春 ~Spring~


彼のアメリカ行きが、決まった。

といってもまだ一時渡米。

必要なものを向こうで揃えるのと、勉強のため。

それは高校を卒業してすぐにアメリカで生活するための準備だった。

また春に一旦帰国するらしい。

その後、9月からの新学期に向けてまた勉強のために渡米。

全てはバスケに集中するため。

言語や生活環境が違うアメリカで、それらが妨げにならないように。




成田空港へ向かう電車の中で、外を見ながら行った事のないアメリカを想像していた。

私は多少の英語は授業でやっているからわかるけれど、英会話と言ったら話は別だ。

紙の上に英文は書けるけど、会話として英語を喋るのとは全く違う。

勉強全般が苦手な彼は、英語だけは相当努力したらしい。




彼がアメリカ行きの飛行機の搭乗口を探す。

離陸時間だけは聞いていたけれど、見送りに行く約束はしていなかった。

「来るな」と言われていたから。

でも、私はその約束を破って空港内のロビーを小走りする。

どうしても、渡したいものがあったから。




広いロビーでやっと搭乗口を見つけ出すことができた。

ちょうど、搭乗手続きが始まったところみたいだった。

沢山の人の中で、私は頭一つ飛びぬけて見える彼の黒い髪を発見することができた。

小さな荷物を持って、歩き出そうとする彼を…


見失わないうちに、私は、叫んだ。




「…流川くん!!」



私の声にすぐさま反応した彼は、振り返り、私の姿を確認した。

私はそれを見届けないうちに、彼の元へと走る。



「…なんで…。来るなっつたろ」

「どうしても、会いたかったからっ…」

「……」



今までずっと走っていたお陰で、私の呼吸は早くなっていた。



「寂しくなるから…来るなっつたのに」

「わかってる!わかってるから、あえて来たの!どうしても、これを渡したくてっ」



私はかばんの中から1枚のCDを取り出して、彼の前に差し出す。



「これ、私たちのバンドのCD。CDって言っても、スタジオで録音したのそのまま焼いてあるだけなんだけど…ライブで興味持ってくれてる人に配るCDだから…音は悪くないから!」



なぜか私の声は大きくなっていく。



「私は、私の夢があるから一緒に行けないけど、このCDは連れて行って」

「……」

「みんな一生懸命演奏して、私も一生懸命歌ったから…」



目の前の彼は、私の手の中のCDをそっと受け取った。



「ありがたくもらっておく。俺も、頑張るよ。オメーに負けないように」

「うん…、うん!」



私の目からは涙が溢れていた。

私も頑張ろう。

夢に向かって日本を離れる彼に負けないように。



「じゃ、また。…春に」



そう言って、彼はエスカレーターに向かって歩き出す。



『じゃ、「また」。…「春」に』



『また』…



そう、また春になったら彼は帰国する。



「じゃあね!!またね!!春にね!!」



エスカレーターに乗った彼に叫んだ。

彼は振り返る事無く、右手を軽く上げた。

私は、彼の姿が見えなくなるまで、見送った。




秋 ~autum~
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