君は微熱


「いただきます」

「おー」


差し出されたお粥を前に丁寧に手を合わせる。

ありがたくいただかなくちゃ。

少しすくってゆっくりと口元に運ぶ。


「熱っ…!」


出来立てのお粥はかなりの熱を持っていた。

…当然だ。

それを冷まさずに口に持っていくのだから相当ぼんやりしているらしい。


「焦りすぎ。どれ、貸してみろ」

「えっ…」


あっという間に持っていた蓮華を奪われ、息を丁寧に3回吹きかけたのち口元にズイと差し出す。


「ほら、食え」


食え、ったって…


「どうした。」


なんだかまた熱が上がったみたいに頭がクラクラする。

そう、これもきっと風邪のせいじゃなく目の前で真剣な眼差しで蓮華を差し出している彼のせいだ。

そんな目で見られたらますます熱が上がってしまいそうだ。


「いらないのか?」

「いる、いります!」


ええい!と覚悟を決めて蓮華にかぶりつく。

冷めきってはいないけど決して熱くないお粥が口に入る。

ちょっと塩味が強いような気がするけど塩辛くはなかった。

やっぱりちょっと焦げているせいで「おこげ」の味がする。


「うん。美味しい…ありがとう」

「よし。じゃあもっと食え」

「いいよ、自分でできるから!」

「遠慮すんな」

「いや、自分でやるから!」


これ以上同じことをされたらもっと熱が出てしまいそうだ。

家にこうして来た時点でドキドキものなのに…!

私は半ば強引にレンゲを奪い返し、熱々のお粥を今度は慎重に食べた。






半分くらい食べたところでお腹がいっぱいになったので残りは流川君が食べた。

さすが部活帰り、10秒もかからない程の速さで食べきってしまった。


「ありがとう、流川君。本当に助かったよ。あのままだったらきっと空腹で弱ってたかも」

「そりゃどーも」


相変わらずの口調で無表情には変わりなかったけれど、その無表情さはいつもの無表情とはちょっと違って、少しやわらかく感じた。

普段は全然感情をあらわにしないけど、優しい部分が見ることができて私は満たされたような気持ちになった。


「私、もう少し寝るから…ありがとうね。部活帰りで疲れてるのに…本当にありがとう」


彼のお見舞いはもう済んだと思って再度御礼を言う。

遠まわしの「もう帰って大丈夫だよ」だ。


「じゃあ、俺は疲れたから少し寝る」

「……え」


彼にそんな遠まわしの台詞の意味など伝わらなかった。

大きな欠伸をして早くも睡眠モードに入ろうとする流川くんを慌てて制止する。


「だ、ダメだよ!一緒にいたら風邪うつっちゃうし!」

「うつせば早く治んじゃねーのか?」

「迷信だよ、それ!」

「大丈夫ダイジョーブ」

「大丈夫じゃないよ!今度練習試合もあるんでしょ?風邪なんかひいたら大変だよ!!」


話をしている間にも流川君は教室で寝るスタイルと同じようにベッドを机代わりにし、腕を枕代わりにうつ伏せの状態になっていく。


「だ、ダメだってば!」

「ヘーキヘーキ…」


すっかり睡眠モードに入ってしまった流川くんは誰にも止められない。


(は、早い…)


瞬間的に熟睡してしまったようで、名前をいくら呼んでも体を揺さぶってみてもピクリとも動かない。

そういえば無理矢理起こした小池先生が寝ぼけた流川くんに襲われかけてから1年10組で「流川は無理矢理起こすべからず」というのが暗黙のルールになっているというのを聞いたことがある。

こんなところで暴れられたら私には太刀打ちできない。

仕方なく流川くんにそっと予備の毛布をかけて、私はやれやれとベッドに横になって目を瞑った。

規則的な時計の音と寝息だけが聞こえる。

ドキドキする気持ちと同時に安らぎを感じるその音を耳にしながら私は眠りの世界におちていった。




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