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#12 勝つために


馨はしばらくその場に立ち尽くしていた。

…きっとこの試合は荒れたのだ。

だから楓はケガを……。

目のケガなんて…今後、影響が出なければいいのだけれど。

そう考えていると一人の男性が声をかけてきた。


「……!!キミ!!」

「……ハ??」


声をかけてきたのはキャップをかぶり髭を生やしている男性。

……なんだろう突然……アヤシイ。

馨が身構えるのもお構いなしで男は話しかけてくる。


「キミ、湘北高校の…流川くんの身内の人かな?」

「……は?」


男性は馨の顔を近くで見て、やっぱり、という顔で笑う。


「キミは流川君の……」

「双子の姉ですが、何か?」

「双子!!なるほど、そっくりだ!!」


男性の顔がパッと明るくなる。


「………?」


馨は訳がわからない。


「あ、悪いね、急に。俺はさっきの試合を取材しに来た者なんだけど」


…あぁ、なんだ

急に声をかけてくるから、ナンパか何かかと…

胸をなでおろす馨に記者の男性は興奮気味に話し掛ける。


「いやぁ、流川君は凄いプレイヤーだ。あの気迫…キミもそう思っただろう?」

「いや、私は試合、見てなくて…」

「ええっ!!見てなかったの??」

「………」


オーバーに驚かれて何だか急に恥ずかしくなり視線を反らす。

まさか試合開始時間を知らなくて見逃したなんて言えない。

…そうだ、この人は試合を見た……この人に聞こう。


「あの、楓がケガをしたって……」

「ああ、左目にね、相手の肘が当たったんだ」

「……肘が…」

「前半、豊玉の4番のディフェンスをしている時にね……相手の肘当たったんだ。」

「………」


男性は更に詳しく教えてくれた。

流川は相手の肘がモロに左目に当たり、脳震盪を起こしタンカで運ばれ、その後の試合はラフプレイが続き、乱闘寸前だったという。


「その豊玉の4番ね、エースキラーって呼ばれてるんだ」

「エースキラー…?」

「故意かどうかはわからんが、得点力のあるヤツがエースキラーの相手するとケガしちまうんだ。誰が言いだしたんだろうな、エースキラーなんて」

(…エースキラー、か)


なんとも不名誉なあだ名の主にやられたのか…。


「……それで、楓の目のケガは…」

「左目は腫れてしまって…見えなかったんじゃないかな。でもね、流川君は後半出場したんだ」

(…やっぱり、あの人達が言ってた通りだ…)


でも、片目が見えないのに?

距離感は?

馨が僅かに考え込むのをよそに、試合を思い出しながら高揚感いっぱいに男は話を続ける。


「流川君はね、そんな状態でもジャンプシュート、フリースロー、ダンクまで決めてね。ケガをものともしない、懸命なプレイだったよ」

「………」

「凄まじかったよ、彼のプレイは…目が腫れていても懸命にプレイする姿。エースキラーの調子を狂わせる程の影響力だったよ」


…信じられなかった。

脳震盪を起こすほど強い衝撃を目にくらい、試合に出るだけでも信じられないのに…

「凄いプレイだった」と言わせる程のプレイをやってのけた……

何が、それを掻きたてたのだろう。

掻き立てるものはなんだったのだろう……


「凄い男だよ、流川楓は。俺はね、彼のプレイを見て、初めて涙が出そうになったよ。プレイだけでこれほどまでに人の心を動かす人間はそうはいないよ」

「……そんなに…凄かったんですか…」

「ああ、凄かった。内から出る気迫、意志。それが素直にプレイに出ているって感じだったな」

「……そうですか」


話を聞いているだけで背筋がゾクリとした。

実際にプレイは見ていないけれど、話から伝わる「気迫」が自分にも伝わってきて、試合を見たかのような気分になっていた。

確かに、凄い影響力だ。


「…明日は山王工業だね」

「山王工業……!」

「明日の山王戦は必ず見るんだよ。」

「…はい、ありがとうございます」


記者は手を少し挙げて立ち去った。


「山王工業か……」


山王工業……

彼らの試合を「また」見る事になるとは…

「あの選手」にどんなプレイをするのか、楽しみだ。


「…そうだ!」


記者が思い出したように少し後ろから馨に聞く。


「キミもバスケットをやるのかい?」

「え?…はい」


馨は振り返り、静かに答える。


「そうか。今度は是非キミのプレイを見てみたい!」

「私のプレイ、ですか?」

「あぁ。キミのプレイだ。きっとキミもいいプレイをするんだろうね」

「いえ、そんな…」


馨は首を横に振って恐縮する。


「あと、流川くんに伝えてくれないか?」

「………?」

「『キミは凄いプレイヤーだ』って」

「………わかりました。伝えておきます、…必ず」


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