというのに、こんなにも堂々とチョコを渡すとは…度胸があるというか…)


通常、意中の人へのバレンタインのチョコというものはドキドキしながらこっそり渡すものではないのか。


(これはもしかして…)


晴子の大胆な行動に疑問を持った馨は手を口元に置く。


「昨日ね、彩子さんと一緒に作ったのよ」


とびきりの笑顔を桜木に向ける。


「へ?アヤコさんと?」


桜木の動きが一瞬止まったのと同時に体育館に悲鳴の様な声が響き渡る。


「ええーーっ!!アヤちゃん!!これ、俺だけにくれるチョコじゃないの!?」

「あったり前でしょ。昨日晴子ちゃんと『みんなに渡そう』って一生懸命作ったのよ!」


真相が全てわかるやりとりを繰り広げる男女がいた。

後ろで彩子が、桜木が手にしている箱と同じ物を部員一人一人に配っている。

とどのつまりこれはマネージャーからの「義理チョコ」だ。

疑問が確信に変わり、馨は「ヤハリ…」と納得する。


「一生懸命作ったの。皆喜んでくれたけど、桜木君にも喜んで貰えてよかった~」


桜木君にも…

みんな…


オンリーワンの本命チョコだと思っていた桜木。

晴子の笑顔が眩しい分、心に切なさが広がる。


(………哀れな…)


ガラガラと崩れ落ちる音が聞こえてくる桜木を直視出来ない馨であった。

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