#12 勝つために
「アンタがエースキラーか……」
「エースキラー」の言葉に反応し、男の眉間に力が入る。
「………試合、見ぃひんかったのに何で知っとるんや」
「話、聞いたから。記者の人に。……肘が目に当たったって……」
「………」
豊玉の4番・南はベンチに座ったまま、目線を反らす。
「……わざと、やったの?」
「………」
「目を塞ぐほど腫れたって……!!」
「………」
「………」
南は視線を反らしたまま沈黙する。
公園は静まり返り、ザワザワと葉が揺れる音が聞こえ、ほんの少しの時間の沈黙でさえ重く感じる。
(ワザと……なの?)
何も言わない南に馨は少しだけ確証する。
ワザとかもしれない。
ワザとだったら許せない……
そんな重い沈黙の中、南が口を開く。
「さっき、流川に会うてきた」
「………え?」
なんでまた…
馨の事なんてお構いなしに南は話を続ける。
「アイツの怪我は確かに俺がやった。怪我させるつもりで肘を当てたのは認めるわ」
そう言って南は馨と目を合わせる。
「………なぜ」
真っ直ぐ見つめられて、馨の眉間にしわが寄る。
「1年前、俺は対戦相手のエースに怪我させてしもうた。おかげで……うちのチームは勝った。エースがいなかったから、勝てた。でも、あの時はわざとじゃなかったんや……」
「…………」
「俺らには絶対勝たなあかん理由があった……だからいつの間にか勝つ事が俺の中で最優先されていってな……最終的には相手がどうなろうと知らん、何がなんでも勝つ。それが正当化されていったんや」
「……勝つため……?」
淡々と話し続ける南に何か怖いものを感じた。
「勝つこと」に対する異常なまでのこだわり、いや、「勝つことだけ」に対する異様な執着心。
何の為に勝ちたかったのか、馨にはわからなかったが、南の口振りから相当な理由があることだけはわかった。
南はハーッと一つため息をついた。
「ビックリしたわ。あんな目で試合に出よるんやから。あいつの試合に対する執念は凄かったわ」
少し俯いた南は独り言のように吐き出す。
「執念…?」
「あいつの目標はでかいわ。俺は勝つことだけに執着してたんやけど……あいつは違うわ。なんか上手く言えへんけど、俺とは違う勝ちを求めてる」
尊敬する恩師の教えを貫き通して、認めてもらうために「勝ち」を求めていた。
どんなことをしてでも。
でも、その代償として不名誉なあだ名ついた。
「エースキラー」 と。
試合の後半、懸命にプレイする流川を見て、自分の中にあったはずの何かが蘇った。
勝つことだけに執着し、次第に忘れていったもの。
『バスケットを楽しむこと』
バスケットが好きだからこそ、高みを望み、信念を貫きたい。
その根本を思い出すきっかけは流川のプレイだった。
たとえケガをしても、目標の為に必死でプレイする。
バスケットが好きだからこそ。
「目標、か…」
目標、そんなこと考えてもみなかった。
流川楓を突き動かすものは、強い目標。
その目標があるから、強くなれる。
(私は…なんだろう…。ただの意地でアメリカに行って、何か掴もうとがむしゃらになって…)
馨は自分の手を見つめていた。
この手の中に、流川は目標を掴んでいる。
でも、自分は…。
また、おいていかれそうな感覚に陥る。
「アイツは凄い男や」
そう言って南はゆっくり立ち上がる。
「アイツには腫れに効く薬渡してきた。あの薬なら目の周りに塗っても大丈夫やし」
「会ったのはそのために?………は、……まさか毒を渡してきたわけじゃないでしょうね」
馨は疑いの視線を向ける。
普通の男子高校生がそんな都合のいい薬を持っているなんて不自然すぎる。
しかし南は冷静だった。
「アホちゃうか、お前は。ウチ、薬局やねん。毒なんて渡すかドアホ」
「薬局……なぁんだ…」
「あと、謝りたかったしな………俺が言うのもなんやけどな……腫れが引くとええな」
下を向いてはいるが落ち着いて話す南を見て、この人はもう人を傷つけるバスケットはしないだろうと馨は思った。
だからこそわざわざ謝りに行き、薬を渡してきた。
「……ありがとう」
「はぁ?」
不思議と馨はお礼を言っていた。
「なんでお礼言われな……こっちがオマエに謝らなければあかん立場やのに」
急にお礼を言われて南は訳がわからないのと同時に、ちょっと照れくさかった。
「こっちこそスマン。もしなんかあったら言うてな。…出来るだけ力になるわ」
「…わかった」
そう言って南は夜の闇へと消えていった。
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