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君は微熱


学校につくとマスクをした私を見て、みんなが私を心配してくれた。

「風邪?」と聞かれるたびに私はにこやかに「症状軽いから平気」と応え続けた。

しかし、放課後になると喉の痛みは治まるどころか、今度は咳まで出てきた。

しかしこれはいつもの風邪の症状の通りだから予想の範囲内だったけど…。


(…これは…本当に風邪引いちゃったな)


風邪の症状というのは当然ながら気持ちのよいものではないので気分までうんざりしてしまう。




廊下の窓から校門を見下ろすと楽しそうに下校する生徒たちが見える。

帰り道にどこに寄ろうとか何をしようとかそんな話をしているのだろう。

ふうっとため息をついた後、喉の違和感を和らげるようにちょっと控えめに咳をする。

そんな時だった。


「…よぉ」


横から聞き覚えのある低音が聞こえてきた。


「あ、流川君!」


隣のクラスの流川君だ。

バスケ部のエースである彼はこれから部活に行くのか、肩に部活用のスポーツバックをぶら下げている。

実は、私たち、付き合ってたりする。

といってもその付き合いはまだ浅く、流川君の部活が終わるまで私が教室や体育館で待っていて一緒に帰る。

それだけで今は精一杯。

もちろん、恋人同士らしい事は何ひとつしていない。

今は一緒に帰るだけ。

それだけで私には十分すぎるほど嬉しいことなんだ。


「なんだ、そのマスク…」

「うん、ちょっと喉が痛くて。これ以上悪化しないようにマスクしてるんだけど…」


マスクの位置を直しながら私はエヘヘと照れ笑いする。


「咳、してたな」

「うん。少しだけ。でも平気」


しかし「平気」と言った途端、喉がムズムズして私は思いっきり咳き込んでしまって涙目になってしまう。


「今日はもう帰れ」

「え?なんで…」

「なんで、じゃねーだろ。今日は一人で帰れ」

「だって、一緒に帰りたいのに…」

「もうすぐ練習試合あるからいつもより遅くなる。だから帰れ」

「………」


予想外の言葉に少しうつむき加減になる。

私は遅くなっても構わないのに…

それに、一緒に帰りたかったし。

体育館の中で待てばそんなに寒くないのに。

それになにより、流川君がバスケする姿見るの、毎日の楽しみの一つなんだけどな…

今日もそれを楽しみにしていたのに。

真っ直ぐ前を見据える真剣な眼差しに、高く高くしなやかに跳ぶ体。

豪快にダンクするとキラキラと汗が光っているように見える。

そんな姿を見るたびにドキドキして…




よっぽど私は不満げな顔をしていたんだろう。

流川君からはーっ…と深いため息が聞こえた。


(しまった…怒らせちゃったかな…)


今まで怒らせた事なんてないけれど、そのため息ひとつが彼の心境を表していた。


…なんとなく。


「いーから早く帰って寝ろ」

「え…」

「…大人しく寝てろ」

「え…、あ、うん…」


なんとなく押さえつけられた感じがして、思わずそれに従ってしまう。

なんだろう、「言わされた」感じがするのは。


「わかった…早く帰って寝る…」

「………よし」

「…え?」

小さな声で流川君が何か言ったけどよく聞き取れなかった。

聞き返す間も与えず、流川君の視線は体育館の方角に向かっていた。


「…じゃー、練習行って来る」


目線を合わせないまま私の頭に手をポンと乗せて、グシャグシャと少し雑に撫でてから、スタスタと体育館の方へ歩いて行った。


「……!!」


一瞬の出来事だった。

心臓がドクンと高鳴った瞬間、私は激しく咳き込んだ。


び、びっくりした!!!!

頭撫でられるなんて、初めてだ。

まるで電気ショックを受けたような衝撃だった。


(かっ、帰ろう…!!)


顔が赤いのを感じながら私は急いで教室からかばんを抱えてその場をそそくさと後にした。

何故かはわからないけど、帰らないといけないような気がした。

胸の高鳴りを抑えきれないまま、少し乱れた髪を直しながら私は素直に帰ることを決心した。


校門を出る時、体育館から聞こえてくるボールの音にちょっと未練を感じたけれど。

撫でられた頭を何度も何度も触れながら、帰った。


(手、大きかったな…)


感覚だけでわかる手の大きさ。

手を乗せられたその時の感覚が蘇り、私は手でそれをパッパッと払いのけるようにしてから校門を出た。


途中、ドラッグストアに寄って風邪薬を買い、家に帰ってすぐさま飲んだ。


「ちゃんと効くといいんだけど…」


まぁ、総合風邪薬だからとりあえず効くだろう。

そう信じて私はベッドに潜り込んだ。


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